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『7人の聖勇士の物語』第4章(2)

こんにちは。
いつもお読みくださりありがとうございます。

8月も終わりに近づきましたね。
今年の夏は鉄床雲(かなとこぐも)を見ませんでした。あまりに暑かったので、いつも日傘の小さな影の中に縮こまり、目を上げて空を眺めようとしなかったからかもしれません。

鉄床雲はモクモクとたちのぼる積乱雲の一種で、上部が「鉄床」のように平らになって見えるので、そう呼ばれるそうです。積乱雲がはるか上空まで発達すると、とても強い風で雲頂部が左右に流されて平らな形になるのだそうです。

蒼天に白く輝く鉄床雲は「夏の王」の玉座のよう。たくさんのお供を連れて悠然とお出ましになります。その高さと豪奢を遙か仰ぎ見ながら、「夏の王」のご機嫌がずっと麗しくあるようにと祈ります。なぜなら子供の頃から私は雷が何より怖いからです。
(※hirokenjiさんの写真をお借りしました。立派な鉄床雲ですね。ありがとうございます。)

『7人の聖勇士の物語』の続きです。

『7人の聖勇士の物語』

第4章 聖ジョージのさらなる冒険(2)

それから聖ジョージは、バガボーナボウ国王の手紙を届けるためエジプトのメンフィスの町へと進んで行きました。これまでの骨折りのため疲れ果て、気を失いそうでしたが、当然期待してもよい筈の歓迎のかわりに、彼と従者ド・フィスティカフは王や大臣らにけしかけられた町の全住民に取り囲まれました。町の門が閉ざされ、煉瓦のかけらやタイルが雨あられと二人の頭上に投げつけられました。右によけても左によけても無駄でした。

狂乱した人々は、鎖帷子の武具に身を包んだ千人の兵士に援護され、彼らの宗教を軽んじる者に報復するぞと威嚇しながら、二人に迫りました。ド・フィスティカフは馬から引きずり下ろされました。聖ジョージは、誰も聞いたこともないほどの武勇を振るいましたが、不名誉にも馬から引きずり下ろされ、血が流れ、気を失いそうな状態で王の御前へと運ばれました。

「王は異国の者をこんなふうに扱われるのですか。私は貴国に大使として参ったのです。これが私の信任状です。」と聖ジョージは憤って叫びました。そして、兜の裏張りの中から手紙を取り出すと、作法通りにそれを王に差し出しました。

するとプトレマイオス王は激怒し、足を踏みならしながら「ああ、おまえのしわざとこの手紙がおまえが何者であるかを示しておる。」と叫びました。
「おまえは我々の古くよりの宗教を侮蔑し、臣民たちを改宗させたいのであろう。この者と従者を牢獄に連れて行け。」

王は異国の者どもをどんなふうに殺してやろうかと一晩中考え、これまで集められた中で最も獰猛な百匹のライオンと彼らを戦わせ、家臣たちの慰みにしてやろうと心に決めました。恐ろしい闘いが行われる当日となりました。何千もの人々がこのために建造された巨大な円形劇場に集まりました。この建物に比べたら巨大なピラミッドもまるで蟻塚のように見えました。

聖ジョージは彼の剣と馬を用いる権利を主張しました。王はベアードの勇気と賢さ、またアスカロンに宿る力がいかほどかを夢にも知りませんでしたし、剣で何頭かライオンが殺されたとしても、見物の人々にとってはそのほうが面白かろう、と考えました。残りのライオンがたちまち彼を馬から引きおろし、武具ごと噛み砕くだろうことに何の疑いも抱いていなかったからです。そこで王は聖ジョージの要求を認めました。

喇叭が吹き鳴らされ、騎士と従者が闘技場に入場しました。ド・フィスティカフは注意深く主人の後ろに従っておりました。観客の拍手喝采のなか、恐ろしいほえ声をあげて百匹のライオンが一度に突進し、騎士に跳びかかりました。騎士の手にはアスカロンがありました。頼もしい愛剣によって一匹また一匹とライオンの首は黄褐色の胴体から切断され、地面に落ちました。従者の主な仕事はベアードの尾からライオンたちを遠ざけておくことでした。そうしないと、ベアードがライオンを追い払おうと後足を蹴り出すので騎士の攻撃の狙いが定まりにくくなるからです。ライオンたちはこれまでに何千人もの奴隷たちを呑み込んできたので、観客のお気に入りでした。広い闘技場に散らばるライオンたちの死体を見て、観客の喝采は怒りの唸り声に変わりました。観客たちは娯楽を終らせるよう大声で叫びました。

ド・フィスティカフは剣を振り回しながら「正々堂々と勝負だ!」と叫びました。「我が高貴なる主人の名に賭けて、公正な勝負を要求する!」
そして聖ジョージは、馬で駆け回り、アスカロンで切り続け、百匹のライオンを一匹残らずすべて殺してしまいました。

抜け目ないプトレマイオス王は、これほど勇敢な戦士が自分の領土を自由に歩き回るようなことがあればどんなことが起こることかと恐れて、五千人の選び抜かれた戦士を召し出し、「あの騎士を縛り上げて御前につれて来い、生死は問わぬ」と命じました。

ライオンの最後の一匹が殺されるや否や、戦士たちは闘技場になだれ込み、騎士と従者がうまく抵抗できない間に二人を地面に引き倒しました。そして、戦士たちは騎士に鋼の鎖を巻き付けると、幼子のようになすすべもない彼を王の御前へと運んでいきました。それから、形式に則った裁判もなく、彼は地下牢に放り込まれました。地下牢は非常に頑丈で、どれほどの力でも牢を破ることはできませんでした。その牢で日夜、山猫のような目をした獄卒に見張られながら、聖ジョージは何年もの間呻吟しました。唯一の話し相手は忠実なド・フィスティカフでした。二人は彼らがなしてきた偉業や見てきた驚異の数々、そして、これから彼らが行うであろう偉業と見たいと望む驚異について話しました。

二人を牢の中に残して、サブラ王女がどうなったのかを語らねばなりません。王女は勇敢で誠実な騎士聖ジョージをむなしく待ちました。彼は戻ってきませんでした。なぜなら、上述の通り、そうできなかったからです。その間、肌の色の黒いモロッコの王アルミドールは、考えつくあらゆる策を弄しておぞましい求婚を続けましたが、うまくいきませんでした。

そんなある夜、王女が寝台で眠っておりますと、聖ジョージが夢に現われました。しかし、輝く武具に身を包み、きらめく鋼の兜と飾りをちりばめた羽毛でできた緋色の羽根飾りを身に着けた、彼女がかつて目にしていた勇ましい姿ではなく、着古した粗末な服を着て顔色は青白く、痩せ衰えた姿の聖ジョージでした。

そして、彼はこのように言いました。
「サブラ様、あなたへの愛のために私は裏切りにあいました。そして夜のように暗い洞穴に入れられています。ここから脱出してあなたの美しいお姿をうっとりと仰ぎたいとむなしく願っています。ああ、悲しいことです!私のために変わらず誠実でいてください。私の留守を誰かが利用しませんように。」

彼は続けて言いました。
「暴君らは覚えておくがよい。裏切りの邪悪な策略によって失われた自由を得たら、私は欺瞞に満ちたアフリカの災いであり続け、モロッコの地を血の川に変えよう。憎むべきバルバリーの王はおのれの裏切りにふさわしい正当な応報に悲しむだろう。」
(※バルバリーはアフリカ北部のエジプトより西の海岸沿いの地域で、バルバリーの王とはアルミドールのこと。アルミドールはモロッコ王ですが、ムーアの王と呼ばれることもあります。)

これらの言葉は王女をたいそう勇気づけました。彼女は目覚めると父王のところへ行き、熱い涙を流しながら、「アルミドールを宮廷から追放してください」と懇願しました。そして、「私は当面独り身の幸せを楽しみとうございますので、どうぞお許しください」とお願いしました。

とうとう王は心を和らげ、彼女の懇願に同意しました。そして肌の色の黒いモロッコ王に、王女がついに彼の求婚をお断りすることに決めたことを、礼儀正しい言葉で伝えました。

この知らせはアルミドールの胸中にすさまじい怒りを生じさせました。彼に付き従ってバガボーナボウ国の宮廷に滞在していた騎士全員と大勢の家来たちを呼び集めると、「辱められ騙されたからには断固復讐するぞ」と彼は言いました。

その夜、大きな叫び声をあげ、燃える松明を掲げて、裏切り者のムーア人たちは、長らく手厚いもてなしを受けたプトレマイオス王の宮殿を襲い、混乱に乗じてアルミドールはサブラ王女をさらい、石炭のように黒い彼の乗馬に乗せて連れ去りました。父王は戦士らとともに後を追いましたが無駄でした。猛々しいアルミドールは虜を連れて燃える砂漠を疾走しました。ムーアの馬でなければそんなスピードで砂漠を越えることなどできません。愛ではなく憎しみが彼の胸を駆り立てていました。そのため、かねて考えていたように王女を娶るのではなく、彼女を暗い地下牢に投げ込みました。王女は、美しい姿を日の光から閉ざされたまま、牢の中で哀れな酷い運命を嘆き悲しみ、長く、不安な年月を過ごしました。

幸いなことに、王女が父王のもとから連れ去られる前のことですが、王女の運命を察知した一人の親切な妖精が、世にも稀な職人技でつくられた黄金の鎖を王女に贈りました。その鎖は、虎の血に7日間、竜の乳に7夜の間浸され、優れた力を備えているのです。妖精が王女に告げたことによると、王女がアラバスターのような首にそれを七重に巻き付けておくと、どんな暴力からも彼女を守ってくれ、数多くの求婚者を足元にひれふさせ、高貴な聖ジョージの心を得たうっとりするほどの美しさを保ってくれる、というのでした。この鎖で身を守っておりましたので、王女は猛々しいアルミドールの残酷さすら恐れはしませんでした。

今日はここまでです。
お読みくださりありがとうございました。

聖ジョージは罠にかかって地下牢に入れられ、サブラ王女はアルミドールにさらわれてしまいました。二人の運命やいかに。

次回をお楽しみに。

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