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水とガム


 

 あなたに出会って、硬い地面を裸足で駆け回る様な恋の存在を知りました。あなたがくれるのはぬかるんだ地面のようなものだったから。一瞬でも良いから欲しかったな、足音を鳴らしてアーケードを駆け回るような、淡いやつ。
 約束してみたかった、あなたとの次の季節。
 あなたと出会って私は、人間が二つ揃うだけで世界は簡単にできてしまうものなんだと知った気になりました。それがだめだったのかな。




舌の温かさで柔らかくなったガム
口に流れ込んだ水が冷やすから
冷えて固まった

ほぐすように咀嚼をつづける
ガムは柔らかさを取り戻す
やがて味がしなくなっても
口に含んだままでいたかった

 寝起きに口移しで飲んだ水、飲ませた水。口と口の間から水が溢れてシーツに滲み、ベッドに溶け込む二つの肌。緊張感を演出する為の句読点、丸、新調したランジェリー、午後になって食べたチョコレートでさえも掻消せない今朝の血潮の味は喉の奥で温かかったな。 あの夜までの二人の関係、それからの二人の関係、今の距離。すぐに返ってくるLINEに安心したり、そこに退屈さを感じたり。全部ドル箱に入れて鍵かけたいくらいに大切だったけど、甘さを体に変えた私は箱ごと全部捨ててやりました。
 渦の中にいる意識と、俯瞰してる意識が混在して、三人が幸せになる事を選ぶには私が少し苦労をするくらいが良いと思いました。それでよかったのかな。
 

あなたと出会って
色んな側面から一つの人間を見る事を学びました
勝手に喜んだり、落ち込んだり
近づいても離れても
なんかいつも遠くて

心地のいい温度に柔らかくなったガムは
甘いだけで、柔らかいだけで、
お腹を充してはくれなかった
やがてガムの甘さはなくなって
口実を失った二人

あの子が大切だと言うあなたを見たら
こんな人の為に流れる涙は勿体なくて
こんな日の為にポケットに忍ばせてた包み紙に
吐き出した、ガムとか声とか青い空





 こんな日が来ることがわかっていたから準備よく、覚えておいた歌がありました。時間が経てばそんな事もあったよなと、歌う為にポケットに忍ばせていた歌です。未来の自分があの頃の心を忘れないようにと、呆れる心を思い出に結びつけてしまってほどけません。私は忘れちゃいけないみたい、素直な歌声の中で溺れる言葉。
 こんな事が世の中の道理だと理解していても、自分がされて嫌な事はするなって、幼い頃にお母さんが教えてくれました。私は子どもだから、その教えを信じてるだけ。

 それにしても悲しい気持ちは何処からかやって来るものなのではないかと、思います。悲しい気持ちや孤独は水紋のように広がって、人から人へと伝承されてきたものなのかなぁ、と。
 遂に私のところにまで辿りついた水紋に、やっぱり私もぐらぐら揺らされてしまう。私の中の寂しさも、この水の揺らぎがやってくる方向へ泳いでいけば、誰かの悲しみや憎しみが滴り落ちている場所に辿りつくのではないのかな。
 誰かの滴り落ちるものを私には止める事も、拭う事も出来ないから、私は水の揺らぎを受け止めるしかないのだと思う。それでまんまと揺らぐ水面にバランスを崩してしまうのだから、私は軽くてちっぽけでくだらない生き物です。どんと構えて生きていたら、元を辿ればどこからやってきたか分からない様な感情の渦に巻き込まれる事もないのに。

 誰かを戒めたって仕方がないの、私は水だしガムだし甘さだから。悔しい、手のひらに落ちた瞬間に溶ける雪が悲しい分だけ跡になる。
  「ムカつく」と感情を言葉に変えて小さな声で吐いたら、淑女になって、鬼女の心を飼い慣らして、枯れた柳の下で風に吹かれてた、柳下鬼女図屏風。
 一つの人間の側面が増える事は誰かを退屈させなくて良いなと思っています。
 くだらない女をやり続けるには私は美しすぎるから、楽しく服を着て、美味しく食べて、素直な声で歌う。一つの山を越えた私が今度抱くのは、私が選んだ人がいい。
 私に届いた水紋は、ついさっき、私の元で止んだところです。




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