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三つの季節

2008年の秋、鳥海山に登りました。

三つの季節が混合した景色を目の前に、山の美しさと恐ろしさを実感し、僕の記憶に鮮烈に、彫り深く、きざみこまれます。

氷・紅葉・緑

僕が立っているのは中腹よりやや上がった場所。

そこは、真冬の景色です。しかし見下ろすと、霜が駆け下った先に枯野が広がり、その向こうには秋の紅葉。麓はまだ晩夏を思わせる青々とした樹木生い茂り、陽の光が暖かそうに海岸線を照らしていました。

拙著、マヨイガ奇譚(R18ですっ)において、いくつもの季節が重なる風景を描写しましたが、この登山での思い出が元となっています。↓

幻想的な表現だと感想をいただいたこともありましたが、僕にとってはリアルな現実でした。

上空に垂れこめている雲の中に突入すると、先ほどまで見惚れていた景色は白一色となり、強風が吹き荒れます。

強風の鳥海山

ちなみに、鳥海山はこの日が「初雪」。運が悪いことこの上ありません。

紅葉を楽しもうと、軽い気持ちで来た僕は軽装備だったのですが体力に自信があるので、そのまま頂上を目指します。

さて、ここの先は画像がありません。

撮影するには手袋を外さなければなりませんが、一瞬でかじかみ、感覚がなくなってしまうのです。

手がかじかむと何も出来ないので撮影は断念。そのまま前進します。

それから三時間ほど。『頂上まで0.Xkm』という、標識があったのは憶えていますが、その標識のあたりで立っていられないほどの強風にさらされ、距離がどのくらいだったのか記憶にありません。

ともかく四つんばいになって、強風をやり過ごすだけです。

「死ぬかも」

山で初めてそう思いました。その後何年か経過して熊にも遭遇したことがありましたが、死ぬとまでは思いませんでした。

ともかく、立つことができないので、前進も後退もできません。

雲の中なので、周囲は真っ白です。一部急な斜面があったので、視界の無い中その斜面を下れる自信がありませんでした。もちろん、頂上への道は全く見えません。

「滑落より、凍死のほうがいいよな」、「頂上を目指して死ぬのと、下山途中で死ぬのはどちらがいいだろう?」など、バカなことを考えます。

雪が真横から降ってくるので、痛いです。降った瞬間吹き飛ばされるので、雪は積もりません。しかし、それが幸いしました。

そのとき、風が弱くなります。僕はしゃにむに立ち上がり、すぐ下の急斜面を降ります。ここさえ降りれば、そんなに急な場所は無かったからです。頂上を目指す、頂上までどのくらいだったのか? そんなことは全く頭にありません。斜面を滑落せず降りることに精神も肉体も集中します。

降雪は量を増しましたが、やはり積もらず、僕は無事下山できました。

陽の光がふりそそぐ暖かな登山口で、登ろうとしているグループに声をかけられました。

「あの、上はどうでした?」

「え……」(答える余裕が無い)

僕の表情と姿を見て、声をかけた男性は仲間を振り返り、

「帰るぞ」

そう、一言。

僕は自分の姿を改めてみると、帽子、肩に頂上の雪を引き連れたかのように、雪まみれ。

登山口の気候とはあまりにも不釣合いなその格好に、その場にいた人たちは戦慄し、次々と駐車場に引き上げていきました。

※※※

『三つの季節』が目前に現れるのは、凶兆です。

反省を踏まえて言うと、その時点で引き返すのが正解です。

よく、「山の天気は変わりやすいので注意」と言われますよね。

では、どれくらいの時間をかけて変化するのか?
30分~1時間くらい? いいえ。

それは『一瞬』です。

「天気が変わりそうだ」と思った次の瞬間、前進も後退もできないくらいに天候が変化します。

強風で動けない状態の中で、雪や雨が降り、それが長時間続くと……

本当に美しい自然の景色は、見る人に、死を警告しているのかもしれません。

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