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詩 迷子のサンドラ


迷子のサンドラ・ホジスンは
無事家に帰り着いたか、
会場の入口ゲートで母親に会えたか、
あれから三十年経っても
ちっちゃなドレッドの女の子が気にかかる。

広大なグラウンド、
熱気に溢れた会場、
ボブ・マーリーの亡くなった直後の
レゲエ・サンスプラッシュ・フェスティバル。
タムリンズが終わった頃だったか、
ブラック・ユフルーが登場する前だったか、
サンドラ・ホジスンは
場内放送で呼びかけられた。

あの頃
わたしも三十三歳。
ミソサザイのように春を囀っていた。
小さな体で、
大きな声で。
まだヒアデスの星々やら
カワセミやらレンジャクやら
蕪村やら大雅やら玉堂やらに会う前。
レゲエこそ聴き始めていたが
ジュジュやらンバラを知りもしなかった頃。

なんだ、
全然面白くないではないか
と言われると確かにそうだが、
若い者は若いなりに
幼い者は幼いなりに
そうだよね、サンドラ・ホジスン
せいいっぱいの世界ってあったよね。

小さな体で
でも、たぶん
サンドラ・ホジスンは声は大きくなかった
と思う
恥ずかしがり屋の引っ込み思案
だから迷子になって
迷子のままに行き暮れてしまうのだ。

会場いっぱいに放送されたのだから
けっこうな数の人が
サンドラ・ホジスンのことを気に掛けたろう
もっとも呼び出しは
サンドラ・ホジスンだけではなかったが。

そのとき会場に居なくて
遠い日本の雪国で
少し後になって海賊テープで
サンドラ・ホジスンの名を聞いたものだから
サンドラ・ホジスンはいつになっても
呼び出しをくらったまま
呼び出しに応じないまま

それが三十年経っても
気に掛けている理由になるのか
わたしだってあれから
絵を描き、
野焼きをし、
思いもしなかったことどもに
いろいろ出くわしたのだから
サンドラ・ホジスン
あなただって
迷子のままにいろいろあったろう。

ドレッド・ヘアーの似合う
ちっちゃな女の子
そう決めつけているけれど、
子供をほったらかして
レゲエ・コンサートで遊び呆け、
思い余った婆さんが呼び出しをかけた。
そういうこともあり得るけれど、
やっぱりマイクで
世界中に呼び出されたサンドラ・ホジスンは
いつまでも
おしゃまで、そのくせ人見知りな
かわいい女の子、さびしい女の子なのだ。


   ※


ブラック・ユフルーのサンドラ(ピューマ・ジョーンズ)がステージで踊り歌っている会場で迷子になったもう一人のサンドラ(ホジスン)。何度かMCがマイクで呼び出す声がその後もずっと耳に残って、こんな詩を書くまでになりました。妙なものです。

ボブ・マーリーを追悼する1981年のレゲエ・サンスプラッシュが最高の盛り上がりを見せたことは、現地から発信された未編集のライヴテープを聴くだけで納得できます。友人が入手した90分テープ6本。それが正規のものか、ブートレッグなのか分かりませんが、後に日本盤でも出た二枚組にはもうあの会場の熱気は薄れていましたし、もちろんMCによるサンドラ・ホジスンへの呼びかけはありません。

迷子のような人生を歩んだ身としては、テープの中の永遠の迷子のサンドラが愛おしくも、羨ましくもあります。



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