ダニエル彗星
バスを下りて図書館に寄る。その前にコープの入口に僅かばかりの古本。中に一冊だけ岩波文庫が。五人づれ『五足の靴』。えっ、と思う著者名にも驚くが、こういう場合はえてして買ってしまうもの。代金は箱に入れて下さいと主は留守。ワンコイン落とすと、他に仲間はいないような音がした。
五人づれとは、「明星」主宰・与謝野鉄幹を中心とした、平野萬里、吉井勇、木下杢太郎、北原白秋ら新詩社の面々。このメンバーで1907年晩夏から初秋の北・西九州を約一ヶ月旅した紀行文が新聞に「五足の靴」の題で連載された。岩波文庫は2007年、ちょうど百年目の記念刊行になる。
…時に『あら彗星』と叫ぶものがあった。刹那車の内の眼が悉く月見草のように開いた。狭い窓は一時に三四個宛の首を吐き出したのである。(五足の靴・29「彗星」)
いきなり旅の終わりから読んだ。彗星が見えるというのだから、星好きは飛んでいく。列車の窓から眺める彗星というのは珍しい。
彗星は東の空、地平線上一尋ばかりの所に懸っていた。尾は鋭く天心に向って流れる。あたかもサタンが堕落する姿である。…(五足の靴・29「彗星」)
1907年9月。明け方の東空。調べてみるとダニエル彗星というのがそれらしい。詩歌小説の空に思わぬ天体との出会いがあるのは嬉しいことだ。
(以上、7月13日のTwitterより採録)
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一ヶ月の同行五人の旅。
連載は東京二六新聞、無署名で代わる代わるに担当、それぞれは文中ではイニシャルで紹介されている。鉄幹がリーダーの文芸クインテットのジャム・セッションのようなもので、順々にソロをとっていく。だれがどの日を書いたのか詮索してみるのも面白いだろう。
こんな企画も、のんびりした時代だからこそ、京都の夜を出て、浜名湖の黎明に彗星を見る。東京に着くのは翌日の昼前。「はたはたと鉄路を軋」る夜汽車ならではの贅であったろう。さて、これから冒頭、旅の始まりに戻る。
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