門司港から愛を叫ぶ
心も身体も疲れているはずなのになぜか眠れない。
現役でスポーツをしていた頃、試合前に疲れていても緊張から眠れないことは多々あったが、その感じとは少し違う。
試合前は興奮して眠れないといった感じだったが、ここ最近は嫌な緊張感というか少しプレッシャーに押しつぶされている気がする。
コロナになってから正直苦しい状況が続いていて、もちろん会社も大変だけど、それ以上に周囲の人達の苦しそうな様子を見ることが辛い。
感覚的にはサッカーの試合で1対0で負けていて、後半途中に追加点を取られて2対0になり、チーム全体にもうダメだと絶望感が漂っているような状況。
たぶん伝わりにくい例えだけど、サッカーがわかる人ならしっくりくると思う。
僕は中学生の時サッカー部のキャプテンをしていた。
中学校最後の大会、自分たちよりも格上のチーム相手に下馬評を覆して後半途中まで0対0の引き分けだった。
僕らは引き分け狙いで守りを固めて戦った。僕は当時センターバックで一番守備の責任の重いポジションだった。
試合終了まで残り10分を切った頃、相手のシュートを防ごうと僕は必死に足を伸ばした。すると、シュートは僕の股を通り抜けて、それが決勝ゴールとなった。その1点で僕らは負けて中学校の最後の大会は終わった。
高校のバスケ部の時は最後の試合は、僕らのチームはレギュラー3人が怪我や高熱などで格下の勝てる相手に苦戦を強いられ、僕は試合で初めてファイルトラブルを起こして最後は退場してしまった。チームが負けるところを何もできないベンチから眺めていた。
今でもこの2つの最後の試合の光景と悔しさをとても鮮明に覚えている。
こうやって振り返ってみると僕はスポーツでたいした結果が出せずに、自分としてはまだやれた、もっとできたと負け犬の遠吠えのように心の中で常に唱えてきたような気がする。
今では少しそういう気持ちがなくなってきたけど、社会人になって仕事でもオレはもっとできる、もっとやれるはずだ、今活躍して有名な人達に比べても負けてないと同じような気持ちがどこか常にある気がする。
結局自分の力のなさが不甲斐なく、いつも悔しいんだと思う。
スポーツをしていた頃、負けていて苦しい状況の時こそチームで一番声を出していた。
「まだやれる! 前を向こう!」
と何度も言っていた。
当然根拠なんかない。ただ叫んでいた。
いつの間にか大人になるに連れて、大きな声を出すこともなくなり、感情を押し殺すことが多くなってきた。
今年で31歳になった。世間では十分大人だ。
会社の社長という肩書、目と表情が死んでいたり、話し方に抑揚がないせいでしっかりしている印象を持たれることも多い。
でも、僕自身はあんまり学生時代の頃から変わっていない気がする。
今僕は会社の仕事や作っている映画を通して周りの人達や門司港・北九州のまちに向かって叫んでいる。
「まだやれる! 前を向こう!」
誰に響くのかもわからない。それでも叫ぶ。
当然根拠なんかない。
夏の終わりまであと少し。
お祭りも花火もなくどこか寂しい夏空のもと、子供の時と変わらない青さのまま門司港から叫ぼう。
苦しくて諦めてしまいそうになっている自分自身のためにも。
そして、今同じように苦しんでいる誰かに届くと信じて。
上映会まであと20日間。後悔のないようにやりきろう。
1人でも多くの人に希望を届けられるように。
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