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暗さの触れ

第一回ことばと新人賞応募作

みずからに対して第三者であるという事実は、言語の構造に由来する。
思索家や作家は、彼らの内部にいる本当の語り手を知っている。それは定式表現である。
だからわたしは、思索にふける重々しいことば、なびきやすく自己消費的なことばに手を加え続けるのだ。

——パスカル・キニャール『さまよえる影たち』

日差しが強くなりつつある、枯れた木にぶら下がった花びらは白く、淡い腐臭を躱しながら無用の長物となった中央分離帯に見つめられ、境界層で加速する砂粒の行き着く先は、直線に圧縮された世界だ。乾いた幹を伝う蔓は、寄り添う相手を締め付け窒息させ、果てには自身さえも内側から粉々になるという。舗装された幹線道路は、地面から吹き出る小さな草や花にひび割れ、容易くちぎれてしまう柔構造によって突き崩されている。
青一色の諧調の、底の無い高さを見上げながら、窓越しに映ったまさにそれを見ている眼差し自身の反復があり、それ故あらゆる「それ」を指し示す記号的な身振り、足跡、傷跡は捨像された、ないし焼き付けられた影のようなものであると考えることができる。日と風に喜ぶ壁を覆った蔦の、乾いたところから生え変わった緑の葉の群れ、消し去れるべきは私たちだったのだと言っているようで、二羽ほど鳥がやってきてうるさく鳴いたのち、風の抜けてゆくところも収まり、また沈んだような静かさに満ちてゆく。
集団の中の個としてありながら、集団としての個としてあるこの倦怠と朦朧の非連続的な流れの中、不意に襲う覚醒された現実は広がりを求めており、その速さと貪欲さに辟易する吐息の数ほど、意味の無いものは無いということに気付きながら、そうすることの演技、虚構としての所作を配置すること、振りかざした概念の振りかざすことの背理的な裏切りと打算を、受け入れてきたのかもしれない
何かを記すには極端に我々の操作能力は簡略化され、複雑な色彩を失い、またそれ故相互に捕捉し空間を限定し、そこでなされるべきことの予測性を教義とした振舞いの要求に堕落し、自ら何も発さず、交換もなければ吸収や吐露もない、隔離された内側で反発しうる度に跪いている事にすら気付かなくなっている。縛りつける縄を一時的であれ解く技術は、矛盾した合理性の果てに棄却されてしまい、知恵と歴史の積層は灰として指の隙間から滑り落ちてしまう。しかし、埋め尽くすことのできない相互に反発する粒であること、そこに何が詰め込まれているのか、無数の衝突と合体の果てに見出した隙間は、我々が有している最後の孤独ではないか
断念と妥協と無明を明るく照らし出し、止まることの無い回転遊具の軸を脱却させ、振り落とされて初めて土の味を知ることができる。底に這いまわる蟻と目が合ったとき、我々の在り方に高揚を覚えずにいられるであろうか?

***

その村のある男は、田畑を耕し稲や少しの野菜を育て、妻と二人の子供と暮らしていました。家族以外とかかわりあうことは少なく、いくつかの商売上のやり取りを済ませるとそれ以上の話をすることはめったになく、しかし決して悪い気にさせることはない人当たりの良さで、疎まれもせず厚く信頼を寄せられることもなく、続いてゆく道路のように日々を過ごしておりました。
男の妻は大抵家の中で織物をしており、出来上がったものを市場で売ったり、他人に譲ったりしていました。とびきり美人ではないが愛嬌のあるひとで、何をするにしてもよく笑う人でもありました。笑い声は良く通り、それが聞こえると、山に山菜を取りに行った意図のもとまで聞こえるということ、これで山で迷っても笑い声の方に向かば大丈夫だと言われておりました。
子ども達は快活な子供で、それが行き過ぎてしまうこともありもしましたが、よその子たちと仲良く、勉学にも明るいとあり、周りの大人からもよくかわいがられておりました。
ある夕方、仕事を終えた畑仕事を終えた男が家へ帰ってまいりました。いつもより遅くなってしまったことに妻や子供たちが腹を立てているのでは気をもんでおり、扉を開けるなり開口一番、遅くなって申し訳ないと大きな声で謝りました。しかし家の中は暗く、埃が積もる小さなささやきまで聞こえるほど、静まりかえっていました。男は家の中に泥棒が入ったと考え、立てかけてあった鍬を手に家中を探し回りましたが、家族の姿はありませんでした。
男は村中に声をかけ、妻を見かけなかったか、子ども達を見かけなかったかと尋ねて回りました。しかしだれ一人として彼らを見かけたものはおらず、しかしこの男が家族を手にかけたり売りに出したりしたとも思えず、村中で捜索することとなりました。捜索は一月行われました。山の中や池の周り、危険な湿地帯や隣村まで探しましたが、手がかりさえ見つかることはありませんでした。
男は大変悲しみ、その悲しみようがあまりにすさまじいものなので、かける言葉もなくただ男の無く声が村に響いておりました。やがて男は畑に出ることも少なくなり、家に引きこもるようになりました。元から交流の多い人ではなかったので、畑の荒れようから村人は気付き始めました。何人かの村人が心配になり男の家を訪ねると、やせ細り髭は伸び放題で、汗と皮脂の匂いのきつい男が出てきました、顔の凹凸はより強調され、大きな目が二つ同時に動くたび獣が肉を食らうときのような眉間のしわを伴い、ちらほらいた男を訪ねる村人は、或る時を境にぱったりといなくなりました。
時間が過ぎてゆく中で男の家に続く道には草で覆われ、通る人がいなくなったせいで男の家は村からはぐれていくようになりました。村の人たちはおっかなくなりながらも男のことがやはり気の毒に思え、食べ物や薪などを近くまで持っていくようになりました。それらは少しずつ減っているので、村人たちは男が少なくともまだ生きているのだと安心しました。
ある冬の日、めったに雪の降らない村に大雪が降り、辺りは白く包まれました。村人たちは家にこもり、寒さゆえに口数も少なく、家の中の会話を除けば、音はあらゆる方向から吸い込まれ、景色と同様白さしかありませんでした。子供たちがはしゃぐ声もすぐさまに消えてゆき、大人たちはそのまま子どもたちがどこかへ行ってしまわないよう家の中に入れさせました。
男は降り積もる雪を眺めながら音の消えた風景に何かを見出しておりました。大きな目玉は動くこともなく、真っ白になりつつある視界の一点をじっと見つめておりました。窓を開けていたので吹き込んでくる雪のせいでそこだけうっすらと積もっておりました。寒さという寒さは男にとって無いものとなってしまったのか、男は震えることもなく、鳥肌すら立たず、ただずっと眺めておりました。
やがて日が落ちると男はさすがに窓を閉め、部屋に吹き込んだ雪を拭き取り、薪をくべ暖をとりながら、少しだけ明るくなった部屋の中でその角をみました。影となり暗くなった部屋の角、何者にも照らされることの無い場所、男はのろりと立ち上がり、その角から元居た場所を見てみました。すると男の目から涙が次から次へと溢れ、しかし声は出ず、薪の弾ける音が時々するだけで、炎の揺れに応じて変わる光の強弱が涙に形を与えていました。
翌日、雪はやみ、なれない雪かきに村人が総出で当たっていると、集落に男がやってきました。村人たちは男がすっかり元気になっている様子に驚き、何があったんだと口々に男に詰め寄りました。男は笑いながら答えることはなく、雪かきを手伝い始めました。やがて村人たちも余計な詮索はやめようと雪かきの作業に戻りました。
雪かきが終わり村で食事をするがどうかとある村人が男に声をかけました。男は是非と返事をし、家からいくつかの食材をもって村の集会所にやってきました。宴会は盛大にとり行われ、酒も入り夜が更けるまで続きました。陽が登り始めるころ、男は集会所から静かに家に向かって帰ろうとしました。それに気づいたある一人の女が、男に声を掛けました。聞きづらいとも思いながらも好奇心には勝てず、いったい何があったんだと男に問いました。男は少し考えた後、笑いながらこう答えました。
「影たちは常に側にいたんだ。」

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もはや何かに怒っていることさえ自分自身の意志によるものなのかを疑ってしまう。最も奥にあり、堅牢に守られ、秘匿されているがゆえに神秘であり魅力であったものは、引きずり出されてその構造を簡易化されている。
表象と秘匿の二項から成す直線上にあまりに多くの人間が乗っている。必要なのは何を明らかにするかでもなく何を守るのかでもなく、何を掛け合わせるかである。そのためには何かを止めなくてはいけない。

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終わりは思った以上に長くかかった。それを終わりと呼称することが適当であるかどうかは別の議論を要するが、一般に言われている「終わり」は訪れなかったし、それを見たものも触れたものもいない。「終わり」とはそういうものであると、実際に終わってみて初めて理解された。
人類は自ら構築した電子的、量子的なネットワークにおいてその通信速度を加速させた。その結果、物質的構成は問わず、物事は瞬時に共有され、波紋の広がる速度はどんな風よりも速かった。
かつて人類は文字を発明したことで見ること、触ることの喜びを一時的であれ失った。それを組み合わせ書物とすることで新たな崇拝を得た。その代償として木や鳥、獣たちとの緊張関係を失った。崇拝と文字の組み合わせにより再現性という概念が発明された。それ故素朴な信仰が失われた。そしてネットワークにより死そのものが失われつつあった。新たに生まれ来る衝動的な喜び、突然失われる静寂や悲しみ。失われたものは細胞のアポトーシスの連鎖によるマクロ的、化学的合成反応の連鎖の停止ではなく、自らの在り方における以前と以後の或るところである。
老衰や病気による死を超越した人類は、その明るみにおいて経済的な安定性を確保するため定期的な危機の演出と調整を行った。頻繁に崇高な目的や理念がダウンパッケージ化されて用いられ、その度批難があったもののやがて消え、最終的にはその目的を隠す恥をも忘れていた。
変化は危機の最中に起こった。すでに身体の大半を代替可能な有機的な部品として扱っていたが、それらを制御する人工的なモータータンパク質の異常(として扱われている)により、思考において高度な演算を得意とする集団が関連性のない各地において発生した。集団はおよそ十人以下の小さなものだったが秀でた演算能力により誰にも気付かれず、他者のモータータンパク質を操作し、人間の傀儡化が進んだ。傀儡となった人間の自我は事後的な調査によりおそらく消失したものと考えられ、その行動は穏やかなものだった。敵対行動をとられてもそれを受け入れ、傀儡となったもの同士の交流はあったものの、その中に積極的な意味を見いだすことは出来なかった。
やがて事態に気付くものが現れた。生死のかかった状況においてもその反発や抵抗が見受けられない事は支配者層の管理体制において著しい懸念として扱われた。
その後対応はほぼ虐殺といいても差し支えない傀儡者の抹殺が行われた。人口の4分の3が死滅した後、支配者層は物理的、電磁的に隔離されたエリアを設け、そこで暮らすようになった。外に出ると何より大事な「この私」が壊れてしまう。それを教えに壁の内側に人類は閉じこもった。
閉じこもった自我を有する人類は定期的に壁の外部に調査を行ったが、その大半は帰ってこなかった。通信のため用いているデバイスから必然的に漏れ出てしまう電磁的な波動を捉えられそのままどこかへ行ってしまった。ごく稀に帰任する者もいたが、精神的に著しい負荷がかかった痕跡があり、解析を試みるももはや別人格となってしまったような記憶に、有効性を認めることはできなかった。
傀儡人は積極的に壁の内側に侵攻しようともしなかったので、この関係性は約300年とかなり長く続いた。やがて壁の中の人間は壁内の争いにより極端な食糧危機と頻発する略奪に見舞われ、その数を減らしていった。そうして自我を持った人類は滅んだ。
アノマリーとして発生した他者を操ることのできる人類は唯一自我を持ったものだったが、やがてその数を減らしていった。遺伝による情報伝達は生殖の成功確率の分布に依存するので、高度な演算機能をもってしても子孫を残せない状況に陥ることが少なくなかった。
そうして人類は操る主人を持たない人形となった。生への渇望も死からの忌避もなく、地面に座り込んだ彼らは獣に食われるか、鳥についばまれるか、その死肉を虫たちに漁られるか、どちらにしてもそれらが与える積極的な世界への働きかけはなくなった。少しの期間、蟻の亜種による人間の栽培も行われもしたが、ただ腐ってゆくものを増産させるメリットも少ないとして、それらもなくなった。
こうして人類は滅んだとされる。

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彼が第二次性徴の最中にあったとき、変化していく自身の肉体を湯船に浸しながら、物思いに耽ったように思える自身の後頭部を想像していた。すると彼を見ている自身の目があり、目があるということは頭蓋が存在するということである、つまり後頭部を見ているあたもの後頭部を見ることができるということである。しかしこの連鎖はどこまでも続くことができ、それを止めるためには、すべての後頭部を眺める目は頭を有していないことになり、それは目の無い目線であり、目がないので、見られている側から見ることはできない。
ここまで考えたところで彼は今思考が言葉となって表された音声は誰の音声なのかとふと考えた。低くなる自分の声、響いているところを聞き取る耳の奥、頭の中で反芻される言葉が意味になって重なってゆく。
彼は急いで風呂をあがった。温まったはずの身体は鳥肌が立っていた。彼は自分が何者でもないことに気が付いた。彼の目線、耳、外界との接触面は、あの目の無い目線、耳の無い鼓膜、頭蓋の無い神経網と重なった。そこから見た彼は他人であり、誰でもなく彼であったが、何でもない彼であった。彼の身体はその扱いに明確な拒否を示した。震え、鳥肌を立たせ、鼓動を早くすることでその存在を、価値を知らせていた。しかし彼にとってそれをだれがどのように判断するのかを知りうることができないことをよく知っていた。鼓動が強いこと、この社会においてある程度適応すること、長く生きるということ、保証があるということ。それらは見られる側の立場で行える精一杯の抵抗であって、何一つ根源的な対応ではなく、張りぼての机上計算に安寧しているだけで何の解決にもならない。
彼はこの恐怖からしばらく目を背けることになる。学校でよい成績を修め、大学へ行き、就職してから結婚をし、子どもができ、忘れようとしていた恐怖は古い郷愁のかび臭さを伴ってやってくる。彼は彼の子を見て思う、この子が存在しえなかったところに何があったのか、何をこの子をこの子たらしめて、この世に送り出した力は何だったのか、この子は一体誰なのか。
浮ついた目線は忙しそうなキッチンを一回りした後、沈む夕日を捉えられていた。赤くなる街のいたるところに影が伸びていた。

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「のような」と言うとき、そもそも私たちがどのように対象を認識しているのか、その特徴の一端を垣間見ることができる。「のような」とは、日常的に用いられる用法としてはある対象を示す語彙が別の対象を示す語彙の意味を補足的に追加、ないし転写する役割を果たしており、語彙の受取手の構造に依存した意味の散開の程度をある任意の方向により指向させる役割がある。それは意味の補足として用いられた語彙と、意味を指向させられた語彙との間に「のような」という接続を用いることにより強制的に共通通部分を生成し、あたかも和集合として成り立っているかのような新たな意味を生成している。
物質的な接触距離において大きく隔たった事柄間においてもそれは可能である。注目すべきは、可能であるということよりも、可能となってしまう事態の方にある。可能となる組み合わせがあるのではなく、あたかも可能となる組み合わせが潜んでいたかのようにそれを用いることにより可能となってしまう。
すべての言葉にすべての意味が内蔵されており、私たちは普段通常使っているような意味以上に触れることのできない深層にそれらが眠っており、あるきっかけで現れるようになると考えることができるが、そう仮定すると意味のすべてを内包した言葉は一体どこに存在することができるのかについて説明が必要になる。言葉は私たちの舌と咽頭の相互作用による空気の擾乱、もしくは文字により記されたものとして、物質的な作用の結果として現前する。それらは当然それらでしかなく、それらの中にすべてが包絡されているのであれば、それらが存在している空気が充満している空間や文字の書かれた紙はすべてを超越したものとなる。
ある語彙にはそれ以上の意味は含まれていないとすると、含まれていないものが創発することについて説明する必要がある。言語の使用環境をある空間に見立て、その空間におけるポテンシャルの粗密による自発的な構造化が発生するとする。それは語彙はもはや文脈という流れに乗る一塊の要素であり、流れが変わるとその意味作用も大きく変わってしまうことになる。「のような」という技法は、その文脈の流れを合流させるものとして扱うことができる。
そもそも言葉が何かしらの代替作用であることに鑑みると、意味といってもそれは事後的に生成されるものであり、代替された対象をすべからずくみ取っているものではなく、次元を圧縮されたものとして理解することができるが、そうすると語彙同士の相互作用としての「のような」の手法とその作用は、それを成す語彙や、それらを用いる話者、また話者が属している言語的な集団において異なる相互の包絡作用により互いを補いながら成り立っているとも考えることができる。それぞれの解像度に応じたそれぞれの意味があり、それらはより小さな要素の積和により成り立っているわけでもなく、より大きな集合の部分として成り立っているわけでもない。それぞれの階層は互いに関係しながらも独立しており、その体系の中に私たちも含まれるとするならば、私たちの在り方が世界に対する問いの投げかけ方であり、真理というのはその問いに対する答えの一つであるとすることができる。もちろんこの文章も。

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あなたが花を生けようかと言った。
お茶の立ち上る机に光がさしていた。

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無限に延伸する無意味だけが生きる価値を与える。

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雨がカーテンのように揺れながら降っているのに気が付いたのは、うるさい洗濯機の音以上に強い勢いでガラスに水滴がたたきつけられたからだ。コインランドリーの待ち時間の間に天候はくずれ大雨となっている。あと三十分の待ち時間はスマホにダウンロードしておいた漫画でも読んでいれば一瞬でなくなるはずだった。雨の音がそれを遮った。
雨はさらに強くなりガラス窓をたたく音も大きく唸っている。ビニール袋がとんでいったのが見えた。通行人はもう傘をさしていなかった。遠くに見える雑居ビルから壁で止められた雨が滝のように落ちており、下の月極の駐車場にある私の車にかかっている。また洗車しなきゃなあなんて考えていたが、漫画を読み直そうとは思えず、ずっと窓の外の景色を眺めていた。
びしょぬれになった老人が入ってきた。帽子やら洗濯物が入っているエコバックやら羽織った上着のポケットやらから水が滴っている。傘はない。いや、まいったねとか何とか言いながら彼は私とは反対側の洗濯機に濡れた洗濯物を詰め込み、百円玉を入れ始めたが、どうやら手持ちの百円玉が足りなかったのか、何かぶつぶつと独り言を言っている。そうするとこちらを向いて非常に困った顔を即座に作って見せ、私に尋ねてきた。
「ねえちゃん、百円貸してくんねえかな。あと一枚足んなくてよ。」わたしはどうぞと言って百円玉を渡した。助かるわと言って彼は笑いながらその百円をコイン投入口に入れた。
雨はずっと降っていた。ずっと外を見ていたからだ。ガラスで遮られた向こう側の街はいつもより大きく見える。

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周りを見てみるとよくわかる。コンクリートの壁から、雨ざらしにされた屋根の黒染みから、格子に組まれた駐車場の仕切りに絡んだ蔓から、そこから咲いている花から、見上げた竹林から、鳥たちの羽ばたきから、猫の欠伸と爪とぎから、すれ違った買い物帰りの親子から、飲みかけのコーヒーが残ったマグカップから、晴れた空から、ボバリングするクマバチの羽音から、あなたから、私の残滓がこびりついて絡みつき、雰囲気を充填する熱のうごめきがある。

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昨日飲みすぎたせいで腹の調子がおかしく、いつもよりも十五分ほど遅く家を出ることになってしまった。二、三分遅れるかもしれないとなったときは慌しく出ていくのにも関わらず、十五分も遅れると、会社の始業時間には余裕もあるし大丈夫だろうと楽観的になる。ならいつもだってそうあった方がいいのに、そうはならないのは、自分の生活リズムへのこだわりなのか、いやそれよりも、もっと大事なものへの執着があるように思える。
いつもと同じ風景を見ながらも少しずつ異なっているのは、そこを行き交う人が異なるからで、仮にそう感じるのだとしたら、ぼくはいつも通り出勤しているであろう大多数の乗客にとって大きな違和感として十分な在り方をしているだろうか。またぼくがいない、いつもの7時14分発の電車はぼくの不在がちゃんとそこにあっただろうか。
電車の中を建物の影が通り過ぎてゆくたびに、読んでいる本の明滅で文字が追えなくなってしまう。一度真っ白になったところから終わりかけたはしのほうから黒くまた浮き上がってくる文字の並びに、どこまで読んだか分からなくなって、往復する物語はその都度異なる装いを見せ、しかしそれらは時間が進むことで潰されて消えて、結局同じ物語として扱われてしまっていることに、気付いたときには同じように気付いたこと自体をなかったものにしている、朝の三〇分の間に螺旋階段を登っていくような感覚は、ひどく酔いやすく、心地よかった。
始まりに抱いている高揚感のいくつかがなくなり、ページをめくるたびに少しの煩しさがちらつくようになってから、文章は新しい顔をしだす。通勤の暇を潰すための営みは、散らばったぼくをぼくとして重ね合わせるためのもので、おかげで仕事が捗り、家で過ごす時間も増え、妻ともより仲良くなったが、それはまた文章によって簡単に崩されてしまうものだということ、散り散りになること、他人がぼくが何人もいると言い出すこと、壊れること、死ぬこと。こうして座席に座っていてもよく分かる、ぼくがぼくから離れようとしている、動きのなかで止まる術を身につけるのに年をとり過ぎている。
会社の最寄駅に着いたので電車から降りた。多くの人が乗り降りする過程ですれ違い、お互いの外在を交換しているのに、うつむきがちな、また元気の有り余った眉間にシワのよった顔、ニュートラルで注意散漫なのはぼくしかおらず、頑なに他人の侵入を拒んで、拒まなきゃまともじゃいられなさそうな悲壮感は、よりぼくを不安にたかぶらせるので、そのまま人の流れ、こういう言い方は良くないのかもしれないけれど、そういったものに乗っかってぼくは改札を出た。

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全体的に灰色をしているがパネルのそれぞれをよく見るとたまに薄い紫色のものもあることがわかり、大規模な耐震工事をしたのであろう枠上の構造物で覆われている。側面にある階段の交差は雨が吹き付け、壁を伝う水滴が風に乗って排水溝を満たしている。各階の廊下に設置された蛍光灯のうち、八階と六階の、エレベーターに近いものは点滅し消えそうな瞬間の間に生きており、暗がりをつけたり消したりしている。L字型になった建物の内側から見てみるに、格子が備え付けられた各部屋の窓の明かりが灯っている部屋は一つとしてなく、屋上の給水タンクと電波の受信装置と思しきものの付近に設置されている非常灯の明るさ、粗密の反復がきれいな雨に滲んでだから何?あざ笑う向こうを見ようとしても誰もいない。エレベーターホールは郵便受けが並んだ壁と向かい合っている暗証番号を入力する装置があり、ガラスの大きな自動ドアは壊れてしまって駆動のためのゴムベルトとプーリーが天井からぶら下がっている。階段とスロープを挟むように設置されたベンチには置き去りにされた生活が染み込んだ無生物の数々に泣いてしまう。階段の方には管理人が常駐する部屋があり、エレベーターホールに対し大きな窓で開かれている。その窓の向かい側の壁には横に長い絵が掛けられており、左側が外れているので右上の一点のみで支えられており、斜めに傾いたスロープによく似合っている。窓から一日中この絵を眺めることができた毎日がかつてあったこと、眼差しの積み重ね、警報を鳴らす装置の点滅はもうなく、書類が整理され、束ねられたファイルの整列の所々に、掴み損ねた手の力のこもり方があったのを見た。まだ動いているエレベーターは、電灯によると一二階にあるようで、何もボタンも押されていないはずなのに下向きの指示が表示された。モーター音の響きと擦れた金属の音が所々に聞こえる。八階で止まり、六階でも止まり、九階へ上がったあと、ゆっくりと降りてくる。やがて一階で止まり、影の多い扉が開いた。

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崖を下の方から眺めたとき、這いまわっている蔓から生えた葉が幾らかの順番に従って揺れているのを、日曜の午後、食べ過ぎた昼食に沈み込んでゆく身体を引き揚げようとしている最中、辛うじて残っていた爪先で捉える。気のせいだと思った端の方から、何を感じたのかを思い出せず、合わせ鏡みたいな溶け方をした意識の過剰さ、強さは良い塩梅で、点滅する葉のちらつきにのぼせてしまった果てには、充足した生なんかがあったりするもんだと思う。途切れる時間のがたつきを埋めてくれるものはなんだろう。放り出してしまったが故にあちらこちらに散らばる視線の重なり、ぼやけ、ずれからくるめまいの酷さは次第に収まってゆくが、鳥が近くの木に止まってすぐ飛び立ってしまった道筋に、そっと手を添えたりして、一つの手から指の数だけ枝分かれした手の発散で、掴めるものなんて無い、そう考えていた。気になることに気を取られること、蔓が崖を覆っているのもそれと同じで、覆われているのは蔓の方でもあるけど、仲が良さそうに、そう思うことは何かしらの怠惰さなのかもしれないけれど、ああいうふうになってみたい、そう思っている天井越しに、すでに近づいていた。

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何か形にしなければならない。目に見えて、手で触れて、加速度を感じ、匂いがして、熱かったり冷たかったり、痛々しく、生々しく、そこにあり、確かになくてはならない。そうでないと誰もそれに触れられず、つまるところ私に触れられず、私はいない。いないものを私が私と呼んだところでそんな私はおらず、何をも媒介しないところに何かがあるわけではない。何かがあり、なにも生み出さず、あるということがひたすらにあり続ける。
ならば私に求められることもなく、何かをなす意義は消え失せ、事後的に、また便宜的に適用される論理構造や訴えによって何かしらの扱いやすさを施され、複雑な私は簡易に、できるだけ手のひらのうちに収まるような大きさで、途切れた、部分的な、光沢のある身代わりを差し出すほかない。
突然溢れた涙の、丸い全球的背景を写し取った瞬間、捨像されたつなぎ目たちの叫び声を聞く。あるものをないとするが故の感動があり、ゆえにそれは偽りであり、つまり何もかも嘘なんだ。切っ先が腹を突き刺す瞬間に引きこもる血の流れを見たことがあるか。花びらが散り地面に落ちる、その接触点における悲しい反発に触れたことがあるか。あなたはあなた自身の無口で抑制された語りを聞いたことがあるか。大抵は私たちとは無関心に、ただ強い関係を保ちながらふるまい続けている。私たちにより決まるわけでもなく私たち抜きで決まるわけでもない。風の吹く心地よさの表皮、壁に朝日がさす色、ぶら下がった電線の向こうに波をうつ雲の群れにこそ見出すべきものと呼称されるものが隠れている
私たちは死にながら生き続ける。死なないということではなく、生きていないということでもない。蟻が踏み潰され森は焼き払われ、獣に屠られ朽ちてゆくのと同じような様相が層を変えて成されている。外にあって然るべき出来事は内在している。堅牢な構造で静寂を保持しているのではなく、混沌の渦がフラクタルに展開しており、私たちという単位を構成している。

***

夕焼けが写ったマンションの壁にトランペットの音が聞こえる。

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