見出し画像

『ベーシック・インカムーー基本所得のある社会へ』ゲッツ・W・ヴェルナー著 渡辺一男訳、小沢修司解題 現代書館 定価2000円+税(月刊とちぎVネットボランティア情報VOL.150、2008年4月号掲載)

『ベーシック・インカムーー基本所得のある社会へ』ゲッツ・W・ヴェルナー著 渡辺一男訳、小沢修司解題 現代書館 定価2000円+税

白崎一裕
(月刊とちぎVネットボランティア情報VOL.150、2008年4月号掲載)

この本の題名である、「ベーシック・インカム(Basic Income)」(以下、BIと略する)という言葉をお聞きになったことがあるだろうか。日本語に訳せば、「基礎所得(保証)」とか「基本所得(保証)」とかいう言葉になるだろう(イギリスでは、「市民所得」ともいう)。これは、簡単に言えば、だれにでも、無条件で、一定の所得(たとえば年収150万円分とか)を国が保証しようとする制度のことだ。え!そんなことができるの?どこに財源があるんだ?それに、そうしたら人間は働かなくなるんじゃないか?などなど、疑問・異論など議論百出だろう。だが、この本の著者は、「いや、できる。それも、このベーシックインカム(BI)こそ、希望の社会への入り口だーー」と述べているのだ。ヴェルナーは、夢想家ではない。彼は、ドラッグストアの店員見習いから出発して、現在、全ヨーロッパで約1,500の店舗と21,000人の従業員を雇用する、ドラッグストア・チェーン「デーエム」たたき上げの創業者・経営者だ。

彼は、経営者の立場から、現代の労働の在り方を分析する。現代社会は、分業とオートメ化が進み、常に潜在的に失業状態にあるポスト工業化社会となっているというのである。たしかに、現代の日本社会をみても、労働内容は、様々な派遣労働にみられるように細分化された労働過程となっていて、かぎりなく働く人々は機械の部分品のごとく「取替え可能」なものになっている。しかし、人は働かなければならないと思わされている、なぜなら、そこにあるのは、「食うためには、しゃ~~ないだろう」という思考がはたらくからだ。たしかに「食わなければならない」、しかし、こういう状況は、奴隷化された人間の行為といえないだろうか。その証拠に、派遣の現場では、違法なヤミ派遣労働が横行し若者などを食い物にしているではないか。BIは、まず、この「食うためには、仕方がない」という賃金労働に縛り付けられた状態からの解放をめざす。そのBIの特性の第一は、労働(働き)と所得(賃金)の分離と言うことだ。働こうが、働かなかろうが、働く意欲があろうがなかろうが、働く能力があろうがなかろうが、無条件で、一定の所得を保証するのだ。こうすることで、「食うためには」という強迫・奴隷観念から離脱でき、真に「自由な」存在として生きることができる。どんな生き方・ライフスタイルも選択可能だ。ヴェルナーは、こう述べている「BIは、むしろ自由な空間をつくりだす。すなわち、多くの非営利経済部門の、文化的な課題が財政的に可能になる。多くの新たな社会参画のかたちが生まれるであろう。多くの人間が彼らの仕事のなかにふたたび意義を見出すだろう。――なくなるのは、労働の強制だけである」NPO・ボランティアなどなど、いままで、「食うために」活動が十分出来ていなかった人びとも、どんどん、社会へ参加できるようになる。
BIは、現代の福祉・社会保障ともことなっている。生活保護や各種、福祉の受給を受けるには、資力調査や煩雑な手続きが必要だ。それに、福祉は、どうしても、お上からのおこぼれをもらう(パターナリズム=温情主義)という匂いがつきまとう。しかし、BIは、一切の資力調査や、めんどうな手続きは不要だ。そして、世帯単位の給付というわずらわしさもなく、あくまでも「個人」に対してBIは給付される。こういう動きは、各種の複雑怪奇なシステムとなっている年金を含む社会保障全体を整理し統合し、現代の福祉国家の行き詰まりを解決することにもなる。

 評者個人は、このBIに地域通貨を実践する中で出会った。地域通貨は、たしかに、自分達でつくる「お金」を通じてコミュニティの再生に力を発揮する。ただ、もっと、個人個人を支える支援の「お金」はどのようにしたら可能だろうか?と考えていたときにヨーロッパで広範な議論が展開されているBIを知ったのだ。
このBIの思想的歴史は古く源流は、トマス・モアの『ユートピア』(16世紀)にまでさかのぼる。現在、ヴェルナーのドイツをはじめ、フランス、イギリス、ポルトガル(参加所得)、アイルランドなどのヨーロッパ各国をはじめ、ブラジルなどでもその論議や具体的試みがはじまっている。また、インターネット上でも盛んに議論がされており、なかでもBIEN(ベーシック・インカム・アース・ネットワーク)のサイトでは基本的なBIの情報(英文)が幅広く掲載されている。

まだ、BIは、日本では部分的な議論にとどまっている。しかし、社会の分解ともいうべき世代間・地域間等々の「格差」が拡大する状況において、今後の大きな政治的課題となることは間違いない(2008、3、26記)。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?