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月刊ボランティア情報2010年9月号VOL174・市民文庫書評 『ハウジングプア~~「住まいの貧困」と向き合う』稲葉剛著   山吹書店 定価1800円+税

月刊ボランティア情報2010年9月号VOL174・市民文庫書評 『ハウジングプア~~「住まいの貧困」と向き合う』稲葉剛著  山吹書店 定価1800円+税

評者 白崎一裕


著者は、「あの」NPO法人自立生活サポートセンター・もやいの代表理事である。「あの」というのは、事務局長の湯浅誠さんと共に「貧困問題」に立ち向かう時の人ともいえるからだ。しかし、その解釈は間違っている
。著者は、マスコミが流行現象とした「貧困問題」のはるか以前のほとんど誰もが注目しなかった時点から、これらの課題にとりくんできたのである。その活動の中間報告ともいえるのが本書だ。
 
「住まう」という思想を私達日本人は、特に戦後という時代の区分をしてみても十分に考えてきたのだろうか?
という疑問がわいてくる。都市論の古典を1930年代に著したルイス・マンフォードは、建物や都市の基本的思想は、人間の個々人が尊重されること(個体化)と、その個々人は単独では暮らせないので共同生活が営めるよう
に(社会化)することに、おかなければならないと主張した。住まいの貧困は、この思想の欠落ともいえる住まいの「思想の貧困」にも原因があるのだ。そのことを著者は『人間が生きていく上で、「安定した住まい」と「
他者とのつながり」の両方が必要だと考えている』(P183)と鋭く指摘している。具体的には「ハウジングプア」を「貧困ゆえに居住権が侵害されやすい環境で起居せざるをえない状態」と本書では定義している。
 
居住権というのは、国際法的(イスタンブール宣言)には「適切な住居への権利(the right to adequate housing)」ということで、人間個々人が、主体的に人間らしい居住を求めていく方向性を表したものだ(「求めていく
方向性」ということが、英文の「~への(to)」に表現されている)。

このハウジングプア解決のための道はあるのだろうか。そのための実践的な提言が本書ではなされている。第一に、多種多様なライフスタイルをもつすべての人々に対して「安心して暮らせる住まい」を保障するという理念
が前提で、公共住宅政策を拡充するのみならず、同時に民間賃貸借住宅に公共的な性格をもたせることを提案する(民間賃貸借住宅の入居者に家賃補助など)。そして、東京などの大都市圏で、「月10万円程度の収入で安
心して暮らせる住まい」をつくれるかどうかが、ハウジングプア問題解決の指標となるという。都内などでは、家賃4万円以下の物件は少なく、生活保護を受けずに月10万円程度の収入では、安定した住宅を手にいれるのが
困難になるからだ。そのための条件整備としては、家賃が月2万円以下であること、初期費用が安いこと、連帯保証人が不要であること、などがあげられる。

そして、著者はこの提言を発展させてもうひとつの重要な提言をおこなっている。「月10万円で安心して暮らせる」ためには、食糧・医療・教育など人々が暮らしてく上での最低限のニーズ(ベーシックニーズ)にかかる
費用を低額に抑える必要性ということだ。このベーシックニーズをめぐる提言に評者は共感する。著者も指摘しているように今後右肩上がりの経済成長が幻想であるからこそ、この提言が生きてこよう。

最後に。本書には、「ハウジングプアという体験」と題された5本の珠玉のエッセイが挿入されている。このエッセイからは、社会から排除され続けてきた人々へ寄り添う、著者のラディカルな優しさのまなざしを深く感じ取
ることができる

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