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『ゾンビ』ディレクターズ・カット版について

【用語解説】
DA版:ダリオ・アルジェント監修版。118分。
US版:全米公開版。127分。
DC版:ディレクターズ・カット版。139分。
ロメロ版:US/DCを併せた、ロメロが編集したバージョンの総称

さて今日はDC版について。
あの『ゾンビ』の未公開シーンが遂に禁断のヴェールを脱ぐ!ってんで、10年以上前に大変な話題を呼んだバージョンですな。
当時は『ターミネーター2 完全版』やら『ベティ・ブルー完全版』などが続々と登場し、「単にダラダラ長くなっただけ」とか「劇場では不完全版を見せてたのかよ」などと、そろそろウンザリ気味の批判も出始めてた頃でした。

しかしモノが『ゾンビ』となると話は違います。あの映画の世界に1分でも長く浸れるならばどんなシーンだってOK! という感じで、我々ハードコアなマニアは、飢えたゾンビのようにウォウォ唸りながら発売日を待ちわびたものであります。

はてさて、実際にどのようなバージョンだったのかと言いますと…

【ゴエーン! ナシよ♪】

そう。前の日記で私がさんざんコダワってた「ゴエ~ン!」が、何故かこのバージョンでは3箇所全部、綺麗サッパリ無くなっておるのですわい。 タイトルが出るシーンでは、US版と同じにぶぉうん、ひゃあああぁ… というタメの部分は有るものの、肝心の「ゴエ~ン!」が削除され、「DAWN of the DEAD」のタイトルは無音でヒッソリと申し訳なさそうに出るのみ。US版で育った世代は、ここで「あらら?」と膝をカックンされた気分になります。

さらに続くTV局のシーンでも、例のテーマ曲は「へよぉん…」とか「ほやぁん…」みたいな不気味な効果音だけ残してバッサリ削られ、何だか妙にピリピリとシリアスな雰囲気に変わってます。

版権の関係でゴブリンの一部の楽曲が使えなかったのか、単にロメロが嫌っていたのか分かりませんが、何だかハリソンのボソボソ声のナレーションが消えた『ブレラン最終版』のようで、妙にスカスカした間の悪さを感じてしまったのは事実です。

その他、モール到着時やスティーヴン・ゾンビ登場!といった重大な「ゴエ~ンポイント」も、何故か親のカタキのように徹底的に削除。 ここまで来ると、意図的なのは明白ですなぁ。版権関係だったら仕方ないけど、もしロメロが嫌ってたのなら、何とも寂しい話ではあります。

ちなみに、このシーンでの追加ショットはフォスター博士の演説がチョコっとぐらい。 細かいシーンの追加数で言えば、DA版の方がはるかに多かったりします。

【ヘリポートでのトラブル】

そこそこ『ゾンビ』を見込んでらっしゃる方なら、一発で増えてると分かるのが、このシーンですな。
スティーヴンとフランが出発の準備を進めている所に、ローズ大佐ことジョー・ピレートー率いるニセ警官たちが現れ、何やら色々とカラんで来る場面でございます。
画像に挙げた、ライトを浴びてフランが驚いてるショットを初めて観た時には、「おぉ!増えてる増えてる! 初めて見る表情だー!」と、メチャクチャに興奮したものです。

ただ… 皆さんも薄々感づいてはいらっしゃると思うけど、このシーンって何とも中途半端ですよね?
混乱の中でドサクサまぎれに暴徒化した連中なのは明らかですが、特に暴力をふるうワケでもなく、スティーヴンに「TV局員だからって威張ってんじゃねぇぞハゲ」とか何とか イヤミを言うぐらい。ヘリを奪おうとする兆候も見えますが、「やっぱ船の方が良くね?」とか仲間うちでモメたりしてるし。

ゴチャゴチャやってる所に ピー&ロジャがパトカーで到着。
ロジャーが余裕の表情で「ここで撃ち合うのも馬鹿らしいぜ」とイナすと、ローズ大佐も「いやはや全く。 じゃ、そゆことで…」と答えて、スタコラと退散してしまうのです。挙げ句にロジャーから「気ぃ付けてな~♪」と激励までされる始末。とんだ小悪党ですな。ローズ大佐も、この頃は物分りが良かったんですねえ…。

まぁ、正直いって有っても無くてもいいようなシーンではありますが、フと興味深い点も見えて来ます。

『ランド・オブ・ザ・デッド』の終盤近く。チョロの率いる反乱傭兵がジャックしたデッド・レコニング号をライリーが奪還するシーン。
ちょっとした小競り合いこそ有ったものの、チョロってば物凄くアッサリと、レコ号を明け渡しちゃうんですよね。ほんで代わりにライリーが乗ってたジープを貰って、「お互いに頑張ろうなっ!」なんて爽やかに お別れしちゃってます。「ブルジョア許すまじ! みんな爆破してやる!ですとろおぉい!」とか、えらく気合い入れて反乱起こしたワリには、何とも腰くだけ。

そう。ロメロって、フツーの監督なら舌なめずりしてネッチリと描くような美味しい場面を、割とサランと流しちゃう人なんですよね。
私はこのテの脅迫サスペンスをあんまり引っ張られるとイライラするほうなので、むしろサッパリした後味で大歓迎でしたが。『ランド』は「薄味だ」とか「ロメロもパワーが落ちた」などと散々な言われようだったけど、ロメ爺って数十年前の代表作の時からずっとこうなんですよ。(笑)

【謎の微笑みの氷解】


DC版での追加ショットのお陰で、US版では ちょっとだけ謎に感じて引っ掛かっていた幾つかのシーンに、明確な回答が出されております。

● SWAT突撃直前。 ハンドマイクを持った警部さん(?)がアパート内のマルティネス一味に向かって呼びかける決まり文句を、ロジャーが先回りして 呟いてみせるショットが追加されております。(ちなみにDA版にもアリ) 一通り喋った後で、背後に居る新人SWATのロイド・タッカーに向かって「ほらな、同じだろ?」とロジャーが微笑みかけるシーンからUS版は始まるので、「ん?ん? 何が『ほらな』?」と、当時は不思議に思ってました。

● 例のニセ警官騒動の最中に、ピー&ロジャが駆け付けるシーン。US版では騒動の顛末がまるまるカットされており、ニセ警官たちを不敵に威嚇してみせる、ピー&ロジャの勝ち誇った微笑みだけが、名残りのように残っておるのです。これまた「何やよぅ分からんけど2人とも えらい機嫌いいなぁ」と、当時からちょっとだけ引っ掛かっておりました。DC版を観て、ようやくサッパリ納得。

● ヘリコに乗り込んだ4人が、それぞれに何となく会話を交わすくだり。 フランに兄弟のことを聞かれたピーターが、「1人は野球選手、1人はムショ入り。 …時々は会ったりもしてたさ」と答え、軽く微笑んでみせるシーン。 US版では、この軽い微笑みからいきなり始まるので、「何やよぅ分からんけど、愛想いいなぁピーターはん…」と、ちょっとだけ気になってました。

US版が現在の127分に仕上がるまでには、かなりギリギリまで編集で切り詰めていたようなので、これらのカットは、その強引な編集の名残りなのでしょう。 ちょっとした引っ掛かりですが、US版のビミョーなアラとなっていたシーンの謎は、DC/DA版の登場でようやく氷解したのでありました。

【煮詰まり描写の追加】

スティーヴンとフランが物置部屋に寝そべって、痴話ゲンカめいた話をしてるシーンとかも、やや長くなっております。正直ウットウしいシーンなので、さらに追加されると結構ダレてしまうのは否めません。しかし、モールに永住しようと言い出すスティーヴンに対して「カナダに逃げるって言ったじゃない!」と食い下がるフランの台詞も有り、なかなかに見逃せないのです。
これまた『ランド』に繋がる興味深いシーンであり、このバージョンを編集するとき、ロメロの頭には既に『ランド』の構想は完成してたのでは? と、強引な勘ぐりもしたくなろうってもんです。(なりませんか?そうですか♪)

あと、モールライフの終盤に、スケッチシーンが追加されてるのも大きな特徴ですね。 ただ、あの明るいメドレー曲に乗せて 底抜けに楽しく描かれていた前半のスケッチと違い、贅沢な暮らしに気だる飽食してゆく様子が強調されてるのがポイント。
不意にフランの写真を撮って得意げなスティーヴンに対し、彼女が「誰が現像するの?」とヤリ返す名場面も、このバージョンのみ。ロメロの描きたいテーマを補強する意味でも、大変に意義のある追加ショットだと思います。

【で、ゴアシーンは増えたのですかい?】

DC版の公開前に、雑誌などでよく見掛けたのがこの2枚の画像。
「うっわー! なんか凄いシーンが増えてそう!」と、スキモノの方々はワクワクされた事でしょう。
実際に本編を観てみると、例の死体置場のシーン、ザラトゾムがゾンビを痛めつけるシーン、ゾンビが連中を食い散らすシーンなどが結構増えており、しかも強烈なショットばかりだったので、「なるほど完全版はスゲーぜ!」と大いに満足しました。

ところが…。 確かにUS版世代の私にとっては初めて見るショットばかりで衝撃的でしたが、同時発売されたDA版と見比べると、何と、上に挙げた画像も含むほとんどのシーンは、既にDA版にも含まれていたのが分かります。むしろ、DA版よりも少ないのです。
唯一増えてたのは、トラックに両手を轢かれたゾンビが、そのままブチブチブチと自分の手を引きちぎる壮絶なショットぐらい。私ら世代は、思わず『カランバ』を連想したりしますな。

多分、劇場公開版世代にとっては、それほどの有難味は無かったのではないでしょうか? いや、日本公開版はゴアシーンに独自のストップモーションが入ってたから、やっぱ有り難いか。

とにかく、ソッチ方面については DA版と ほとんど大差ない仕上がりではありました。 例の幻のラストシーン… ピーターは思い直すことなく自害して果て、フランは絶望して自らの頭をヘリコのローターで吹っ飛ばすシーンとかが追加されてたりしたらさぞかしセンセーションを巻き起こした事でしょう。
個人的には、そんな夢もチボーもないラストは嫌ですが…。

とまぁ こんな感じで、正直なところ、作品の印象がデングリ返るほどの重要な未公開シーンは殆ど無く、ファンの間でも「ただダラダラと長くなっただけ」という感じで、それほど高い評価を得ているとは言い兼ねるのが、このDC版であります。

そもそもロメロ本人にしてからが、「あのバージョンはイベントのために趣味半分で作ったもの。自分にとってのディレクターズ・カットはUS版だ」と明言しておられるアリサマで、誠にもって不憫なバージョンなのですよ、このDC版は…。

だからと言って、このバージョンが意味のない物とは、私は決して思いませぬ。 あの4人の、それまで知らなかった ちょっとした表情を垣間見られるだけでも、ファンにとってはかけがえのない宝物ですよね。 1分1秒でも長く『ゾンビ』の世界に浸れるならば、
正直、しょうもない捨てカットだって、いっくらでも追加して欲しいです。

皆さんも、自分のよっぽど好きな作品だと、よく夢想しませんか?NGカットや不要なカット、テイク違いも含めた、撮影された全てのカットを、まるごと全部観てみたいって…。
「ゾンビ究極完全版/15枚組・全3625分 ¥49800 」などという百科事典みたいなDVDが出たら、そんなもん余裕で買いますよあたしゃ。 どんな映画でも完全版を出せばいいって
モンでも有りませんが、こと『ゾンビ』に関しては、有る素材は洗いざらい見せやがれ! と、切実に思っております。
せめて、ファンの間で永年に渡って存在を囁かれ続けている『ゾンビ:3時間ラフカット版』なるバージョン、生きてる内に是非とも拝んでみたいモンですなぁ。

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