月光値巧克力 Get Out And Get Under The Moon
「黄金と殺戮って?」
「簡単に言うとだね、メソアメリカ中の人をころしにころして
空いた土地にタダ同然のアフリカ人どれいを
収容して、こきつかって砂糖を作って砂糖のねだんを下げた
んだね
」
「フム、では黄金は?」
「メソアメリカをほろぼしたときに手に入れた黄金と、
生き残ったアメリカ人をこき使って銀を掘って
その金銀財宝がいっぺんにヨーロッパに流れ込んだ
のだ
その財宝の量が、分かっているだけで黄金200トンと、銀が2万トン、
しかし一説によればこれの二倍が、
スペイン人がメソアメリカを滅ぼした百年のうちで流れ込んだという。」
どっと
「それっていくらぐらいなの」
「少なく見積もって二兆円ぐらいかな、倍なら四兆円だな」
「スゲー」
「うん、年に百億ぐらいか、この金がタダ同然で手に入ったりするのは、
だれの家計にもインパクトのあることだね
この金で奴隷を勝ったり、奴隷を買うためのものを作ったりした
んだ。ころしにころしてきんぴんまきあげてるんだから、石を黄金に
かえる錬金術
とはまさにこのこと
この大量の金銀が流れ込んだのが、近代世界の呼び水のひとすじに
なったといってもさしつかえない。
あらゆる不毛は
この大量の
黄金から始まった。
奴隷貿易もそうだし、大量消費もそう。
例えばぼくの目の前にあるこの紅茶、
(ママにはコーヒーを!)
これもアメリカの砂糖と、アフリカの奴隷の恩恵なんだ
紅茶やコーヒーってなんか
一件
お洒落な感じがするだろう
」
「あたしは紅茶はにがいくてきらいだけど、まあ砂糖をいれればなんとか
確かに、
しゃれている
といういけんに反対はないよ」
「食後の砂糖。
こういう優雅さは
16世紀初頭においては
貴族だけのものだった。
砂糖はなにしろ、ヨーロッパではとれない
貴重品だったからね
これが百年ほどで
がらっとかわっちゃう
大量の金が流れ込んだヨーロッパはひきつけを
起こしながら
貧富の差を増大させつつ
物価をあげ、総量としては
生産性をあげていった
最初の一撃が
あまりに革命的だったので
これを価格革命(price revolution)という
それまでほとんど上昇しなかった
物価は
短期間で一気に
五倍にはねあがる
上野広小路の
SteakDining鷹のステーキ丼
千円が
一気に五千円だ
たまったもんじゃない!
この”革命”の主要な下手人が
メソアメリカからの濡れ手に粟の
金銀財宝だと言われている
「悪貨は良貨を駆逐する」というのは
偽金のこともあったけど、主要には
メソアメリカから流れてくる
血に染まった金のことだったんだよ
実際この血塗られた金で
不幸になった人も多かった
白い砂糖とひきかえにね」
「価格革命の起こった後で
は、砂糖は
庶民のぜいたく(fixes)、
庶民のぜいたくから
ちょっとのぜいたく
ちょっとのぜいたくから
生活用品に限りなく近いもの(staple)
へと、まるで
虫歯でもひろがるように
変貌をとげていった。
黄金が、
たましいを酸化させていったのだ。
黄金によって
われわれのたましいは
変貌をとげていく
錬金術は
にんげんの
心にすくう
やみをてらす
人間の魂はこの三百年ほどで、急激に
かたちをかえはじめた
これと比例するように、
砂糖のねだんはどんどんさがり
ついに高級だった紅茶は、
労働者がまずい飯を胃に流し込む
ための、甘いお湯となった。」
貧しい人々は 温かい茶をのむことで
何かこころがあたたまるような
錯覚を抱くことができたのだ
本当は
グラス一杯の冷た
いビールのほうが、
はるかに栄養のある飲み物だったのだ
が*1
茶とはここでは
栄養ではなく
何か祈りに通じる
慣習(Custom)なのだ
茶を一度憶えた者は
どんなに貧しい状態で
飢えていても
つい
お茶を買ってしまうのだ
人間としての
最低条件に
お茶が含まれたのだ
価格
革命の
あと
「パンだけの冷たい食事も、紅茶さえあればすこしリッチな
「あったかいメシ」になる
人はパンだけのために生きているのではない
というのは
だから真理だね
これらのことは、イギリスでの
紅茶の習慣の例が顕著だが
この時代、
コーヒーも、チョコレートもまったく同じみちすじを
たどっている。ホットな砂糖。
帝国中の
平民にまでわたる甘くてあたたかい何か
これは、
もとをたどれば
アメリカから流れた金銀と、ころされた古代アメリカ人たちの
恩恵なんだよ
」
長女は、右手を
はんぶん
あげた
「しかし、なんだってスペイン人は
そんなに
大量のころしをしたの?
金品を
奴らからねこそぎ
りゃくだつしたかったから?
」
ともだちは、まゆをしかめて、くちにくうきをためて
ボールペンをほっぺににどあてて
くうきをいっぺんにはきだした
「ムーン、この事は
誰にも口外しないと
約束するかい?秘密にする?」
「いいよ」
「君の大事な恋人にも?」
「どうせそんな話にキョウミなんかないよ!」
「ウン、
ただ、金が欲しいだけなら
あいてのきんたまを
ぬきとるようなところまで
する必要は無いんだ
この惨殺に関与したのは、
神だ」
「神って
あの神社の?」
「いや、教会の
ほうの
ゴッド、カソリックの神だよ」
「カソリックってなんだ?」
「ウム、ぼくがこれから話す事は、バレンタインの誕生にもかかわることだから
次女もつれておいで」
「もうひるねしてるよ」
「じゃあおこして来て」
「わかった、わかったが、
しかし」
この世の中に
昼寝の邪魔をしてよいほどに
大事な話など
そうそうあるわけではない
ともかく
ともだちは
長女をつかって次女をおこし
次女は長女をつかってそれをこばみ
いくらか三人の間で攻防がつづくが
最終的にともだちは
ホワイトボードをつかって
事のあらましを
こと細かに話し始めた
「と、こういうわけなのだ」
とともだちはむすんだ。
「へっ!」
次女は、まるで悲惨な、むしでもわいたような
まゆげのかたちをのこしながら
「それが、どうしたの?」
と答えた。
次女はふまんだった。起こされたのもふまんなら
話のすじみちもおかしい、とかんじていたのだった。
次女はまず姉にみみうちをして
姉はうでをくんでそれに
こたえた
とうぜんに、それをみていた
ともだちはともだちで、めんくらっていた。
「ウム、
だからそ
の、チョコレートはこのような多大なギセイのもとにだね」
「まンなイ」
「なんだって?」
「つまんないっていったんだよ」
ともだちのかおは、いつもよりつちけがまして、
なんどかまばたきをして、フウフウいいながら
けんめいにはなしをしはじめる
「つまんないってったってね、つまんないったってね
フウ、それが
真実(しんじつ)、というものは面白
いだとか
つまらないだとか、そういう、なまやさしい(生易しい)もんじ
ゃないんだよチョ
コレートでもなんで
もだ
次女。
ぼくたちは
その事実に少し
でもち
かづいてだね、これが
真実か
というぎ
りぎりのセン
でもって」
長女がアーといいながら
それを制し
た、
「アー、ダー
次女のいうとおりだ。
確かに
あんたの話は
そこはかとなくだが
つまらない
まずまわりくどいし
そんなもってまわった言い方しても
誰も聞かない
でもって
あんた
それで十分じゃないか」
ウム、
確かに
「しかし、しかし。。。」
ともだちも、そうかんたんにひきさがることはすまい。
ともだちが 話したのは
だいたいこんな話だ
つづく
*1 平凡社シドニーWミンツ「甘さと権力」P226に原案