パワースラム

 だれでも喧嘩のひとつやふたつ、いや、夫婦ともなると、意見の不一致を認め合い受け入れあう余裕などない状況下では喧嘩状態に陥ることもあり、家庭によってはしょっちゅう、などということもあるだろう。ここで述べたいのは、そんな家庭内のくたびれ話なんかではない。また、幼い兄弟姉妹が上手に譲り合えずやんやん繰り広げる微笑ましいが真剣な衝突でもない。ストリートファイトのことだ。赤の他人同士が、それが親友であっても、ベアナックルで殴り合ったり掴み合ったりして勝敗を決するあの野蛮な行動のことだ。

 俺が生まれ育った地域は、少なくとも中学生あたりの年齢層にとってはやや激しい雰囲気が漂う地域であったので、精神年齢が低いと言われればそれまでだが、そこにはそこなりの磁場みたいなものもあり、掴み合ったり殴る蹴るで相手をねじ伏せてやり過ごさないといけない、なんてこともないんだが、そういうのを避け難いムードってのが発生することもあるわけだ。幼稚で暴力的な見栄に過ぎないのかもしれないが。女子生徒同士の間でもごくたまにそういうことがあったし、なんなら、強い女子に顔面ハイキックをいただき、泣いちゃう男子もいた。そう。喧嘩って、なんか情けないんだ。漫画みたいにK.O.なんてならず、グダグダやって、綺麗にパンチも決まらないし、頭突きを狙ったのか偶然かわからないが、頭が顎に当たったりして、「痛ってー(涙目)!」みたいになり、戦意喪失したら終わり。揉めてた原因もなんかどうでもよくなり、しかし、「わかったか!」とかしまらない捨て台詞を発して、なんか終わる。学校同士の喧嘩ってのにも、恥ずかしながら、2回ほど参加したことがあるが、全然テンション上がらず、きっかけになった2、3名ずつだけが熱くなってて、あれは、なんだったんだ。まあ、青春以前くらいの経験としては、しなくてもいいけど、してると同窓会とかでは楽しめる話題のひとつにはなる。

 本題は、そんな恥ずかしいほとばしりではなく、もっと小さい時の、忘れ難い、闘いの記憶を記したかったんだった。小学1年生の時、近所だが小学校は違う隣町の幼馴染と公園で遊んでいた。途中から、その後なぜかたびたび闘うことになる男、同じく小学1年生とそいつの4つ年上の兄貴がやってきた。砂場で使うシャベルがきっかけだったと思うが、そいつと取り合いみたいになった。よくあることだろう。今のように、子供の公園遊びに親同伴なんて時代ではなかったので、当然そんないざこざは子供だけでなんとかしなければいけなかった。その時は、そいつの兄貴がしゃしゃり出てきて、俺の頭を押さえつけてきた。「うをー!」とは言ってなかったと思うが、頭を押さえられてるのが嫌でたまらず腰のあたりに体当たりしに行ったら、「バチっ!グイっ!ダスンっ!」とあっという間に、砂場にパワースラムでねじ伏せられた(パワースラムってのは、相手の肩あたりと股のらへんに腕をかけて持ち上げ、マットに相手を抱えたまま倒れ込むプロレス技だ)。それでおしまい。頭に砂をかけられて終了。なんだか悔しかったが、そいつ、兄貴には歯が立たないので、にいつかパワースラムかけてやるという目標が、できた。

 結局、そいつとはその冬、公園の浅い池で再び対峙し、なんか忘れたが、言い合いになり、ああ、捕まえたフナをどうするかで揉めたんだった。で、水深10cmくらいの池にパワースラムをきめて2人ともずぶ濡れで帰った。その夕方、そいつの家に母さんと謝りに行ったのを今でも覚えている。その後も何度かそいつとは喧嘩をして、小学4年の時に、「もう、やめよーや。仲良くしよ。」と、どちらからともなく停戦交渉が起こり、仲良くはならなかったが、公園なんかで遊ぶようにはなった。

 中学校にあがると、そいつも同じ中学校になり、プロレスごっこ(激しめのやつ)を楽しむ仲になった。あいつがラリアットをしかけ、どちらかがドロップキック。そして、パワースラムを俺がかけて終わるか、やつがそこから身を翻してキャメルクラッチで俺の負けというように。ん?仲良いよな。まあ、たしかに、同じ塾で前後に座ってたし、今でも連絡とるし。

 やつの兄貴は寿司職人になっており、俺が行くと(3000円分しか食べないが)、パワースラムと呼ぶ「焼き穴子二重乗せワサビ多め」を握ってくれる。当然、それはおごりで、泣きながら食べる。

 

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