ギターの響きの力学:弾弦のメカニズム

文中に、時々専門用語がでてきますが、それは本質ではありませんので、そこは読み飛ばしてください。また、かような長文を沢山の方に読んで頂きましたこと、心から感謝申し上げます。

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弦をプランティングして弾くと、綺麗な音がします。また、アポヤンドするとしっかりした音色がします。一体なぜなのでしょうか。しかし、ギターの音が出るメカニズムについて、力学的に記述したものは従来殆ど見当たらないようです。弦の振動問題を詳細に分析しようとしますと、実はとっても難しいんです。でも、その仕組みでしたら、難解な物理や数学を用いなくても理解することが出来ます。音がでる仕組みを理解しても、自分の音がすぐに変わるわけではありません。でも、全体像を理解していると、きっと自分の音の改善の方向性が見えてくるはずです。
 
以下の説明は長いので、冒頭にポイントをまとめます。あくまで力学の話なので、音楽的なものではありません。実際とはピントがずれているかもしれません。その点はご容赦ください。土曜日の朝のTV番組がありますが、いわばクラシックギターのための「グータッチ」のつもりです。なお、難しい式は記載せず、言葉のみで解説します。自分好みの音を出すための方向性や可能性を示したものであり、参考程度のものと思います。それを実施するにはいろんな方法があるわけでし、弾き手によって音色や響き好みがわかれます。いろんな方法があってよいものであり、良い音色を出すには?ということを斟酌しても無駄かな?と思います。
 
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(1) 弦に対して斜め方向に指を動かします。音量を可変できますし、音色の表現の幅が増す効果が期待できます。
(2) プランティングする際の指の押し込み量、および、弦方向への引張量で音量が決まります。
(3) ギターの音は、弦を弾いたり、弦に変位を与えることで発生するものではありません。プランティング後のリリースを瞬間的に行うことで、ギターの音が発生します。
(4) どれだけ高速にリリースするかで、響きに含まれる倍音成分の量が変わってきます。ギターの響きの豊かさは、プランティング後のリリースする速度で決まります。
(5) プランティング後のリリース時は、1点であたるようにします。ダブルハンマリングは厳禁です。
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『アポヤンドとは?』
 
アポヤンドで弦を弾くと、綺麗な響きで大きな音が出ます。その際、弦をつかんで引っ張ることで、弦の全長にわたり大量の「ひずみエネルギー」を弦内部に蓄えます。「ひずみエネルギー」という言葉は聞き慣れないかもしれませんね。ばねを引張ると、引張るときの力がばねの中に保存されます。このばね中に蓄えられるエネルギーのことを「ひずみエネルギー」と呼んでいます。
 
弦をリリースする際に、瞬間的にそのひずみエネルギーが解放されます。大量のひずみエネルギーが運動エネルギーに変換されることで、弦の振動が始まり、音を発生します。
 
アポヤンドは、弦に変位を与えているのではありません。表現が難しくてすみませんが、力学的な解釈では「瞬間的に大量のひずみエネルギーを解放することにより、弦に対して鋭い尖りのインパルス波形(数学的な用語ではディラックのデルタ関数)を与える」という意味があります。インパルス波形とは、急激に尖ったたった1個の山形の波のことです。
 
言い換えますと「大量のひずみエネルギーでギターの弦を瞬間的に叩いている」といって良いと思います。弦を叩くことではピアノと同じです。ピアノは内部に取付けられたハンマーで弦を叩きますが、クラシックギターの場合は弦に蓄えられたひずみエネルギーでもって「尖ったインパルス波形」を作り、それで弦を叩きます。しかも、弦を叩く向きは、弦に直角方向ではなく、弦の長手方向です。この最重要のしくみが、我々の通常の認識と全く異なっていますので、これまでどなたも正しいメカニズムを解説できなかったのだろうと思われます。
 
ナイロン弦は柔らかいので通常は叩くことができません。そのため、しっかり叩くために、弦には張力を掛けてピンと張った状態にしてあるわけです。ギターの音は、弦に直角方向に変位を与えたり、はたまた、弦を指で弾いているのではありません。
 
非常に短いインパルス波形は、それを周波数成分に分けますと、実は低周波域から、耳では聞こえない超高周波域までの、広帯域の振動成分からなります。つまり、弦に対してインパルス波形を与えることにより、低周波域から高い周波域までの多様な倍音成分を発生させることができます。この多くの倍音成分を含むことが、豊かな音色につながります。
 
『弦のリリースの仕方が音色を決める。』
 
ここで重要な話があります。音色のポイントは、いかに上手に弦を弾くかではなく、「どれだけ短時間で、その大量のひずみエネルギーを解放するか」に依存します。
 
弦に蓄えたひずみエネルギーをゆっくり開放すると、弦に加わるインパルス波形の尖りが緩くなります。インパルス波形の尖りが緩くなると、その波形には低い周波数成分だけしか含まれません。つまり「なまくら」な音で、響きがぼんやりする。
 
一方、弦に蓄えたひずみエネルギーを瞬間的に開放すると、弦に加わるインパルス波形の尖りが鋭くなります。インパルス波形の尖りが鋭くなると、その波形には低い周波数成分から、高い周波数成分までの、非常に広帯域の周波数成分を含みます。その結果、広帯域の倍音成分、つまり豊かな響きを発生することができます。
 
この原理は、ピアノを演奏するときの、叩くスピードとその響きの関係と同じです。ピアノの鍵盤をゆっくりたたくと柔らかい音になり、鋭く叩いて短時間で除荷すると、鋭くて綺麗な響きになります。プロのピアニストさんもギタリストさんも「脱力」の話をされます。我々アマチュアが「脱力」と聞いても、何をどうすれば良いか全くわかりません。ピアノの場合も、ギターの場合も、おろらく弦を瞬間的に叩いたあと、非常に短時間で除荷することで大きな音量と綺麗な響きが得られます。つまり、脱力するのは叩く際ではない。弾いた直後にどれだけ短時間で「脱力」できるかが、響きの要になることを「脱力」と呼んでいるのだろうと思われます。
 
弦をしっかりプランティングして、そのことにより、弦に大量のひずみエネルギーを充電します。そのあと弦を弾く際に、瞬間的に大量のひずみエネルギー開放する。決してゆっくり弾いてはいけません。弦のリリースをいかに短時間で行うかが音色を決めるといっても過言ではありません。
 
つまり、ゆっくりリリースすればいわば柔らかい音となり、逆に短時間でリリースすれば良く響いたクリアな音となります。指で弾く位置をブリッジ側に寄せたり、あるいは、サウンドホール側に寄せることで、音色をかえます。実はそんなことをする必要はありません。同じ位置で同じ指の動きで演奏しても、リリースの速度を変えることで容易に音色を変えることができます。
  
さらに、ここでもう1つだけ重要なことがあります。リリースの最後については、必ず1点で弦に接する必要があるということです。2点以上が同時にあたると「ダブルハンマリング」と申しまして、乱れたノイズ音を発生してしまうからです。ギタリストさんは爪を磨くと思いますが、力学の観点からは1点で当たるように磨くことが重要です。その際、爪は表側を磨いても全く意味がありません。磨くべきは爪の背面です。しかも鏡面仕上げであり、1つの綺麗な平面を成形する必要があります。たとえば、定規を爪の背面にあてた場合に、ぴったり隙間なく、くっつくようにします。爪の裏面はピカピカに光っているように磨き上げます。さらに、指をかざした場合、爪先の先端の形状は、指先の形に添って、滑らかな曲線になる。直線や四角は、ダブルハンマリングになるので、不適と思われます。
 
『弦の長手方向の指の動き』
 
ギターの弦の振動は、時間とともに振幅が小さくなる、いわゆる「減衰振動」です。弦を弾くときに、最初の時点で、どれだけ大量のひずみエネルギーを弦内に充電できるかで、音量が決まります。弦に対して斜めに指を動かすと大きな音がしますので、多くの方が経験的に指を斜めに動かして、弾いています。指を斜めに動かす動きは、弦に直角方向の動きと、弦の長手方向の動きの2つに分解されます。
 
弦に直角方向の動きのひずみエネルギー量は、弦の振れ幅で決まり、そんなに大きくはありません。前回大雑把な試算をしましたが、ざっと1J(ジュール)程度と想定されます。弦に与えうるエネルギー量に上限があるわけです。つまり、弦に直角方向の動きでどんなに強く弾いても、音量は大きくなりません。弦に直角方向の動きによるアルアイレ奏法でのエネルギー量はこのレベルです。
 
一方、弦の長手方向の指の動きについて考えてみます。弦をしっかりプランティングして弦を斜めに弾きますと、弦の長手方向の指の動きにより、弦方向に引っ張ることができます。その際、これまた大雑把な試算ですが、例えば1mm弦を引張ることができれば、弦に対してひずみエネルギーを10Jも蓄えることができます。1㎜引っ張れば、アルアイレで弾く場合の10倍のエネルギーを弦に蓄えることができる。
 
弦の表面はつるつるなので引張る動きは現実的には難しいかもしてません。そのかわり、プランティング時に例えば1~2cm指を押し込めば、通常のアルアイレで弾く場合の100倍ものエネルギーを弦に蓄えることができます。つまり弦の長手方向の動きや、プランティング時に指を押し込む動きは、弦に対して音量のもととなるエネルギーを蓄えているという意味を持ちます。プランティングする意味は、弦をしっかりつかんで、ひずみエネルギーを弦に充電しているということです。
 
また、弦の長手方向の動きは、弦方向の高周波の振動も同時に多数発生しますので、弦の振動で再現される倍音成分の種類が大幅に増えることが想定されます。ただし、弦の振動で再現される倍音成分の種類が大幅に増えることが、即良い音になるとは言えません。最近ギター雑誌で扱っているように、音色の良し悪しを周波数分析しても、あまり意味はないと考えます。それは、演奏者や聞き手によって好みがあるから、一般的な話をしてもあまり意味はありません。むしろ、弦の振動で再現できる倍音成分の種類が増えることについては、自分の好みの音色を意のままに出すことが容易になると考えるべきでしょう。響きに関する演奏の幅が広がる効果が期待されます。
 
『弦に直角方向の指の動き』
 
話が最初に戻りますが、「では弦に直角方向の動きは何なのか?」ひずみエネルギー自体小さいわけですし、弦に直角方向の動き不要なのか?と思われるかもしれません。前回「弦の振動の基本は弦の伸縮振動である」とのことを書きました。しかし、音の本質につきましては、我々の一般的な認識と一致しており、音はやっぱり弦に直角方向の動きによります。弦を弾く際、弦に直角方向の指の動きは、弦に蓄えたひずみエネルギーをどのように使うかの方向性を決める。つまり、弦に初速を与えて、弦の基本的な振動特性、音程と音の性質を決める「スターター」としての重要な役目を果たすといえそうです。
 

『アポヤンドとプランティングの関係』
 
アポヤンドは、エネルギー効率上も音色の上でも効果的です。しかし、通常の弦をひぱってアポヤンドしますと、どうしても演奏のタイミングが遅れます。アポヤンドは上述のように、音量のもととなるひずみエネルギーを弦の全長にわたり充電するという意味があります。ひずみエネルギーを充電するだけでしたら、これはわざわざアポヤンドしなくても、弦を弾く際に、プランティングすることで代用することが可能です。
 
いま、深くプランティングすることでアルアイレすると、アポヤンドと同じ効果が得られると解説しました。しかし、深くプランティングして、さらにアポヤンドすると、やはり音色が違います。輪郭がしっかりした響きを出すことが出来ます。つまり、通常はしっかりプランティングして、アルアイレで弾く。そして「ここぞ」というところでのみ、隣の弦でとなるアポヤンドを使うという利用法になるでしょう。
 
 
『まとめ』
 
以上のことをまとめますと次のようになります。なお、かようなことを書きますと、どうしてなのかわかりませんが、本気で怒って食って掛かる方がいらっしゃいます。決して、こうすべきと布教しているものではありませんので、ご容赦下さいね。さらに、仕組みが分かったからと言いましても、実際にどうするかは非常に難しいところがあります。きっと、熟練の卓越した技の意味がそこにあるものと思います。次回は「響きとは何か?」について考えようと思います。ただし、確約する訳ではなく、気が向いたら書くことにします。
 
(1) 弦に対して斜め方向に指を動かします。音量を可変できますし、音色の表現の幅が増す効果が期待できます。
(2) プランティングする際の指の押し込み量、および、弦方向への引張量で音量が決まります。
(3) ギターの音は、弦を弾いたり、弦に変位を与えることで発生するものではありません。プランティング後のリリースを瞬間的に行うことで、ギターの音が発生します。
(4) どれだけ高速にリリースするかで、響きに含まれる倍音成分の量が変わってきます。ギターの響きの豊かさは、プランティング後のリリースする速度で決まります。
(5) プランティング後のリリース時は、1点であたるようにします。ダブルハンマリングは厳禁です。