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この国の常識を疑ってみる散文

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物事の捉え方や、言葉の意味を自分なりに掘り下げてみると、自分の思い込みだったことだけでなく、多くのオトナが誤解していたり、歪んだ常識に無関心になっていることに気づく。
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#躍心JAPAN

生活者が未来の社会を創る

「業界の常識は世間の非常識」ということは多々ある。 しかし、それも長く続きすぎると、世間(つまり生活者)の感性が鈍り、非常識なことばかりが浸透してしまう社会になりかねない。 そのため、業界都合のレールに顧客を誘うのではなく、生活者のそれぞれに「主体性の解放」を促しながら、個々の暮らしに合せた価値ある衣食住の提案をしていく価値づくりであること…コレを、自分がお仕事を引き受ける上でのポリシーにしている。 なぜなら「オンリーワン」という概念は、個々の生活者が幸せに生き抜くために

仏教思考はロックだった!

紆余曲折しながらも自分を活かして生きる道を切り拓いていたら、いつの間にやら、自身の実践の積み重ねでは「仏教思考」に近いものになっていたことに気づかされた。 これまで、何一つ仏教を学んだことがないのに「自分が生まれてきた目的は何か」を追求していくと、自然とそうなったのかもしれない。 『ビジネスシーンを生き抜くための仏教思考~A Buddha’s Ideas』松波龍源著/株式会社イースト・プレス発行 ライティングをされた合楽 仁美さんに、このご本を紹介いただき、あらゆる思考が

One for All よりも One for the future

One for All , All for one これは、「全てがチームのために」という合言葉に置き換えられがちで、「個」の犠牲を美徳化してしまう同調圧力的な危険な言葉になりつつある。 「One for All」ばかりを虐げられ「All for one」の見返りなどほとんどない。そういう場面は、少年スポーツでも、職場でも蔓延している。 「個」が活きること。 自分を活かして生きる者こそが、「生活者」だ。 だから、ボクらはこう思うんだよね。 One for the f

醜いアヒルの子なんて言わなくてイイ

童話タイトル自体がまあまあ酷自分は持ち合わせていない異質なモノを、他の人にはあると初めて認識した時…抵抗なく受け入れていれば、その先も理性が働くようになる。 ところが、初めてそれを認識した時に、心身に何かしらの苦痛があると、その先には違和感というよりも、嫌悪感に近い苦痛なものが働いてしまう。 そして、その時の苦痛というのは、自発的な感覚のものよりも、周りの人達のエゴと先入観に染められてしまう影響が大きいこともある。 そう考えると… 童話の「醜いアヒルの子」というのは…

子供達の主体性を育む土壌を奪う大人達

「自主的」に動く大人。 「主体的」に動く大人。 「その言葉の違いなど、どうでもいい」と言われがちだが…この二つの言葉の違いは、どうでも良いことではない。 能動的姿勢としては似ているが、何に対しての動機付けなのかが全くが違うからだ。 もちろん、それも大切なことだ。 だから、全く否定はしない。 一方で… 「やってみるからこそ、その先のことは見えてくるものがあるし、やったことの先の意味は自分で見出す」という気構えでもある。 そのため、周りからの満足や賞賛を得たいのではなく、

「がんばる」を考える

日本で学術書の翻訳会社を経営をしているフランス人との対話で、とても盛り上がった話を綴っておくことにする。 「がんばる」という日本語は、フランス語でどういう表現で訳すとよいのかが、とても苦労しているという話だ。 人を励ますという意味合い以上に、彼が感じた「がんばる」という言葉に漂う「日本人独特の空気」には、大いに疑問を感じており、それはボクら日本人が忘れかけていた「ある事」に一石を投じてくれている気がするんだ。 ■頑張るって…ナニ?彼の仕事上、適切な訳し方が求められるため、