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10-FEET 『OVER COME』



〈タイトル〉

この曲のタイトル『OVER COME』とは「克服」を意味する。歌詞全体を通しても「人間の弱さややるせない気持ちに蝕まれる自分を愛して克服しよう」というのがテーマのように感じる。

〈ここ〉

「辛くなったらいつでもおいで
ダメになる前にここへおいで」

この歌詞でいう「ここ」は、
ライブハウス・母・この『OVER COME』という曲・10-FEET、全てが当てはまるように思う。
冒頭の歌詞に「母」とあるが、10-FEETそのものが母のような大きな包容力をもっていると私は思う。

〈言い切らないかっこよさ〉

「ぶっ壊してやりたいよ」
「願いたいよ 願ってたいよ」

これが「ぶっ壊す!」「願ってる!」じゃないのがすごく良い。10-FEETの想いをぶつけてくれているようでもあり、私たちの想いを代弁してくれているようにも感じられる。
この曲が、力強さと優しさと儚さをもつ理由はここにあると思う。

〈サビの対比〉

「不治の病」「殺し合い」

片方は人間が不可抗力で苦しめられるものであり、
片方は人間が意図的に互いを苦しめ合うもの。
どっちもをそれぞれにぶっ壊したいと叫ぶTAKUMAさんのやるせなさと怒りと悲しみは、繰り返されるほどに突き刺さって伝わる。

〈聴き手への寄り添い〉

「母ちゃんから生を受け」
「川のほとりで昔よく見た黄色い花を子どもが踏んでった」

この歌は人間の一番初めに焦点を当てた歌詞から始まる。そして一回目のサビが終わったあとには、大人になった視点での情景が描かれる。
どんな世代の人が聴いても、またどんな人が過去を振り返っても、その傷を癒して克服させるパワーを、この曲は持っているように思う。

〈TAKUMAさんは天才〉

「生きてることを「小さくて眩しいHAPPY!」と」

この「眩しい」って歌詞、天才だと思う。
「花や笑い声を美しいと思える幸せ」も、
「「世の中平等じゃない」と泣いてしまった毎日」も、
全部「眩しい」と思うことはできるから。

楽しい記憶も苦しい日々も、全て小さいと思えば、
眩しいと思えば、HAPPYと思えば、
生きていること自体を克服できる気がする。

〈TAKUMAさんの声〉

この歌全体を通して、TAKUMAさんの声は力強い。
特に最初のしゃがれ声はとっても私の好み。
色んな歌い方がつまったこの歌が大好き。

TAKUMAさんの声で「愛そう」と言われたら、
「こんな自分でもいっか」「なんとかなるか」と
純粋に前向きになれる。

そして最後の柔らかく儚いような歌い方は
傷ついてそれを克服した自分を慰めてくれるような、
でもTAKUMAさんの痛みややるせなさを感じるような
特別な魅力をもっている。
上手く言葉にできない色んな想いを感じる。

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