日記:9月30日🍀随想、徒然草とともに❨5❩

  今朝の東京の空は、雲一つ見られない蒼一色にひろがっていて、空気も爽やかだ。
ちかごろ徒然草などにはまり出すと、空の景色を書きあらわすときでさえ、これでよかったかしら、もっと的確な表現を用いないと、兼好師匠に、いとあじけなし、などと言い捨てられそうな気がしてきて、筆ならぬキイボードを前に、考えあぐねたりしているのがわれながらおかしい。逆にいうと、兼好の文が、それほど簡潔ななかに、味わい深いニュアンスを感じさせる名文だということになるのかもしれない。
 さらに、もともと源氏物語だの、枕草紙などを、耽読して自家薬籠中のものにし、漢詩文、はては老壮の思想にも通暁した法師に比べ、そういうものに、ほとんど深くかかわってこなかった身の、及ぶべくもないのはわかっているはずだから、諦めるしかないなだが。
  不思議なことに、こうして、たまたま、やや深く読みこんでみると、同じ日本人、時代を超えて、共感するところは意外に多いのである。しかも、この老師は自他ともに、偏屈で、頑くな、変わり者の世捨てびとと認めているらしいけれども、その実、感覚も、考え方も、まことに柔軟で、時代をはるかに超えた新
しさを持った自由人でもあることも、わかってきた。ただし、



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