徒然草とともに 4章 ⑨ 106段高野の証空上人

 105段、平安から鎌倉末期への時代の名残をとどめた、夢幻しのような名文スケッチを味わったあと、今度は、佛の道一筋の上人と、馬の口ひきを渡世とする男とが、出合いがしらのてアクシデントで、互いに噛み合わないやり取りをするコント、つづいては107段の宮廷貴族官僚たちと、それを取り巻く女官たちの振舞や、心の動きを、冷たい目で眺めている兼好法師の女性論、もとよりすべては、当時の矛盾と亀裂にみちた時代背景をぬきにしては語れないようなものなので、跳びこえて次の108段に進もうとも考えたが、107段の文中、”女の性はみなひがめり“などと、断言されると、やはり、それ、どういうこと?と聴き直したくなり、106段と107段も読み次いでいくことにした。
 さて、106段、高野山、金剛峯寺の証空上人のなんとなくほろにがい逸話。上人、京へ上ったとき、たまたま馬に乗った女と行き合った。だが、道が細くて相手の馬の口ひき男が手綱さばきを誤って上人の馬を堀に落としてしまった。かんかんに怒った上人、“これは稀有な狼藉かな”と厳しく咎め、「そもそもみ佛がさだめられた四階級の弟子とはだな、比丘(びく)よりは比丘尼は劣り、比丘尼より優婆塞(うばそく)は劣り、優婆塞より優婆夷(うばい)は劣る、と定まっておる。その劣れる優婆夷の身で比丘を堀に蹴落とすとは、聞いたこともない未曾有の悪行である」と論じられたところ、相手の男は、「何を言うてはるんやわかりません」と、キョトンとした返答、上人は、ますますいきり立って、「なにをいう、修行もせず、学もない男が」と荒々しい口調で罵った途端、とんだ暴言を吐いてしまったと、気がついて、いたたまれなくなり、馬ひきかえして逃げてしまわれた。というお話、
 そして、兼好法師の括りの言葉”尊とかりける諍いなるべし“訳文も、さぞかし尊い口論…となっているが、京住まいで、代々宮廷に馴染みもあり、学識豊かな遁世法師の洗練された目からみた、やや意地悪な笑いをふくんでいる、と見るべきか、と思う。


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