徒然草とともに 3章 (23)

  1.  毎日のように報じられる車の事故、見るたび聞くたびに胸が痛む。若者の暴走、高齢者の錯誤、居眠り、不注意などで、不幸は後を絶たないが、なかで許せないのは、飲酒運転かもしれない。しかし、お酒の魅力にかなうものはないのもまた真実。

  2.  ともあれ、千年も昔、馬の口取り従僕の飲酒がもたらした気の毒な椿事を描いている87段、事の次第を追ってみることに。

  3.  冒頭〃下部(しもべ)に酒飲ますることは、心すべきことなり”という差別的ないましめで始まる。

  4.  宇治に住む裕福なひと、京に住む妻の兄弟で、具覚房という派手好みの遁世僧と親しくつきあっていた。あるとき、かれを招待して迎えの馬を京へやったのがはじまり。 

  5.  京では、「遠い道のりだ。まずいっぱい飲ませてやれ」と気をきかせて酒を出した。ところが、この男酒好きだったと見え、「さし受けさし受けよよと飲みぬ」という次第、けれども、この男大刀をうち佩いた姿はみるからに頼もしげにみえたので、かれの口取りで迎えの馬に乗って京に向かった。木幡ま(こばた)まできたところ、鬱蒼と樹木が茂った暗い山道で、兵士を大勢伴った奈良・東大寺の荒法師と出会ってしまった。途端に、口取り男は、日暮れたる山中に怪しいぞ、と大刀を引き抜いたので、相手も大刀や弓矢で身かまえた、驚いた具覚房、手をすって、「正体なく酔った者でございます、曲げてお許しを」と平あやまりしたので、荒法師の一行は、めいめい嘲りながら行ってしまった、

  6. ところが、口取り男は、これを悔しがって具覚房に向かって「御坊はくち惜しきことし給いつるものかな」と叫び〃わたしは酔うてなんかいません、せっかく手柄をたてようとしたのに、抜いた大刀無駄にされ給うとは〃と怒って具覚房をめった斬りにして馬から落とし、「山賊がでた」と叫んだので、里人がおおぜい駆付けたところ「我こそは山賊よ」と言いながら走りかかり切り廻リ、大暴れしたのを大勢よって傷を負わせ、縛りあげた。馬は血を浴び、血まみれになって宇治の屋敷に駆け込んだので、驚き呆れて下僕達を大勢走らせたら、具覚房は梔子の茂る原(注によれば、これはある和歌を踏まえて口もきけない状態をかけていると)で倒れてうめいているのを探し出して担いで帰った。”からき命”をとりとめたものの、腰を切り折られて障害者になってしまった。という結末である。これも交通事故と言えないことはない、

  7. 元は善意の飲酒振る舞いがもたらした取り返しのつかない不幸には違いない




 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?