日記随想:徒然草とともに 2章 ⑲

 徒然草草紙読みながらの随想、ようやく26段まですすめてきたが、博覧強記、教養豊かな法師が、当時の習いとして随処に嵌めこむ古歌、中国古文献、仏経典などにある表現とか言い回しを調べ上げられた学者の綿密な注解をなんとか踏まえながら紹介しつつ、本文の流れるようなリズムと、折にふれて書き加えられる切ないまでの情感を、現代風に再現するという仕事は楽しいが、残念ながら非力の身では、到底十分とは言えないのはもちろん、時にはぶち壊してしまう、とつくづく痛感してきたけれども、やりかけた以上、たとえ不出来でもやるしかない

 第27段は文保2年2月(1318年)第95代花園天皇が譲位され、後醍醐天皇が即位、後宇陀院の院政が始まった年の宮廷の様子を描いた文である。
 やがては、こみいった事情になりゆく皇位の事情はさておき、この年、御国譲りの節会(せちえ=儀式)も無事終わり、皇位の印である3種の神器の引き渡しも済んだものの、元宮廷人だった法師にとっては、こうした新旧交代期は限りなく寂しいものだ と書き、なにかと事の多い気ぜわしさ故とはいえ、いまでは新しい院に参内するひともない。こんな時にこそ人の心が推しはかられる。と言い、花園天皇が退位して新しい院に移り住まれた春に詠まれた和歌を添えている。
   殿守のとものみやつこ よそにして 
       払わぬ庭に 花ぞちりしく 
 この文を前にして、当時の世情を考えるとき、政治世界を離れ、静かに世を眺めている遁世法師の感傷とは一概に云い捨てられない気がする。
 
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            




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