徒然草とともに 4章 ⑥

 夕月夜のおぼつかなきほどに、ある人、忍びて尋ねおわしたるに…
 この ある人は、この段では当然、身分高い貴人である。時は卯月、旧暦ではあるが、おそらく今時分ではなかろうか。場所は?京都、大原あたりだったかもしれない。
 ほぼ千年の昔、おそらくほとんど人目もなく、註によると、源氏物語の花散里のくだりに「人目なく荒れたる宿は橘の花こそ軒のつまとなりけれ」と詠われている箇所があるとか。さて宿の女あるじ、憚るところあり、つれづれ籠もっていたところへ、ひそかに、どうしているか、と尋ねていく貴人の一夜の描写“犬のことごとしく咎むれば”という表現も面白いが、これも、源氏物語、宇治の浮舟のもとをたずねる匂宮のくだりに「もの咎めする犬の声」という場面があるとか、犬というのは、今も昔もけたたましい奴らしい、と脱線しながら読みすすむ、と、下女がで出てきて”どちらさま?”ときく。かねてからの仲と知る由もない下女は、にわかに雇われた土地の者らしい。
 とやこうして、家のなかに
案内されるはこびとなるが、客人は都にいたころとは打って変わったあたりの心細いたたずまいに、どうやって暮らしているのやら、と心苦しい思いにとらわれて、粗末な板敷きにしばらく佇んでいると、落ち着いた若々しい声で「こなた」という声、
兼好法師の好みの女性、という感じがしみひろがる。
口数少なく、物静かで、気配り行き届き、戸締まり、駐車場、供人の休み場の指図、万事抜かりなく、建付けの悪い引き戸を開け中に入られた。
 こうして、和文特有の抑制のきいた、削ぎ落とされた文体で、話が運ばれてゆく、
 内のさまは、予想に反して”いたくすさまじからず、心にくく…、俄にしもあらぬ匂い、いとなつかしう住みなしたり”ここでまた、匂い、が、それも、客がきたから、俄に、というわけではなく 漂っている。匂いはこの当時とすれば、当然のたしなみ、といえようが、落ちぶれてなお、昔とおりの香りを漂わせ、調度類も、見苦しくなく、住みなしているのはさすが、と言えよう。



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