徒然草とともに 3章 28 93段続3

 さて「人、死を憎まば、生を愛すべし)」。いきなりいわれると、え、この方お坊さんじゃなくて、エピキュリアンなの?と早とちりしてしまいそうな大胆明快な発言である。続いて「存命の喜びを、日々楽しまざらんや=楽しまないでどうす」と。ただし、かれの言う、❝存命の喜び❞には、きびしい規範がある。
 つまり、愚か者はその楽しみを忘れ、わざわざ、ほかの楽しみを追い求めたりして、志を果たすこともできずにおわる。それに、生きている間に、生を楽しまないで、死に臨んで、死を恐れるなんて理屈に合わない。
 結局ひとが、生を楽しまないのは、死を恐れないからではなく、死が近いことを忘れているからだ。とまくしたて、もし生死の相にあずかりしらず、超越しているというならば、それは真理を悟っている、というべきだろう、としめくくり、聞いていた人々は、ますます嘲ったのであった。という結末になる。現代でも、わけのわからんことを言う人やなあ、とあざける人々はいると思われる話である。


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