日記.随想、9月28日徒然草とともに ❨3❩

 淡い藍一色の空を眺め、秋が戻つてきた、と、この年はことさら、その感が強い。
それにしても、長月もそろそろ終わりなのに、昼間はまだまだ蒸し暑く、近年、地球全般に、気象現象に変化がみられ、人間ばかりでなく、生物の世界にも、異変がいろいろ起きているようである。
 人間はなんとか調整がつくけれど、虫たちはどうなのだろう?この年も、8月のなかばまで、懸命に鳴きしきっていた油蝉の声が、ある朝、ばったり途絶え、みんみん蝉の声にかわったと思うと、マンションの通路に、油蝉のなきがらが、仰向けにころがっていたりするので、立ち止まってしばらく眺めることもあった。
 実家の庭に、一本の松の大木があって、毎夏お盆過ぎには、つくつく法師がきまってやって来て、鳴きはじめるので、小学生のころは、ああ、そろそろ夏休も終わった、宿題片付けなくちゃ、と思ったりした。なつかしい思い出だが、あの頃は、季節ごとに、必ず飛び交ったり、鳴き始める虫たちや、鳥の営みを、毎年ごく当たり前のように、受けとめていた。そして、いま、それらが、思い出すたびに、まるでひとこまの、おぼろな映像のように、胸にうかぶのである。
 いにしえ、京の兼好法師はどうだったろうか、もともと都びとなので、四季おりおりの、花鳥風月への気配りはみられるが、 虫たちにまで、目が届かないというより、テーマにするほどの関心がなかったかもしれない。
いずれにしても、その生涯については、詳しいことは何もわかっていない。鎌倉時代末期に生まれ、動乱の世に宮廷の下級廷臣として仕え、やがて出家遁世し、和漢の書をひもときながら「ひとり、燈(ともしび)のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とすぞこよなう慰むわざなる」(第13段)と書き、文選のさまざまな心にしみる書として白氏文集、老子、荘子、我が国の文章博士たちの書などをあげている。注解によれば、こうした記述は、枕草子などにも見られ、兼好もそれに触発されたのであろう、とか。続く14段では、当代の和歌に言い及びいささか批判的に、いまは技巧的で、うまくいいかなえているようにみえるけれども、ことばにふくみが乏しく余韻が感じられない。昔の歌は良かった、「やすくすなほにして、姿もきよげに、あわれも深く見ゆ」などと批判している。いつの世も、何処の國でも、こうした懐旧の

嘆きは、つきもののようで、わが法師にはかぎらないようではあるけれど。兼好もそれは自覚していて、「昔の人はただいかに言ひ捨てたることぐさも、皆いみじく聞こゆるにや」と書き添えている。

 
 

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