小説:セツの思い出;一章

 夜半目が覚めた。部屋のなかには、夏の熱気がこもっていて、からだがじっとり汗ばんでいる。セツが闇を見つめていると、遠い記憶が、もやもやと立ち昇ってくる。生まれた家のかたちが、眼の中に揺曳するのは、きまってこういうときである。あの家で、起こったことの、ひとこまひとこまが、きれぎれにうかび、心に灯りをともしたり、めっぽう暗くしたりする。出てくる人のほとんどは、すでに故人である。

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