日記:11月3日(文化の日:明治節)

 今日は文化の日。この日は私の記憶では、お天気があまり崩れたことがない。今日も、陽射しはあまり強くない秋晴れのいい天気だった。そして大田区民プラザで、バスとバリトンではオペラ界きっての名歌手池田直樹さんの歌唱と、前進座の歌舞伎名優高島屋(てしまや)嵐圭史さんとの共演の対話劇、真山青果作「玄朴と長英」を見ることができた。

 主催は太田文化の会だが、実際に主催するにあたって、コロナ禍などいろいろの障碍にぶつかり、立ち上がった〈「玄朴と長英」成功させる太田104人の会〉の方々の熱意にも支えられ実現した貴重な催しであるらしい。太田文化の会は、私のかねてから旧知の鶴岡征雄氏が事務局長で、日頃から運営に熱意を傾けていられる。104人の会にも知人がいて、早速申し込んだ。

 前もって荻窪に住んでいる従妹の藤澤立子ちゃんを誘ってあった。こちらも久しぶりの顔合わせで、ひるまえに蒲田で待ち合わせ、おそばで腹拵えをして、カフエで休んでから、会場に向かった。立子ちゃんは趣味の歌唱の勉強をずっと続けていて、最近は、めきめき力をつけているアマチュアソプラノ・アルト歌手なのである。

 聞きしにまさる素晴らしい歌唱と演技で、本ものの持つ底力の凄さを満喫した。池田直樹さんが歌う懐かしい日本の歌の数々も素晴らしかったが、劇では、かねて真山青果のドラマはセリフが長く、理屈っぽい、心理的掘り下げが暗い、という評価だそうだが、心の奥底を掘り下げる深さはなかなかのものだった。しかも池田直樹さんは、あの長広舌をなんの淀みもなく演じきったのには驚いた。シーボルト門下の優秀な医学徒二人が、互いに立場を異にして、火花を散らすシーン、時代の景色が色濃く出ている。最後に玄朴がぽつりと漏らす「私は高野長英が好きだ」はっと胸を打たれたとたん、幕が下りる。よかった。

 ちなみに高野長英が、思想犯として幕府に捕らえられて入れられていた牢獄は、いまも小伝馬町に跡地があり、公園になっている。吉田松陰、頼三木三郎などが処刑された地でもある。春は十数本の桜が美しく咲き、千代田区に住んでいたころの私の散歩コースだった。東京にはまだまだお江戸の爪痕の残る場所があちらこちらにある。

 

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