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ちゅ、残虐性。


バレンタイン。

チョコレートの施策だらけのシーズンである。



僕にはこのイベントに、忘れられない出来事がある。
高校1年生の頃の話だ。

それはそれは甘酸っぱい、苺を噛み潰したような、絵に描いたような青春100%のエピソード。


僕の在籍していた1年A組は、男女比5:5の完璧な共学のクラスだ。
だいたい30人前後の決して多くないクラスだが、それなりに皆仲が良く、特に揉め事も起きないクラスだった。

僕はこのクラスで、決して目立つことは無かった。男女共にそれなりに会話も出来るが、特別凄いコミュニティを持つ訳でもなかった。当然色恋沙汰なんてものとは縁が無い。


強いて言えば、クラスメイトの評価はせいぜい「Twitterが面白い奴」くらいだった。



所謂陰キャであり、よくつるむ友達も決して陽キャではなかった。


その1年A組に、ひとり頭のネジがぶっ飛んだ女の子がいた。

話し方がローラみたいだったので、ローラと呼ばれていた彼女は、決して目立つタイプでは無いが、話し掛けると静かな狂気の片鱗を見せる。

空気を読むのが絶望的にヘタクソで、女子グループの派閥からハブられ気味だった。

ローラは中間、期末の試験の度に数学を教えてくれと僕にLINEをしてきて、放課後小一時間程度勉強を教える程度には仲が良かった。
(底辺校だったので僕も大して勉強出来ないのに)


抜けているのかなんなのか知らないが、数学を教えてくれって来てるのに数学の教科書が無かったり、何故か現代文の教科書を持ってきたりする。


6月頃、友達と昼飯を食べていた時に、ローラが話しかけてきたことがあった。
ローラは弁当箱を持っていた。

「ろしぇ〜〜〜開けてみて〜」


開けた。中身は空だったが、嗅いだことの無い異臭がした。
例えるなら、生ゴミを煮詰め、凝縮した臭いだった。


「うっっっっっっわ!!!!!!!!」


ぶん投げそうになった。


「これね、4日間持ち帰り忘れた弁当箱〜」



「凄いよね〜〜。こんなになるんだよ〜〜」



狂っている。こちとら飯を食っているのに。
一緒に飯を食っていた友達はこの世の終わりみたいな顔してトイレに行った。かわいそうに。

そう、ローラはこういうベクトルで頭がおかしいのだ。


ちなみに言うと、僕はこういう頭のおかしい奴がめちゃくちゃ好きな頭のおかしい奴だ。
(恋愛的な意味ではなく)


飯を食っている時に急にダークマターを披露してくるのが家族やら身内だったら、きっと僕はそいつをアイアンメイデンに容赦なく入れて扉を開け閉めすると思う。


でもローラは憎めなかった。
何故なら僕が彼女のことを「面白コンテンツ」として好きだったからだ。


多分こんなんだから女子グループからハブられ気味なんだろうけど。



冬。
クラス替え直前のこの時期。
少しずつ、バレンタインシーズンに近付き、それとなくクラスの男子が目を光らせる。


僕は別にその内戦に関わるつもりは無かった。

特に貰える宛もないし、別にそれはそれでいいと思っていた。

僕は中学生の頃、部活の後輩全員にチョコレートを貰ってからバレンタインという行事はエンディングを迎えたものとして捉えていた。
だから貰えなくても痛くもかゆくもないのである。
この思い出だけで残りの人生のバレンタインは潤っていくのだ。


いつもの期末試験期間、勉強中にローラに声を掛けられた。


「バレンタインだね〜〜〜」

「あー、もうそんな時期かあ」

「いつも数学教えてくれてたから作ってあげるよ〜〜」

イベント事として特に気合いを入れていたわけでもないが、貰えると言うのならそれは嬉しくなる。


「え、まじ?」



「うん〜〜作るよ〜〜〜」


1つ貰えるのが決まった。ちょっと嬉しい。
やはりエンディングを迎えたイベントとはいえど、やり込み要素で遊び続けられるイベントはいいものだと思う。
高校1年目で、同級生から1つ貰えるならそれはそれで幸先の良いスタートだろう。

そして、なにより陰キャの友人達はおそらくひとつも貰えないので、差をつけられる。


ここが、お前たちと僕の『差』。

分からせてやるには最高の舞台が整った瞬間だった。

良いか、お前たちは僕に勝てない。







ローラ「カレーで良い???」







ぼく「???????????????????」






誤算だった。女子とはいえど、ローラは頭のネジがぶっ飛んでいる部類の女子。

天然の大喜利パワーで女子グループから孤立した、言わば一匹狼。

こいつは今回どんな面白で勝負を仕掛けてくるのか。

僕は貰える嬉しさよりも、どんな『攻撃』を仕掛けてくるのかに興味が湧いてしまった。


ルパンから犯行予告が届いた時の銭形警部はちょっとワクワクしてるだろなどと思った。



2/14


このクラスで迎えるバレンタイン。
上記のように、男女の仲がそれなりに良かったので、義理チョコをポケットティッシュのように配布する女子がチラホラいた。

あんなものはゼロの人間の救済措置である。


あの短期バイトみたいな配り方をされているチョコレートなど、クラスの「バレンタインレート」にはカウントされない、完全なる無効試合。

敬遠を「出塁」と胸を張って言うようなものだ。
これがなんと情けないことか。

僕は「完全試合(パーフェクトゲーム)」
にしか興味がないのだ。


心に住んでいる獣の巨人



「あ、ろしぇあげる」



短期バイト女子からログインボーナスみたいなチョコレートを貰った。



これで僕のチョコレートはひとつだ。
やった。

イマジナリー獣の巨人、大歓喜




こんなダサいカウントをしつつも、なんやかんやで短期バイトチョコを除く2つを貰えた。



予想外の2つが貰えたので、ログインボーナスは僕のカウントから外すことにした。



これまで嫌われるようなことをしてなくて良かったと思った。



放課後。
部活に向かおうとする僕にローラがついに動き出した。



「あげる〜〜〜〜〜」


ローラにピンク色の紙袋を差し出された。
言わば彼女の先制攻撃だ。



「ありがとう。カレーがどうのこうのって言ってたのなんだったの???」



「あ〜〜〜。カレーの作り方よく分からなかったんだよね〜〜。カレーじゃなくてごめんね」




「いやいや、別にカレーを求めてないよ。美味しく頂くよ。ありがとう」




カウント3。
釈然としなかった。
僕は何処かで、彼女が「攻撃」を仕掛けてくると期待していたからである。

しかし、彼女は至って普通に手作りのお菓子を渡してきた。
これは別に喜ぶべきなのかもしれないが、何処か腑に落ちなかった。

何処かで軽く失望していた。

だが、これは申し分ない量だ。
貰っている奴はもっと貰っているだろうが、0じゃ無ければいい。


頂いた紙袋をバッグに入れ、部活に行った。



その日の部活の練習は凄かった。
過去一調子が良かった。

僕は硬式テニス部だった。
ほとんどサービスエースを取れない僕のサーブがストレートに面白いくらい入る。

僕のサーブで1日に3回吉田くんのメガネを吹っ飛ばしたのは、過去最高記録だ。

ちなみに、吉田くんは他の部員から「何個貰った?」という質問に対して、少し悩んでから


「20個」


と上を向きながら答えていた。

もう少しマシな嘘をつけと思ってゲラゲラ笑った。

そういう話題聞く度ずっとこれ




部活の練習の調子がいいとはいえ、疲れる事に変わりは無い。
チャリ通の僕は足早に帰路に着き、早く貰った甘いお菓子で疲れを癒そうと思った。


実家のリビングでお菓子を出すのが恥ずかしかったので、自室で開封した。



ローラに渡されたピンクの紙袋。

中身はマシュマロをホワイトチョコでコーティングした丸いお菓子と、ハート型に抜かれたホワイトチョコレートが3つ入っていた。


なんと写真が残っていた。キモいな。



そして、中には手紙が折りたたまれて入っていた。

僕は嘘だろ、と思った。


目を疑った。



ここに来て、こういう裏切りをしてくるのか。


手紙の内容はこうだ。









「カレーじゃなくてごめんね。笑」









何をカレーにそこまでこだわっているのか分からないが、ローラは「バレンタインにカレーを渡せなかったこと」をめちゃくちゃ反省してるらしい。


全く持って理解出来ない領域に彼女は行ってしまった。


彼女の狂気は練り上げられている。
至高の領域に近い。



ハブられてしまうぞ杏寿郎。




まあしかし、どんな人からであれ、わざわざ時間をかけて手作りしてくれたという事実が嬉しい。

まずはマシュマロをコーティングした丸いお菓子を頂く。


美味い。

もう7.8年前の話なので、正直味なんて覚えちゃいない。

けれど、これはきっと「気持ちのスパイス」でもあったと思う。美味いと思った。





そして、ハート型に抜かれたホワイトチョコレートを頂く。

ハート型に抜かれたもの。
義理とはいえ、ハート型。


ハートの形をしていると、意識していなくてもドキドキしてしまうのが童貞男子高校生という生き物である。

分かっている。分かってるのに。


何故こんなにも、食べるのがもったいないと思ってしまうのか。



数分悩んだ後、口に入れる。








……。






口に入れた瞬間、強烈な違和感を感じた。


しょっぱい。


人生で初めてしょっぱすぎて嗚咽が出た。


おかしい。


明らかに異常なしょっぱさだ。


これは失敗作だとか、そんな次元ではない。


おそらくこれは、食べ物では無い。
もしくは、食べ方を間違えている。



なにかこう、凝縮したような……。


これは……。






正体はシチューのルーだった。




言わば、塩分の塊。

ひとつ丸々口に放り込んでしまったので、後に引けなくなってしまった。

自室がまるで充実していないので、吐き出すティッシュも何も無い。


泣いた。辛すぎて泣いてた。




リビングに逃げ込むのも考えたが、突然リビングに入ってきた息子が泣きながらシチュールウを吐き出しているのを見たらきっと両親はショックで気絶してしまうだろう。



耐えることにした。

あまりにも辛かった。

後にも先にも、何かを食べながら泣いたのはこれだけだ。

おにぎりを食べてる千尋くらいボロボロ泣いた。
ハクはきっとシチュールウなんかそのまま食わせない。



泣きながらひとつ食べきった。
いや、乗り越えた。



問題は、これがあと2つあるということだ。


溶かして食べるにしても、急にリビングで息子がシチュー煮込み始めたら(以下略




僕の中の悪魔が囁く。

そいつを捨てろ、と。



これがもしも、普通の固形であれば。

普通の固形であれば、きっと迷わず捨てていたと思う。

しかし、それはハート型に抜かれていた。

ハート型に抜いたという「手作り」になってしまっている以上、僕はこれを捨てることが出来なかった。

結局、僕はお菓子の貰った数が少ないという事実にコンプレックスを感じた、愚かな陰キャなのだ。

貰いすぎて、誰かの思いを蔑ろに出来るほど傲慢であれば、こんなに辛い思いはせずに済んだのだ。





僕はこれを、「断罪」とすることにした。



ログインボーナスをカウントしようとした罰。



何気に2つは貰って優越感に浸っていた罰。



吉田のメガネをサーブでぶっ飛ばした罰。



すまない、みんな。
僕は愚かしい人間だ。

そしてローラ。それに気付かせてくれてありがとう。



全ての罪を背負って。

頂きます。





……。







うおあああああああああああああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁくぁwせdrftgyふじこlp(泣)(泣)(葛藤)(嗚咽)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(嗚咽)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(憤怒)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(泣)(葛藤)(吐)😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭








2/15

8:00 教室にて




「おはよう。お菓子頂いたよ。一生分の塩分を取ったよ。とても刺激的だった」






ローラ「えっ食べたの?バカすぎwwwwwwwwwwwwww」











何も言い返せなかった。
僕はもっと強くなろうと思った。


「カレーじゃなくてごめんね」とは、「カレールウじゃなくてシチューになっちゃった、ごめんね」の意味だったらしい。

庵野秀明作品ばりに考察が必要な義理チョコだ。


ちなみに、シチュールウをハートで抜こうとして、ハートの型がルウの硬さに勝てず、壊れたらしい。


用途外使用で物を壊すなよ。









後日譚。



ローラの狂気は留まる事を知らず、その後バカッター事件を起こし、高校を謹慎になった。
今は大学6年生をやりながらホス狂を副業にしていると、風の噂で知った。

彼女の狂気が、許される最後の砦がきっと僕だったのだ。



甘くて、苦い思い出。


いや、しょっぱい思い出。


ちなみに僕の家系は糖尿病家系なので、彼女はガチで僕を殺しにかかってたのかもしれない。

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