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織り機に住んでるおじいちゃん

どんな織り機を使っていますか
どの織り機がおすすめですか
織り機好きが高じて、織り機のメーカーに勤めていたこともあったので尋ねやすいのか、この質問は特に多い。

今回は織り機から紐解く、
技術アップの為にすべき事は何なのかというテーマで書く。

織りをやってみたいと思った人はみんな迷う。
どの織り機を使おうか。そしてその値段の高さにびっくりするんだ。作家になりたいと思っても、織りを始める事自体諦めてしまう人も多い。

私は、今まで2台の織り機を購入した。
1台目は名古屋の手織り教室の先生が、貧乏生活の私の為に中古で安く譲ってくれる人を探して手に入れた古いさをりの織り機だった。

さをりの織り機は服地を織れる程の大きな織り機ではなかったので、服飾出の私には少々物足りなくて、服地が織れるくらいの大きな織り機が欲しかった。

でも大きな織り機は当時の相場でも40万以上して、家を出て働きながら細々と製作活動をする毎日で
精一杯だった私はその夢は「いつか」くらいの存在で、いつも思うようにお財布が潤っていない自分が当たり前だったし値段で何かを諦めることには慣れっこだった。


私は小さい頃理由があって親と一緒に住めなかったので、祖父母に育ててもらった。
真面目で質素で、庭はいつも整っていて、倹約家という文字がぴったりの家庭で育った。
祖父が履いていたパンツは、祖母が着なくなったシャツを分解してミシンで作った物だった。ちょっとだけファンシーなパンツを履いていた祖父。ギューっと抱きしめてもらった記憶もない昔の男らしいおじいちゃんは、可愛いのを履いていた。

5歳の頃部屋の隅っこで、ミシンを遊び相手にして
あれこれ作って時にはギョッとさせたり、
褒めてくれたのが、何よりの思い出だ。

長い時間を一緒に過ごしたのに、私は何にも祖父母孝行ができなかった。厳しい中にある愛情というものに気がつけるほど私の心は柔らかくなくて、
いや本当は少しわかっていたけれど素直に表現する方法を知らなかった。

祖父が亡くなったのは、社会人になって直ぐの頃。「結婚する時に渡すようにっておじいちゃんからお金預かっているから」と母から聞いて、ふーん私、結婚したらほんの一瞬リッチになるんだとぼんやり思っていた。

それから何年も後になって結婚をして、
2台目の織り機はそのお金で買った。

でも大きな織り機を買いたい自分と
やめた方がいいと止める自分がいた。

正直にいうと、何年もさをりの織り機で織っていても、作家としてやっていくだけのスキルも、実績も勝算も未だ描けていなかったからだ。

新しい織り機を手に入れても成功するわけ無い事くらいは目に見えていた。
私は何か大事なことに気がついていない。
思い通りにならない理由から目を背けている。

贅沢な暮らしはせずに倹しく育ててくれた祖父母の姿を思い出すと、「お前に40万の織り機を持つ資格はあるのか」と問われているようで苦しかった。

この気持ちの固まらなさを分析して、しばらく向き合うことに決めた。おじいちゃんのお金を無駄にはしたくない。
その答えを手に入れてからでないと買ってはいけない気がしたんだ。
手織りとは、これからの人生をかけるだけの仕事になり得るのか。その理由は?勝算は?失敗した時(稼げなかった時)はどうする?

織り機を買って、失敗したら潔く諦めて、中古で売りに出すと決めていた。織り機は中古市場によく出回るが、買い手が見つかるのも早い。
状態が良ければ良い程、高値で売れる。解体、設置、織り方の伝授もできるので、高値で売る。
ビジネスとしての感触が掴めなかったらきっぱり線を引いて諦めようと、見定める期間を2年と設けた。

勝算はすぐに見つかった。
手間がかかりすぎて時代には合わず、廃れていく現実こそ、考えによっては希望の光。

手織りという業種は、参入障壁が高い業界。
織り機自体高価で、生産者も少ない。
織手というスキルを持った人が少ないという事実もこの際障壁の一つと見定めている。

何より手織りという作業自体、資本主義との食い合わせが悪い為、大手企業には見向きもされない。
いわゆるブルーオーシャン。フリーランスという働き方には最適。

その為には何をするか。
スキルは磨き続けるしかない。
そう思ってきたけれど、磨き方を間違えていたことに気がつく。
高い手織り機にはそれだけの理由があって、見合うだけのスキルを得る為には、まず織り機の性能と構造をよく理解し知る必要があり、いかに使いこなし、使い分けるかが鍵だと感じた。


織り機をメーカーごとに比べて、それは歴史を知ることにも繋がった。
手織りの技術を教える場所は多くあるけれど、構造や歴史まで教えてくれる所はなかったから、メーカーを訪ねたり、海外の織り機はレンタルをして分析した。

織りたいものの理想に近い織り機を見極めた次は、
作りたいものを作るにはどうしたらいいのか、
それは知識ではなく、ひたすら叩き込むという事だった。

使いこなすという感覚を、
ひたすら覚えさせる、叩き込む。

もしも私のように思うようにいかず困っている人がいたら、まず織り機の構造についての勉強をお薦めする。
本や、ネットでも探せるし(日本語がなかったら、Google先生を使ってね)今持っている織り機を徹底的に観察するでもいい。
わたしもそうだったんだけど、織り機はなぜこういう構造なのかを知らないで、組織図や見た目のテクニックだけを追い求めている人が多いように思う。

織り機がもつクセやデメリットを知ってカバーするだけで、格段に技術が上がるんだ。

織り機やその他の勉強や小さな道具類を合わせると合計費用は80万くらいかかった。仰天。

でもね
今となってはとても良い買い物だったと思っている。道具と探究心にお金をかけたら、自分に何倍にもなって返ってきた感覚がある。
後にメーカーにも勤める事ができて、さらに手織り機の世界を深掘りすることが出来た。
80万で道を切り拓けたんだから、安いくらいだよ。

あのまま考えることもしないで、
おじいちゃんの背中を思い出しもしないで
ただ欲しいからと織り機を買う自分だったら、
今頃織り機もサッサと売り払われて、
ここに私はいないだろう。

生きているうちにおじいちゃんを何にも喜ばせる事ができなかったな。
返せなかった恩は作り続けることで返すしかない。

織り機に飾っている写真をみて毎日おじいちゃんを思い出す。
疲れた時は時々、
おじいちゃんの側に、思い出の側に座っているような気持ちで布を織っている。

おばあちゃんになるまでずっと
織ろうと思う。


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今週も読んで下さり有難うございます。

狭い業界・世界の中でどう勝ち残っていくのか、あなたなりのヒントを見つけてもらえたら嬉しいです。
来週は注文の出荷ラッシュが始まるので1回お休みします。
2月23日にまたお会いしましょう!

2021/02/10 追記
問い合わせが多いので追加します。
織り機は年々値上げ傾向にあり、40万とは10年くらい前の当時の価格です。

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