すみマー

 ホントのホントにマジなんだよ! と、口から唾を吹き飛ばしながらシゲは俺に馬鹿げた噂話について熱弁を振るう。全く、ドリンクバーにも行けやしない。飲み物を取りに行こうとするたびに、真剣に聞けよ! と言われる。

「俺マジで襲われたんだよ! すみマーに!」
「お前おっちょこちょいだし、どうせ段差にも気づかずこけたんだろ」
「ちげえって! この頭の怪我はマジなの!」

 と、シゲは頭に巻かれた包帯を指差すが、俺は一瞥もしないで席から立ち上がりドリンクバーに向かう。シゲが語るすみマー、ってのは最近俺らの中で噂になってる変態の事だ。夜中、人気のない所を歩いてると、急にすみません、と声を掛けられる。振り向いた瞬間にハンマーで頭を叩いてくる、そんな奴が近所に出回ってるらしい。

 だが、俺はそんなのはハナから信じてない。そりゃあ最近、青峰高校の武田や霧島商業高校の望月とか喧嘩の強い奴らが何故か病院送りになってるが俺らの日常的に喧嘩は常にだし、そういう事が重なってんだろとしか思えない。

 シゲにドリンクバー代だけ渡し、俺はファミレスから出る。大事な話って聞いたのに拍子抜けだ。駐車場に停めてあるバイクのキーを回してエンジンを吹かす。まぁ、でもすみマーってのがマジならどんな奴かは見てみたくはある。その時だった。

「あのぉ」

 ふっと、声がして俺はバイクに跨る寸前、そっちに顔を向けた。……何だ? こんな日付も変わる時間に、フードを深々と被った……子供が俺の脇に立ってる。

「……こんな時間に迷子か?」

 一瞬、だった。

 俺は反射的に右腕で顔を守りながら、その場に寝転がる。信じらねえ身軽さで、子供が俺のバイクに飛び乗って見下ろしている。何が何だかわかんねえが、鉄の塊が俺の頬を掠った事は、分かる。子供は老婆の様なしがわれた声で、言った。

「すみませんがぁ、たまぁ貰うべ」

 俺は懐にしまっている数珠を強く握りしめた。

(続く)

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