ライブ(真夜中の肉食獣) 

 人の数だけ理想の形はあるのではないか。ある人は音楽などなくても何も困らない。だが、ある人はロックがなければ息もできない。ある人にがらくたであるものが、ある人には不可欠だ。しわわせとは、飢えを満たすことではないだろうか。俺の飢えは、あなたの飢えとは違う。俺は俺であなたはあなたであるということだろう。俺は真夜中の肉食獣。今夜も満たされる瞬間を求めて街をさまよっている。

「テクニカルチキンとトロピカルチーズバーガーとアンダルシアオレンジシェイクね」

「ご注文内容を繰り返します……。ただいま満席いただいております」

「そうなん?」

「お待ちいただけますでしょうか」

 飢えが満たされるまで、引き下がるわけにはいかない。待たされている間、ネットニュースからやらかし人たちの失言でも拾うとしよう。俺は失敗から学ぶ人間だ。他人の失敗を経験として取り入れ、自らの行動に生かすのだ。ページはなかなか開かない。止まってる? 障害か?
(読み込み失敗。ネット環境をお確かめください)

「恐れ入ります。ただいまWi-Fi調整中になります」

 店員の言葉に俺は完全に切れた。世の中、許せることと許せないことがある。怒りの炎が燃え上がると俺は誰にも止めることできない。

「はあ? 先言えやおばはん!」

「Wi-Fiなかったら意味ないやん。客を待たせた上にWi-Fiもないの?」

「申し訳ございません」

「俺は現代人やで。わかる? 金返して。500円キャッシュバックや」

「ご迷惑おかけして申し訳ございません」

「えっ? できへんの? なら200円でええわ。はあ? あかんの? お前現代人なめてんのか? ネットなかったら何したらええの? えっ? 教えて。教えてくれる?」

「お待たせいたしました。お席が空きましたので」

「どこや」

 胃袋が満たされれば穏やかな自分を取り戻すことができるだろう。俺は傷つきたくもないし、他人を傷つけたいわけでもないはずだった。真夜中の飢えが極まって、暴走のスイッチを押しただけ。本当にそれだけのことだった。

「お客さま、あと5分で閉店となりますがよろしいでしょうか?」

「はあ? 先言えや! てめえぶっころすぞ! 俺客やで。現代人やで。することいっぱいあんねん。5分で何ができんねん」

「恐れ入ります。お客様、ノーマスクの方は出禁となっております。よろしかったでしょうか?」

「バカかお前先言えや! そんだら俺、元々おったらあかんやんか。あかん奴やんか。何やこの店、席はない、Wi-Fiあかん、散々待たす、何も食われへんやん。俺どうしたらええの? 現代人に未来はあるんか?」

「恐れ入ります。なお、接客力の向上とスタッフの情報共有のため店内の模様はYouTubeにてライブ配信されております。ご了承くださいませ」

「えっ? なんて……。マジで? ここも?」

「こちらはアングル1となっております」


「わーっ。お姉さん先言ってくださいよ。ほんま悪いわー。ええ店ですやん。そりゃ流行るはずやわ。言ってくれたら僕もチャンネル登録しますやん。ほんま悪いわー。やめて後出しじゃいけん。めっちゃきれいですやん」

「申し訳ございません」

「いやお姉さん悪くないです。こちらこそですやん。僕、顔晒してますやん。気持ちだけ、ごちそうさま! 店員さん、お疲れさまでした!」

「ありがとうございました!」

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