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夢であったら/夢であった

 いつものようにセルフレジでコーヒーを注文する。いつもは電子決済するのだが、それだとなぜが決済のみ対人式となる。そこで今日は小銭を用意してきた。順調に進みいざ支払いのところにきて僕は戸惑った。小銭を入れるところがぱっと見でわからなかったのだ。お札を入れるようなとこはある。お釣りが返ってくるようなところもある。しかし、硬貨は……。僕は思い切ってお札投入口に硬貨を押し込んだ。特に反応はない。続けてもう1枚。10円玉を入れると警報音が鳴り響いた。明らかに僕のせいだった。しばらくして中から鍵を持って店の人が飛び出してきた。機械を開き、中の異物を探っている。
「夢であってくれ」そう思うほど、目の前に映る現実は受け入れ難いものだった。救いは僕の後ろに並んでいる人が誰もいなかったことだ。もしも時間が少しずれていたら、(あるいはクリスマスだったら)、大行列ができていたことだろう。2人目の店員に代わりようやく2枚の硬貨が救出された。本当の投入口はお釣り返却口の真上にあり、大きな口を開けて存在していた。目立ちすぎて逆に見えなかったのだ。イメージとして求めていたのがジュースの自販機のような小さな穴だったこと、以前どこかで札も硬貨も区別なく投入できる機械を見かけた経験があったこと、それは言い訳にすぎない。一番は、少し寝ぼけていたことだ。



「お前、噂では寝返ってるらしいな」
 仲間の武将の言葉に憤慨して、僕は敵の大将に弓を引いた。的は外れた。大将は驚いてよろけた。周りに護衛の者はついていなかった。僕はあきらめなかった。寝返ってなどいないと証明せねばならなかった。2発目からは武器は拳銃に変わっていた。またしても的は外れてしまう。銃弾は交番の中に飛び込み壁に刺さった。終わった。呪いたいほどに最悪の場所だ。僕は家に返って逃亡の支度に追われた。すぐに刑事が2人、断りもなく家の中に上がり込んできた。僕は玄関に隠れた。入れ替わりに脱出しようとしたが、すぐに見つかってしまう。
「親は向こうです」
 平然とした態度を装って難を逃れたい。刑事は家の奥へ歩いて行く。手袋をした僕を、不自然に思わないだろうか。一旦は見逃した振りをして、あえて泳がすのだろうか。自分がやりました。すぐに楽になれる言葉が、自分を裏切って飛び出しそうで恐ろしい。



「夢でよかった」
 悪い夢から醒めた後、気分は重い。遅れて安堵と感謝がやってくる。あちらが現実でなくて、本当によかった。少なくとも僕は自由を失ってはいない。今からコーヒーでも飲みに出かけようか。

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