甘い記憶

「ここでしたことは記憶に残らないけど……」
 そう言って彼女が教えてくれたこと。
 時々、夢の中で思い出すことがある。
 言葉を話すこと、道を歩くこと、空を飛ぶこと、星を見ること、林檎を食べること、じゃんけんをすること。すべては準備なのだと言った。

 好きな曲を繰り返し繰り返しかけた。
 もう一度、もう一度、もう一度……。
「この旋律を胸の奥に蓄えておくの」
 何度もハグをした。
「このあたたかさがいつか助けになるから」
「忘れないから」
 記憶に残らないということを私は忘れていた。

「忘れてもいいの。いま覚えておけばいいの」
 そう言って彼女は力いっぱい私を抱きしめたのだ。

「これからあなたが行く先は愛のない場所」
「一緒に行けないの?」
 彼女は黙って頷いた。笑っているのに哀しい目だった。
「私を探さないように……」
(そうすればいつか逢える日がくるでしょう)

 私はいま多くの敵に囲まれて暮らしているけれど、歌だってあふれている。いつでも死と隣合わせているけれど、マリオが無敵になった瞬間にはできるだけ遠くに行ってみたいと思う。

 あれは誰だったのかな。
 もしかして宇宙人?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?