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豆腐と国際スパイ

 ファミレスのテーブルはみんなつながっていて、どこかの宴会場のようだった。単品の注文センスについて姉がやたらとダメ出ししてくるのが疎ましい。理屈で抵抗することをあきらめて感情を露わにすると、気まずい空気が周囲にまで感染してしまった。姉は消えて、路上に母と二人になっていた。
「何食べたい?」
「豆腐」
 豆腐か……。僕は新幹線の時間が気になっていた。母や今日家に帰らなければならないのだ。ネットで豆腐を検索すると、出てくるのは不思議とポン酢の製造業ばかりだった。

 こうなったら直接パークスに行こう!

「メールできる?」
 万一迷子になった時のために母に聞いた。母は忘れたと答えた。仕方なく手をつないで歩くことにした。直接つながっていれば、どれだけ人が多くても安心だ。

「痛い!」
 手のつなぎ方がよくないとジョナサンが訴えた。いつの間にか母がジョナサンと入れ替わっていたのだ。僕はジョナサンと手を切った。「ジョナサンも来る?」ジョナサンは少し笑みを浮かべながら首を振った。僕はその微笑の意味を理解できなかった。

 噴水の辺りで迷子になっていた母を救出した。まずは屋上に行く。屋上は大道芸広場になっていて、世界中のアーティストたちが集結していた。全部を見て回りたいけれど、今はそれどころではない。母は鉢植えの品揃えに高い関心を寄せた。突然、スーツの男が仰向けになって倒れた。気絶したとみせながら吹いた泡が高く上がって、蝶やクジラやカワウソの形に変わった。正気の国際スパイだ!
 エレベーターの中には10人ほどの人がいた。きっと誰かが危険を顧みず訴えるべきなのだ。

「乗務員さん!」
 僕は先ほど見た屋上のことを告げようとした。彼はまずは落ち着くように僕を制した。

「スパイの男ですね」
 エレベーターを下りたところで言った。みんなわかっているというように冷静な口調だった。だったらもう安心だ。本題の豆腐をたずねて僕らは玩具売り場を歩き回った。

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