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プロローグ・「RAVEN」の叛乱
「「RAVEN」は世界を幸せにする。私は完成を見届けられないが、その未来が来ると信じている」
H・ユウトの日記より
★
津島省吾がまだ陸上自衛隊の中にいたころ、世界は長い長い混迷と緊張から緩和への転換期をようやく迎え、その次に広がるであろう「新たな未来」をようやく夢想する余裕をもつようになっていた。
西暦二〇四〇年代初頭。
そのころ、まだ「バイザー」の呼称はなく、彼等は「ロボット」あるいは「人型無人機」、日本では「ヒトガタ」と呼ばれていた。
二月の寒い夜に、その「ヒトガタ」が大量に日本政府の肝いりではじまったスマートシティの広大な敷地に現れたとき、警備員たちはこれまで通り、何かの実験が始まったとだけ思っていた。
完全自動都市。
二十世紀のSFにしか存在しない、と思われていた夢物語が、この筑波の実験都市で行われようとしていた。
それを成り立たせるのは人類の叡知を結集して作られた量子コンピューターとその中に作られたAI、RAVENだ。
人類が遂に到達した「原因」と「結果」を「認識」できる第4世代の人工知能。
与えられたゴール(結果)に到達するために必要となるアクション(原因)を自律的に推論し処理する。
命名の由来は「ワタリカラス」。
ワタリカラスはチンパンジーなどの類人猿にしかできないと思われていた「将来を見越した行動」をする高度な知能を持つ鳥であることと「飛翔」のイメージの掛け合わせであるらしい。
この夜まで「RAVEN」の名は、全人類にとって希望と未来の象徴であった。
折しも夜明けには雪になる、と予報された天候で、朝から寒風吹きすさぶ中、夕方より氷雨が降り始めていた。
誰もが余り注意を払わず、厳しくなりそうな深夜シフトの順番をどうするかと額を寄せ合う中、のちに「バイザー」と呼ばれるロボットたちは、着々と準備を進めた。
「なんだありゃ?」
「ああいうの、予定にありましたっけ?」
「また「RAVEN」の殿さまが突発的に実験してるんだろう。上は知ってるだろうから、ほっとけ、ほっとけ、じきに定時連絡で『今日は突発実験がある』とくるさ。下手に騒いでも俺達が疲れるだけ」
「ですよねえ」
このスマートシティにおいて主は「RAVEN」であった。
初期開発者である重要人物の一人が死去して以後、この第四世代AIに研究者たちは「自由意志」が芽生えたことを喜び、その「思いつき」や「気まぐれ」を放置することにした。
真夜中に動き出すシステムや工場プラントなどはこのところすでに、日常茶飯事と化している。
出来上がるのは時にガラクタであり、時に無駄なシステムの改変であり、たまに研究者たちが境域乱舞するような新しい「もの」が生み出された。
だから、今回も「RAVEN」が準備を始めたのだろう、と誰もが思った。
実際には警備員たちが目撃した姿は彼等の準備を終える姿だったのだが。
今回の事が、いつもと同じ「思いつき」のものではない、と判ったのは一時間後、スマートシティ内の生産工場が動き始め、警備員の無線機に「全ての監視カメラが偽の映像を流し続けている、リアルの状況を報告しろ」という本部からの命令が伝わってからである。
「どういうことなんだ?」
「とにかくカメラと無線機を持って各所へいそげ」
「まったく面倒な思いつきをしやがって……」
慌てて警備員たちが稼動し続ける(と当時は思われた)生産工場へ向かう途中で、最初の爆発が起きた。
真正面の生産工場だった。
声を上げる暇もなく、一〇〇名いた警備員のうち、四十五名がこの爆発に巻きこまれた。
吹き飛んだ瓦礫の中から、これまでの、まるっこくって愛嬌のある、ずんぐりした「ヒトガタ」とは違う、鋭角で禍々しいデザインの二足歩行のロボットたちが現れた。
「なんだ……あれ?」
唖然とした警備員の声に、答える者はいない。
警備員たちはそれから四十三秒以内に全員が命を失った。
爆発に巻きこまれた者が半分、残りは「RAVEN」の操る「バイザー」の射撃調整用の標的とされたのである。
「「RAVEN」の叛乱」と呼ばれる出来事は、日本においてはこうしてスタートした。
一時間後。
実験都市は日米の軍事力の結集された戦場と化した。
関東一円の陸上自衛隊の特車部隊、普通科部隊――――平たく言えば歩兵から装甲車はもちろん、戦闘ヘリにいたるまで投入され、戦後初の実戦となった。
アメリカ陸軍と海兵隊はその主力を沖縄に移して久しいため、数こそ少ないが精鋭部隊が投入。
だが、結果は惨憺たるものであった。
歩兵のアサルトライフルは「ヒトガタ」の装甲表面で軽く弾かれ、擲弾筒は避けられるか、その電磁装甲によって本体に触れる前に蒸発。
さらに「ヒトガタ」の発する指向性電磁波の「網」によって旧来の電子機器はセンサー類を完全に封じられた。
この日、投入された人員は日米双方で概算、三個大隊に匹敵するが、その殆どが無傷で帰ることはなく、損耗率は三割以上に及んだ。
五〇〇名以上もの人命が、現地に到着して四十分以内に失われたという。
全滅を免れたのは、全くの偶然に他ならない……少なくとも、表向きはそうされた。
★
陸上自衛隊上層部が、この状況にどれほど窮したか、というと、戦闘が開始されて一時間後、特戦群の実験部隊の実戦投入を決心させたことに明らかだ。
「有事」ということで、本来なら数日の会議が行われるはずだが、幕僚監部の判断で全て事後責任会議任せとし、異例の十五分で命令は下された。
さらに、津島省吾たちの部隊の上層部が受け取り、省吾たちに出動準備を命じたのは五分後。
津島省吾は、その陸上自衛隊、朝霞駐屯所に置かれた第3特殊作戦群装備開発333中隊に所属していた。
「総員、搭乗準備完了しました」
自衛隊の輸送ヘリの前に装備一式を着用して四十人の精鋭が並び、上官に一斉に敬礼した。
誰の顔にも緊張がある。
異形の部隊であった。
全員が身体に金属のフレームと、それこから伸びるアームを装備している。
アームには、自衛隊の20式小銃、MINIMI分隊支援火器とその予備弾倉八個、MINIMI用ベルト弾倉箱はもちろんのこと、背中にはスティンガー対戦車ミサイルも二発ずつ装備している。
省吾は後方支援重火器実験装備、ということで20式小銃と弾倉を外し、スティンガー対戦車ミサイルを四発、さらに四連装のM202ロケットランチャーを装備している。
頭全体をすっぽり覆うヘルメットと、その中のマイクによる音声入力、視線入力装置でこれらを管理するのだ。
数百キロの装備だが、省吾たちには全体で五キロ程度の負荷しかかかっていない。
さらに各関節部分のモーターによるアシストで、移動速度は通常の二倍、跳躍力は三倍以上、という結果が出ている。
別名アーマースーツ実験隊。
「知っていると思うが筑波のスマートシティ実験都市において、『RAVEN』が何者かにハッキングされ、武装蜂起した……我々はスマートシティ実験都市にある『RAVEN』の量子コンピューターユニットを破壊、この一件を停止する任務を与えられた」
上官の言葉は、数十分前に通信室から漏れてきた噂を肯定するものだった。
「いきなりの実戦で戸惑うものも多いと思う」
彼等の上官は声を張り上げた。
「だが、筑波のスマートシティ実験都市は、日本の、いや世界の未来がかかる場所だ。我々には思ってもいなかった晴れ舞台である、と思え……なによりも、敵は人間では無い、ロボットだ!」
にやりと省吾たちの上官は笑った。
「思いっきり戦え、どんなに撃っても、味方に当てない限りは文句は言われん。そして、この部隊にそんな間抜けがいるか?」
一瞬の間の後、
「おりません!」
と全員が唱和した。上官も、だ。
その瞬間から、緊張は戦意へと転換されていく。
冬の氷雨も沸き立つ血の上昇を妨げることは出来ない。
省吾もその心地よい昂揚感の中にいた。
「総員、搭乗開始!」
一斉にアーマースーツ部隊は、一糸乱れぬ動きで踵を返し、輸送ヘリの後部ハッチへと小走りに移動していく。
ローターが回転を始め、ヘリはあっという間に空へ舞い上がった。
爆音と震動、そして床に押しつけられるようなGの力を感じながら、血の高揚とは別に、自分の身体の何処かが現実味を帯びずにこの状況の中にいることを省吾は感じていた。
雨は雪に変わり、ヘリは朝霞から筑波まであっという間にたどり着く。
そこには、すでに戦場が広がっていた。
テレビのニュースなどで報じられた、京都のような格子状の道で区切られていた街は、今や瓦礫の山と残骸と炎に包まれ、そこここで銃撃の火花と爆発が巻き起こっている。
(戦場のミニチュアみたいだ)
わずかに首を巡らせ、狭いヘリの窓から覗く風景を見ながら、省吾はそう思った。
だが、空中へ打ち上げられた何かが爆発し、それがヘリを揺らすと、これが現実だと思いだし、血の気が一気に引いた。
アーマースーツ実験隊、というのは外からの故障だが、偶然にも3が四つ並ぶことから、「シサン隊」と非公式に自称する彼等は、軍用強化外骨格の開発部隊だ。
当初エクソスケルトンスーツ、と呼ばれ、途中民間でパワーアシストと柔らかい言葉で呼ばれていた、この肉体強化装具の研究は、陸自の意地とでも言うべきものによって突き動かされ、世界からの遅れをかなり短い期間で取り戻し、開発が進んでいた。
皮肉にもその開発が進んだ要因のひとつは、「RAVEN」によるシュミレートシステム技術の補佐が大きい……だが、省吾たち隊員に「RAVEN」へ恩義を感じるものはいなかった。
実戦配備まであと数年、と言われているアーマースーツ部隊だが、ノンビリしたテスト部隊ではない。
戦闘に用いるものは、装備品として正式に決定されるまで過酷なテストが待っている。
アーマースーツは通常は装着者の体の動きに追従するパッシブモードで使用されるが、高所からの着地や長時間の歩行などの際には、装着者の安全確保や体力温存のため、事前にプログラムした動作をコマンド入力によって実行させる半自動モードで使用される。
この半自動モードをより完璧にするためのデータ収集が省吾たちの主な任務だ。
そこには実弾による訓練や、実戦に近い過酷な状況下での作戦行為のテストも含まれる。
幸い、半自動モードシステムの不具合で死んだものはいないが、テスト中の事故で無言の帰宅をした隊員もいる。
だが「戦場」が近づくにつれて、彼等の中に冷たい、重苦しい沈黙が落ちていた。
注意しても逃れられない「死」とこれから向き合うのだ。
ヘリの爆音で互いに会話は出来ないが、ヘッドセットは作戦時の広域周波数に合わせてある。
そこから聞こえてくるのは悲鳴と、叫びと怒号、そして「撤退を!」と求める英語と日本語。
省吾は英語が出来たが、言葉の判らない隊員たちも、込められた悲痛さと悲惨さは理解出来る。
「空中投下になる」
上官の声がヘッドセットから聞こえて来た。
「ハンドラー・ビーコンを各班で同調させ、離れないようにしろ」
パラシュートの動きをコントロールし、誤差二メートル以内で狙った場所に着陸させる装置の電源が一斉にオンになった。
ヘリが限界高度まで上昇する。
「降下用意!」
顔面全体を覆うバイザーにヘッドアップディスプレイが投影される。
現在の気温、味方部隊の配置、そして現在の自分たちの移動する光点が、大雑把なスマートシティ実験都市の見取り図に重なって表示される。
「集合地点はこことする」
省吾の班の班長が宣言した。
否応もない。そんな暇はない。
自衛隊も、他の国の軍隊と同様、戦場ではまず一個の機械として作動する。
脳が命じたことを手が拒否しないのと同じだ。
しかも下は戦場だ。臨機応変。
命令に従うことと、その場で自己責任で判断することは、また別である。
次々と小隊の連中が降下を始めた。
「津島、熱くなってまた装具を壊すなよ」
省吾の班の班長がにやっと笑って省吾の肩を叩く。
「判ってますよ」
省吾は口をへの字に曲げて答える――――どういうわけか、省吾のアーマースーツだけ、よく壊れる。
それも省吾が激情に駆られたときには、必ずと言って良いほどだ。
省吾の番が来た。
「津島、降下!」
これまでの隊員たちと同様に叫んでデッキを蹴った。
空中に躍り出る。
下が明るい。
炎の明るさだ。
「なんだ……これ」
まともな姿を留めている建物は殆どなかった。
どこかしら崩れ、あるいは完全に崩壊し、横転した装甲車や、砲塔がどこかに吹き飛んでしまった最新式の戦車までの姿が見える。
衝撃的だったのは無敵の戦車の異名を持つ米軍の最新式戦車M4パウエルまでが残骸を晒していたことだ。
その間を、手持ち無沙汰のようにうろうろしている鋭利なデザインの「ヒトガタ」たち。
(いや、あれは「ヒトガタ」じゃない……大きさが違う)
これまでの「ヒトガタ」は、工事作業実験用の大きなものでも二メートルで、威圧感を与えないように流線型を多用したまろやかなデザインで笑顔などの威圧感を与えないためのイラストが描かれている。
だが今うろついている「ヒトガタ」は四メートル以上はあって、鋭利なデザインだ。
色も黒で統一されていて、禍々しい。
(まるで餓鬼だ)
省吾が思ったとき、パラシュートが開いた。
加速が一瞬停まり、上に持ち上げられてゆっくりとした降下に移る。
何体かの「敵」が上を向いた。
「視線」を感じる。
やつらの腕が上がった。
その腕に、大砲のようなものが装着されている。
悪い予感がした。
「班長! 着地位置変更を具申!」
省吾が叫んだ瞬間、大砲のようなものの筒先がチカチカと光った。
次の瞬間、降下を先に開始していた班の隊員たちが、空中でいきなり燃え上がった。
十名の松明がパラシュートを焼き切って落ちていく。
省吾の班の班長は即座に着地位置をランダムに変更した。
だが、他の班の班長たちは上手くその手段を使えず、さらに十個の炎が空中に生まれた。
パラシュートの切り離しを着地の瞬間ではなく、十メートル上空に設定する。
着地する予定地点の周辺には、崩れかけたビルの壁面が左右に続き、そこを蹴っていけば、無事に着地できる……どうやら省吾の操作は他の連中にも判ったらしく、同じ地点に落ちる三名が同じ操作をした。
「レーザー兵器……」
あれほどコンパクトなレーザー兵器は、まだ何処の国も開発していない。
今最小のレーザー兵器は、アメリカ軍の最新戦車が搭載実験を行っている。
(バッテリー問題をどうやって解決したんだ?)
近づく地面に対して衝撃に備えながら省吾は思ったが、同時に愚問だと気付いた。
「RAVEN」がやったのだ。
人間には出来ない思考速度と設計能力、生産能力を駆使して。
(だとしたら、「RAVEN」が何者かにハッキングされた、というのは嘘か?)
「RAVEN」ほどのAIをハッキングする、というのは暴れ回る猛牛の首根っこを無理矢理押さえつけるに等しい。
状況の突発性から考えれば、第三者が行ったのであれば、「RAVEN」を暴走させるのが精一杯の筈だ。
今、省吾たちの目の前に展開している風景は「事故現場」ではなく「戦場」だった。
第一、単なる暴走なら、「RAVEN」の量子コンピューターユニットをどうにかしてシャットダウンさせろ、という命令になる筈だ。
そうではなく、破壊を命じられたということは……
パラシュートが切り離せる高度に来た。
風の吹く方向をみて、ビルの壁に向かって身体が動いた瞬間に切り離す。
「!」
みるみるビルの壁が迫ってくる。
身体を捻りながらビルの壁を蹴る。
さらに落下しながら反対側のビルの壁を蹴る。
生身の身体でやれば足が砕けるが、身体を覆うアシストスーツがそれを吸収し、さらに蹴る力を倍加させる。
十階建てのビルの壁を三回ほど交互に蹴って、省吾の足に着地の衝撃が来た。
身体を覆うスーツの外骨格がそれを吸収し、省吾は瓦礫の上にぴたりと着地した。
「……ふう」
周囲を見回す。
省吾以外の同じ班の仲間たちも無事に着地したらしい。
省吾も班長の元へ急ぐ。
「うちの班の損耗は無しか」
省吾より十歳年上の班長は安堵の溜息をついた。
「班長、おりながら見ましたが、小銃はあの二足歩行兵器に効果はないようです」
省吾は意見を述べた。あれは「ヒトガタ」ではないと直感したことから、その言葉を避けていた。
「グレネードか、ミサイルの使用許可を」
「それは俺も思った。だからさっき使用許可を申請してる」
ずん、という音が、頭上から響いた。
思わず見上げる隊員たちの視線の先に、崩れかけたビルの屋上、その縁に足をかけ、着地したばかりのあの二足歩行兵器がこちらに例の大砲の筒先を向けていた。
「!」
全員がジャンプで散開し、次の瞬間、コンクリートは高熱による劇的な水分蒸発で爆発した。
瓦礫を転がりながら、省吾は決断した。
上層部の許可を待っていたら、死ぬ。
実際、他の班員たちは態勢を建て直し、何人かが小銃で攻撃を開始していたが、あの二足歩行兵器はまるっきり意に介さない。
装甲車並みの強度を誇るらしいその表面で自動車のドアや、バッテリー程度なら楽々と貫通する筈の、五・五六ミリ口径弾は空しく弾けるばかりだ。
「緊急解除、各種武装安全装置ロックオフ! 認識番号……!」
省吾は自分に与えられた認識番号権限で武装の安全装置を解除した。
走りまわりながら攻撃をくり返すアーマースーツの仲間たちは、頭上からのレーザー攻撃に、次第に燃え上がるマッチの棒に変えられていく。
「くたばれ!」
省吾は背中に背負っていたスティンガーの照準をつけ、発射した。
真っ直ぐにスティンガーが飛ぶ。
他の隊員も、省吾と同じやり方で解除したのか、さらに数発のスティンガーが飛んだ。
それが直撃する瞬間、「ヒトガタ」はひょいと身を躱した。
ミサイルは計算された動きにより、窓から窓へ突き抜け、ビルの反対側で爆発する。
わずかにその衝撃波が不安定に屋上に足をかけた二足歩行兵器のバランスを崩す。
唖然とする隊員たちの中で、省吾だけが次の手を打った。
「まだまだ!」
その足下……ビルの縁を目がけ、次のスティンガーを撃ち込んだのだ。
もとから外壁だけになり、中身はほぼ崩落しているビルである。
分厚いコンクリートとはいえ、ミサイルの直撃を受けて、持つ筈はない。
ぐらり、と足下が揺れ、二足歩行兵器は落ちる……と思ったが、あっさり落下しながらビルの壁を蹴り、反対側のビルへと飛び移った。
「逃がすか!」
その動きを読んで、省吾はさらに反対側のビルの壁、屋上付近へにミサイルを撃ち込む。
それはちょうど、二足歩行兵器が手を伸ばして掴もうとしたあたりだ。
掴む場所がなければいかに無敵の兵器であろうと無様にビルの壁にぶつかるしかない。
ここも、先ほどの対面にあるビル同様、内側は殆ど崩落していた。
皮しか残っていないようなビルはこれまでの戦闘で限界に来ており、そこへ二足歩行兵器がぶつかったことで、ガラガラと崩れた。
当然、二足歩行兵器もその瓦礫の中に巻きこまれる。
その空中にある二足歩行兵器のシルエットへ目がけ、省吾は最後のスティンガーを撃ち込んだ。
空中で、しかも瓦礫に巻きこまれている状況で、二足歩行兵器にはなすすべは無かった。
ミサイルは胸部に命中し、手足が飛び散るのが見えた。
それに重なって、先ほど班長が申請したミサイル、グレネード類の使用許可を示すメッセージが表示される。
「やったぜ、一体撃破!」
この日、この省吾の放った一撃が、日本における唯一の、人間が挙げた戦果となった。
次の数秒後に「RAVEN」が取った措置は的確で、冷酷非情なものであった。
十体の二足歩行兵器が省吾たちを抹殺するためだけに投入されたのである。
唯一の救いは、アーマースーツの跳躍力と、これまでの訓練で培われた独自の機動性であった。
だが、ミサイル、グレネードは全て避けられていた。
こちらが撃った瞬間の軌道を前もって知っていたかのように、彼等は華麗に避けた。
そして、「飛ば」なかった。
小隊は合流する暇もなく、各個に撃破されていく。
HUDに映る味方の光点はドンドン減っていき、無線から聞こえる悲鳴は幾つも続いた。
「撤退命令だ! 走れ、走れ、振り向くな! 誰がやられても振り向くな!」
省吾たちの班長も、そう無線で叫んだ瞬間、奴らのレーザーに焼かれた。
(学習してやがる!)
驚愕と共に、省吾は逃走するしかない。
ひたすら、燃えさかる瓦礫の実験都市を走った。
焦りと恐怖が心臓を鷲づかみにする。
アーマースーツのお陰で、走る速度はフル装備でも通常の二倍以上、車の法定速度と同じ六〇キロ以上をたたき出せる。
今は省吾の武装は全て使い果たし、ランチャー類も棄てたから、八〇は出せているはずだ。
それでも遅い、と感じた。
敵の射撃は容赦無く、なるべくデタラメに、ランダムな走行時の動きを、制御AIとの連携で作り出していたが、それでも身体の近くを高熱が掠める気配を感じ、実際にその線上にある瓦礫や壊れた車などが高熱で溶けて大穴を開けるのを見た。
(逃げ延びてやる!)
仲間を失った怒りも、哀しみも、そこからだ、と省吾は自分の心臓に刻み込むように思った。
(必ず、コイツらをぶちのめす!)
だが、人の操るものと人が作った機械には思わぬ形で限界点が現れる。
省吾の場合は左側の大腿部と腰のモーターが、いきなりショートする、という形で現れた。
(しまった!)
転倒しそうになるのを手をついて一回転した。
視界に一瞬、自分を追ってきた二足歩行兵器の姿が見える。
黒い機体だが、燃えさかる炎に照らされた姿はこれまでみた二足歩行兵器とは大分違うデザインで、もっと鋭利さを感じさせた。
何よりも違うのは青い、二本の角状のパーツが頭部から生えていることだ。
(隊長機、ってことか?)
なんとなく、そう感じた。
一回転して着地した瞬間、腰と足の関節部分のモーターが耐えきれなくなって、フレームを歪ませ、装着者に危害を与えないように、と部品排出された。
バランスを取るために内蔵されたAIが微調整をかけようとしたが、不意にブラックアウトする。
全てのモーターが停止し、省吾を超人にしていたアーマースーツは、一転して呪いのかかった重りと化した。
「な!」
AIがバランスを崩した状態で停止すると、装着者が強制除装される仕組みがアーマースーツにはある。
バラバラになったアーマースーツの中から、省吾は地面に投げ出された。
受け身を取って素早く立ち上がるが、それよりも早く、角のない二足歩行兵器が三体、目の前のビルの瓦礫から現れた。
「くそ……」
後ろを振り向くと、さらに四体が追ってきた。
逃れられない死神の姿に、一気に省吾の体温が下がった。
「随分と恨みを買ったもんだな」
自嘲しながら立ち上がる。
腰に残された拳銃を引き抜いた。
スライドを引いて弾を装填する。
拳銃やライフルの弾丸では……いや機関銃の弾程度ではこの連中相手に役に立つはずもないことは理解している。
それでも武器を構えたのは、意地だ。
もう逃げられないのなら、せめて戦って死にたかった。
小隊の仲間はアーマースーツが崩壊するまでに半分が倒され、省吾の班は全滅である。
ここで死ぬ気はないが、悲鳴を上げて逃げるのは矜恃が許さなかった。
(わかってる、だから俺は出世しない)
それでも、戦う。
省吾は銃を構え、おかしなことに気がついた。
省吾を見据えているのは一体だけで、残りは周囲を見回すようにしていることに。
人間と同じ動きではない。だが、各種センサーを展開し、頭部を巡らせている様は間違いなく、警戒しているように見えた。
(どういうことだ?)
答えは、旋風だった。
何かが上空から「飛んで」きた。
着地と同時に地面が揺らぎ、省吾は直感に従って横へ飛んだ。
さっきまで背にしていた瓦礫の壁が灼熱する。
コンクリートの中の水分が急激な温度の上昇で爆発のような気化現象を起こし、コンクリートが粉砕され、水蒸気とコンクリートの煙が立ちこめる中、省吾は見た。
白銀色した機械の巨人を。
「RAVEN」の手先である黒い二足歩行兵器と同じ大きさだが、こちらは優雅なデザインで、白銀に輝いていた。
巨人は一瞬、省吾のほうを振り向いたような動きをした。
目線が合う。
不思議に機械の目を見て、省吾は「味方だ」と確信した。
その確信はすぐに証明される。
左腕にこそ、ほか二足歩行兵器と同じレーザー砲らしいものを装着しているが、こちらは右腕に、刃のないチェインソーのようなものを装着し、その白銀の巨人は、機械とは思えぬ優雅な動きであっという間に省吾の近くに居た二足歩行兵器の各部関節を破壊した。
的確に、胸部装甲と腹部装甲の間を貫くように。
バランスを崩して無様に倒れる様は、糸の切れた人形さながらだ。
一瞬で四体の二足歩行兵器が沈黙し、地面に転がった。
次の瞬間、その姿は深く沈み込み、後ろから省吾を追ってきた三体の足首を左腕に装着したレーザーの大砲で切り離すと、バランスを崩した最初の一体を盾に、敵のレーザー砲を受け、左腕のレーザー砲をその背中から照射する。
装甲は五秒ほどで融解し、盾にした二足歩行兵器は沈黙。
倒した三体が、バランス調整を行ってギクシャクと立ち上がろうとするのをさらに各部装甲の隙間に武器を叩き込んで行動不能に戻すと、左手のレーザー砲を次々と向けた。
五秒ほどするとどの二足歩行兵器の装甲も溶け、内部のシステムも融解して今度こそ、がっくりと動かなくなる。
さらに、それまで様子見なのか、動かなかった青い角を持ったバイザーに、流れるような足取りでその間合いに入った。
青い角のバイザーは躊躇なく、右腕に装着されたレーザー砲でその先端を受けた。
それがあっという間に粉砕される、と思ったその一瞬、大きく後ろへ「飛んで」、これを避けた……省吾の攻撃を受けて、敵は「飛ばない」という判断をしたが、それをあっさり今の白銀の巨人の襲撃で修正してのけたのだ。
さらに後ろへ向かって青い角の二足歩行兵器は飛んで、白銀の巨人の刃を避け、間合いから外れたとたんに背中を向けて逃げ始めた。
白銀の巨人は追っていく。
「なんだ……あれは……」
省吾は呆然と呟いた。
「津島!」
声がして振り向くと、仲間のアーマースーツ隊が駆けてくる。
「お前だけか?」
小隊長が声をかけた。
「はい、班は全滅です」
省吾は俯く。
「よし、とにかく離脱する……さっきのあれはなんだ? 仲間割れか?」
「判りません」
省吾は素直に答えた。
「ただ、味方してくれた、と自分は確信します」
★
省吾が隊の仲間と合流した時点で、「何故か」二足歩行兵器は撤退を始めた。
戦闘が、実は「RAVEN」を納めた量子コンピューターユニットの移動のための「目くらまし」だと判明したのは数日後のことである。
それまでの間に日米合同軍の損害は三割を越え、兵士、警備員の死者と行方不明者は千人を超えた……彼等の武器は、人間を跡形もなく消し去ってしまうほどの威力を持っていたため、遺体が収容できないものも多かった為だ。
たった一時間半……正確には八十七分三十五秒のことである。
世界はこの夜、各国同時に起こったことを、のちに「「RAVEN」の叛乱」と呼ぶようになった。
(つづく)
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