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第二章・白銀の巨人(1)



「RAVEN」を利用したスマートシティ計画と、それに連なる全ての工事は、その叛乱により、あまりにも悲劇的な幕切れとなった。
 日本において、それはスマートシティ計画のために大量に、そして網の目のように張り巡らされた地下通路が工事途中で放棄される、という形で現れた。
 「RAVEN」自身が建てた計画により、この地下通路を無人車両と流通用ドローンが走り、あるいは飛んでいくという計画だったのである。
 小さなものは早々に埋め立てられたが、大きなものは簡単にはいかず、警備員を常駐させてこれに対応させた。
 だが、「RAVEN」の提出した計画を全て把握している、とこの時の人類は誤解していた。
 人間がやりそうなことを、まさか「RAVEN」が行っているとは、この頃まだ思ってはいなかった。
 「RAVEN」が、通常工事の計画を扱う、政府の一般サーバーシステムにまで侵入し、密かに地下通路とは違う「地下トンネル」や「ケーブル施設工事」「上下水工事」にまで、その手を伸ばしていたのである。
 ある場所はサイズが大型化し、ある場所は逆に縮小化された。
 そうして「RAVEN」は自分の手足となる二足歩行の兵器……人類が「バイザー」と名付けた存在を、集団で密かにある程度の距離を移動させることを可能としていたのである。
 このことに人類が気付くのは、この後であり、全てを潰すのに数年がかりという大規模なこととなった。
 その中の一つの道を、十数台の「バイザー」たちが移動していく。
 監視カメラもなく、警備員すら知らない道……とあるトンネル工事に関連する工事車両の通り道として作られ、その後「存在しない」ことにされた道である。
 彼等の行く先には大型トレーラーがあった。
 運転席には人の姿がある……だが、それはどこか静止画像のようなわざとらしさがあった。
 じっと目をこらすものがこの場にいれば、それが高精細な立体映像で作られた運転手であり、ハンドルに添えられた手の位置が微妙に浮いていることに気づいたかも知れない。
 荷台が音もなく開いた――――「RAVEN」の計画は都市計画ばかりではなく、そこで運用される予定の自動車両にまで伸びていたのである。



「今年のハロウィンは四日後! 渋谷新宿&原宿!」
 という駅前の電光表示板を横目に、津島省吾は駅の改札を通った。
 慣れない背広姿なのは自衛隊員として恥ずかしくないように、という矜恃だ。
 辞令が出て翌日、今日から新しい職場であり、寮も一週間後には引っ越しとなる。
 あの事件以前から、省吾の持ち物は少ない。
 家に帰って三時間ほどで殆どの荷物をまとめる事が出来た。
 引っ越し業者は自衛隊ではなく、出向先が手配してくれるという。
 とりあえずありがたいのはラッシュアワーの電車に乗らなくていい勤務時間を採用していることである。
 十二時開始、六時終了、なのだという。
(まあ、こっちが近くに越したら『とはいうものの』というパターンだろうな)
 民間企業ではままある話だ。
 ガラガラに空いた車両に乗り、山梨の方角へ移動する。
 途中乗り継ぎで、電車で一時間。直通バスで十五分、だという。
 ふと社内の液晶モニタを見るとバイザーによる「犯罪」のニュースが次々と出てくる。
 工場を爆破し、空港を燃やし、豪華客船を沈没させる。
 それは国内だったり、国外だったり……どれも省吾からすれば「犯罪」ではなく「テロ活動」のレベルだ。
 いや、世間一般から見ても「テロ活動」である。
 だが、「AIによるテロ活動」が存在しては責任を追及されて困る各国政府は、これをあくまでも「犯罪」と呼び続けている。
 一種の事故だ、と。
 そして、「RAVEN」の起こすこの「犯罪」は発展途上国と呼ばれるような国々において大規模なものが多く、ヨーロッパとアメリカに目を向けがちな日本のマスコミは殆ど報じない。
 今の所日本国内における「RAVEN」の「犯罪」がビルの倒壊や放火など、「調べて見たら「RAVEN」の仕業だった」というような地味な事件ばかりというのもその報道のアンバランスさを許す要因となっていた。
(数十万規模の犠牲者が出てからじゃ遅いんだぞ)
 内心のやるせなさを隠すために、省吾は足の間に置いた鞄の中から本を取り出した。
 電子機器と違い、紙の本は壊れないのがありがたい。
 元から読書自体は好きだったが、あの夜以後は、特にその量が増えた。
 今、メインで追いかけているのは「『RAVEN』の叛乱」に関するドキュメンタリーだ。
 笑ってしまうほど滑稽な陰謀論や、腹が立つほど出鱈目なものもあるが、ごくたまに国内でも国外でも、信頼出来そうな情報を集めているものが、最近はボツボツと出始めた。
それまで、省吾にとってなんとなく知ってる程度のことが、そのお陰で理解が深まっている。
 今取り出した本はこれまで数十冊読んできた「RAVEN」関係の本の中でも信用出来そうな著者の最新作だ。
 「RAVENレイヴン」とは人工知能開発者の長年の夢――――「原因」と「結果」の因果関係を認識できる第四世代の人工知能。
 この名称は、この人工知能が機械でありながら人間レベルの因果推論能力を持つことにちなんで、鳥類でありながら霊長類並の知能を持つワタリカラスになぞらえて命名された。
 与えられたゴール(結果)に到達するために必要となるアクション(原因)を自律的に推論し処理することが出来、線形思考のみならず非線形思考が可能となったのである。
 つまり「理路整然とした論理の飛躍が可能になった」のだ。
 別の言葉で言えば「創造性」を確保した初めてのAI。
 人間との違いは、膨大な知識に支えられた、その誤差の少なさだ。
 当初、「RAVEN」は環境問題の解決のために利用されており、汚染・破壊された地球環境を健全化することをゴールとして与えられていた。
 そのためにスマートシティの中枢に据えられ、人類の消費と生活をよりよい方向へ管理しつつ、世界的な環境コントロールを任されるはずだった。
 あの叛乱は何故起きたのか。
 今の所もっとも強力な説は、環境問題の改善、というゴールを達成するには「人類が多すぎる」という課題に直面し、その課題を解決するために「人類を削減する」という処理を無邪気にも開始したのではないか、というものだ。
 「RAVEN」と人類の公式な接触記録の最後には、文明と文化を維持する最低の人数、三十億人に「余裕を持たせた」七億人を足した、世界総人口・三十七億を目指すべきである、という意見が残っていた…………これはアメリカのもので、あっという間に上院議員の一人がこの記録をすっぱ抜き、昨日、様々な議論の後に、第三者委員会を交えた全ての裏取りが行われ、「紛れもない事実」とされたものである。
 アフリカや中東の紛争地帯においての活動が今の所の「RAVEN」のメインになっているものの、いずれ先進諸国でも大規模な活動が起きる、と、どの本も最終的に結論を下していた。
 省吾も、その通りだと考えている。
 この本はさらに踏み込み、最新情報をいくつか載せていた。
 幾つもの不気味な「点」と「線」。
 軍事工場の床が抜け、どんなに探しても見つからなかった新しい特殊金属のための工作機械、アフリカ大陸一の収容能力を誇る病院の倒壊、インド付近の急激な下水の氾濫。
 ニューヨークで起きたガス爆発事故。
 ややもすれば「どこかの国の悲劇」で終わるこれらの事件現場に、必ず目撃されるあの二足歩行兵器。
「RAVEN」が、自身をインストールする「動く筐体」として設計・製造したとも言われる、知的自律型ロボット。
 各国に残された映像や被害状況などから、全高六メートル、重量九トンと推定される
  二足歩行で移動し、人間の出来る行動と動作は全て出来る。
 幸い、飛行能力は持たない。
 各国政府とマスコミはこれを高度知性自律型ロボット――――Very Intelligent Self Operating Robot の頭字語アクロニムで「バイザー」と呼称している。
 一節には全世界に数千体存在するともいい、ある人は数万体ではないかと推測している。
 あの機動性、武器の攻撃能力、どれもがこれまで人類が想定していた全ての兵器を上回っている。
 今全ての国で、「バイザー」に対抗する兵器を躍起になって開発しているが、未だに朗報はない。
 この本では「未確認情報で、出所不明な噂」としているが、実際にはこれまでの戦闘において、何体かの「バイザー」が鹵獲され、各国間で共同研究が進んでいるとも、あるいはアメリカ主導で秘密兵器が開発中とも言われているが、この辺は定かではない。
 しかし、何故「RAVEN」は人類を削減するという答えをだし、それを実行したのか。
 これにも幾つか説がある。
「RAVEN」を操作する側が失敗した、という説、製作段階でプログラム内に深刻なバグがあったという説、はては作動中の「RAVEN」の配線をネズミが噛んだ、重要な回路にゴキブリが挟まった、という珍奇なモノもある。
 意外に真相に近いのではないか、と省吾が感じているのは「「RAVEN」の精神年齢」という説だ。
 知識と推論能力は人類総体より遙かに高い「RAVEN」だが、その最後の思考の選択を行う「人格」の情操教育に失敗した。
 このため「RAVEN」は単純に人類に対する情愛を欠いた結論を下した、というものだ。
 この遠因となったのは「RAVEN」を開発した八人の技術者のうち、最も若い人物の死が関係している、とその説の主張者は書いていた。
「RAVEN」に関わる人間の情報は、当初はその悪用を防ぐ為、現在はその命を危険にさらさないためと「RAVEN」への対抗手段を維持する為に完全極秘事項に指定されている。
 だから、はっきりした事実や人物相関は不明だが、「RAVEN」の開発現場にいたと称する人物たちが口を揃えた「その人物の死が『RAVEN』の情操教育に遅れを生じさせた」と証言している。
(まあ、そうだとしたら、俺達は中二病患者にあそこまでやられ続けてることになるが)
 苦笑する気にもならず、省吾はページをめくる。
 なぜ、人類は「バイザー」の製造を見逃してしまったのか。
 これには裏事情がある、と本の作者は語る。
 本来、「バイザー」は各国政府に提案された「最終調停装置」だったというのだ……早い話が、国連軍に変わる「バイザー」軍による世界治安の維持。あるいは紛争解決を目指した、と。
 特に省吾があの現場で出会った青い角の「バイザー」は「ヴェガ」と呼ばれ、「RAVEN」そのものをその機体内部に収めているのだという。
 実際には今、「RAVEN」が何処に存在しているのかは不明である。
 恐らくその青い角のバイザーの、どれか一体の中に納められて、あるいは分散してどれが破壊されてもすぐに復活出来るようにして、なおかつ移動を続けている、と国連もこの本の著者も示していた。
(あり得ない話じゃないな)
 省吾は思う。
 アーマースーツ部隊が「自衛隊の意地」と言われたのは公安警察と文科省が共同開発で「大型ロボット警察」「ロボット軍」を作ろうとしている、という噂によるものだと、一度小耳に挟んだ覚えがあるからだ。
 本によれば、自衛隊とアメリカ国防省に「RAVEN」の叛乱を探り当てた人間がそれぞれいた――――あるいはイスラエル、中国もありえる――――どちらの上層部も、その報告を容易に信じず、さらにことを察知した「RAVEN」が叛乱スケジュールをくりあげ、「RAVENの叛乱」当夜までには殆どのバイザーがロールアウト、各国軍隊を殲滅に動いた。
「ただし」
 と本は続ける。
 スケジュールを繰り上げたことでバイザーは「RAVEN」の「必要絶対数」を満たせなかった上、数々の製造途中だった物の完全消去にはいたらず、研究のために施設外に持ち出されていて難を逃れたもの、前述の自衛隊とアメリカ国防省の人間によってUSBメモリドライブに移されていたものなどが残り、後に「RAVEN」の捜索や活動阻止の鍵になるのではないか……。
 そしてそれを統括し、運用しているのが最近になって発足した「反バイザー同盟」ではないか。
 と本は結んでいた。
(本当に、そんなものが残されているなら有り難いんだが)
 あれから八ヶ月、閑職に回されているせいもあるのであれこれ調べて見たが、「RAVEN」に関する情報は自衛隊内に殆ど流れては来なかった。
 省吾の周辺では、何よりも「RAVENの叛乱」の惨敗で、アーマースーツ部隊が解散するかどうかという瀬戸際だったというのもあるのだろう。
「しかし、反バイザー同盟サービス会社アンチ・バイザー・アライアンス・サーヴィスか……」
 また頭から本を読み返しながら、省吾は呟いた。
 これから、自分が出向する先の組織である。
「ビッグフォー」と呼ばれる世界四大ロボティクス企業が盟主となって結成した、国際企業間同盟。
 自社工場をハッキングされ、バイザーの製造に悪用されてしまった彼らが、その責任を取るべく結成した組織だ。
 Anti Visor Alliance。別名AVA。
 ここの指揮下に存在する組織が反バイザー同盟サービス会社、略称AVAS。
 頭字語として「アーヴァス」と称するマスコミもある。
 バイザーとRAVENを生み出した責任を「サービス」と称することに未だに猛然たる反発があり、非公式ながら「バイザーフォース」の名前が冠されている。
 調査部、技術部、防衛部、救済部の四部門に分かれており、各部の長をビッグフォーの、四人のCEOが勤める四頭政治テトラルキアで運営。
 カリフォルニアにあるラグナレイ本社ビルの一フロアを借りて業務を行っている。
 実質的な社員は二〇〇人程度。
 半数はビッグフォー各社から派遣されたスタッフで、残りは現地採用の従業員(正社員)という構成だ。
(つまり俺は現地採用の従業員ですらなく、さらに自衛隊からの出向者、ってわけか。どれくらい中抜きされてるんだろうな)
 思わずそんな、バカでしみったれたことが脳裏をよぎる。
 あの夜から省吾の中で、「RAVEN」と「バイザー」どもに対する憎悪の炎は揺るがない。
 だがあれから八ヶ月近くが過ぎても、なにも世界は変わらない。
「RAVEN」が「バイザー」を使って行うテロ活動は「犯罪」と呼ばれる程度に止まり、国家間は連携が取れず、世界では紛争が終わらない。
(「RAVEN」は紛争なんかしている場合じゃない脅威なんだ)
 その思いだけが膨らんでいく。
 このまま自分たちは十分に力を蓄え、計画を練った「RAVEN」と「バイザー」たちに滅ぼされてしまうのではないか、と。
(反バイザー同盟といっても、ビッグフォーが世間体を取り繕うためのお飾りな組織かもしれない)
 そもそも、異様な帯電体質を持った自分が、そんなところにいっても役に立てるとは到底思えない。
(いっそ自衛隊を辞めて、アメリカにでも渡ろうか)
 陸曹まで階級が上がっているから、そこそこの退職金も出る。
 アメリカには民兵などがいて、また独自に武器を作っては国防省や外国に売り込む連中も多い。そういう人々に声をかければ……
(いやいや、そんな夢物語はない)
 頭を振って、自分の子供っぽい思いを振り払う。
 兵器の、しかもかつてない兵器に対抗するだけの兵器を開発するためには、大規模な設備と人員が必要だ。
 完成された機能を持つ、「超兵器」を個人が作る、ということは、現実にはほぼあり得ない。その基礎理論や構造を生み出すことがあるだけだ。
(つまり、AVASやバイザーフォースが見かけ倒しのハリボテでも、俺はそこにいくしかない、ってことだよな)
 辞令を受けてから、ずっと考えていた事に結論をつけると、省吾は二冊目の本を取り出した。
 こちらは頭を使わないで済むアクション小説だ。
 読み始めて数十分たつと、終点を告げるアナウンスが聞こえて来た。


(つづく)


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