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第二章・白銀の巨人(3)



 二重になった塀の周辺に、保安部隊別班は橋頭堡を確保した。
 付近の道路の下からは防御用の各種装備がせり出してきて展開している。
 その中には五〇口径の機銃や二〇ミリバルカン砲もあれば、「バイザー」たちの進路障害になるように設定されたコンクリートの障壁、さらにセラミックと鋼鉄を合わせた複合装甲の壁も含まれる。
 半円を描くように障壁と壁は展開されている。高さは二〇メートル。
 これまでのデータから推測すれば、さすがに「バイザー」たちもひと息に飛び越えるには難しい高さだ
 背中にはAVASのビルがある。
 そのビルも液晶パネルの表示を複雑なデジタル迷彩に変更し、入り口には巨大な隔壁とシャッターが降りていた。
『敵、総数十三、麓からこちらまで真っ直ぐに走ってきます……やはり正面の林を突っ切るつもりですね……僅かに林の中に整地した道路を作った甲斐がありました』
 ビルの地下深くにある指揮所から指示が届く。
「こちらの予想より五体ほど少ないですね」
「それも予想されていることだ。望月!」
 猟子は告げてビルの屋上に待機している部下に連絡した。
 屋上には対空砲が三門設置されている。
「そっちは準備できたか?」
『三○キロ先に大型ヘリ! 国内にはあり得ないものです!』
 猟子のHUDにヘリの進路図が投影される。
 五機、大きく旋回するようにしながら近づいてきている。地上部隊とは時間差攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。
 AVASの予測では、空中からの襲撃が先で、地上部隊はわずかにタイミングをずらして殺到する筈とされていた。
「演習通りに行動しろ。有効射程圏内に入り次第射撃開始。そちらのタイミングで」
『了解!』
 屋上の旋回砲塔が動く。
『地上の敵、あと一分で敷地内に侵入』
「総員に改めて告げる」
 猟子は声を張り上げた。
「撃ったら逃げろ! 絶対反撃を喰らうな! 我々と我々が装着したアーマースーツの価値を忘れるな!」
『こちら司令室、地上部隊の速度があがりました……航空部隊より先に接触します!』
 障壁に何かがぶつかる音が聞こえた。
(こちらの手の内を読んだか)
 航空部隊と地上部隊の襲撃時間を入れ替えたらしい。
「了解。聞こえたか、総員、地上部隊に備えろ!」
 やがて、塀の向こう側に土煙が見え、同時に独特の足音が聞こえ始めた。
 地響きはない。
 この建物とその周辺は災害に備えているため、周囲から切り離されており、地下からダンパーで支えられているため、震度七の地震までは小揺るぎもしない。
 全員が背中から伸びるアームに固定されたベルト弾倉式の連射式擲弾筒グレネードマシンガンを手に取った。
 同時にアーマースーツの群れはゆらゆらと揺れ始める。
「RAVEN」の制御する「バイザー」の回避運動に対抗する為の運動プログラムである。
 これで命中率がゼロから五%に上がる。
 一〇〇発撃って、五発。
 グレネードマシンガンの発射力は一分間に一〇〇。
 つまり、一人が「バイザー」一体に一〇〇発撃てる可能性自体が、限りなく低い。
 それでも彼等は戦う。
「総員、気合いを入れろ!」
 津島省吾と同様、彼等もまた「RAVENの叛乱」の夜を生き延びた者たちであった。
「チャフ! スモーク!」
 猟子の合図に従い、「バイザー」のセンサー類を攪乱するためのチャフとスモークが背後の機械からまき散らされる。
 障壁に何かがぶつかる音が聞こえた。
 コンクリートの壁の彼方からレーザー砲の稼動音。
「レーザーが来るぞ! 総員、セラミックシールドの陰に隠れろ!」
 先陣のアーマースーツたちが、地面に設置していたセラミック製のシールドを引きあげてその陰に隠れる。
 屋上で対空機銃が咆哮をあげる。
 


 大悟は省吾を連れて、地下深くへと潜っていった。
 行き着いた先は頑丈そうな扉だ。
 大悟は首から提げていたカードキーでそれをあけた。
「もうふたつほど開ける扉がある、扉はすぐ閉まるから、俺の後ろを離れるな」
 言われたとおりにすると、確かに扉はすぐに閉まった。
 中に入ると、左にかなりズレたところにまた別の扉があった。
(侵入者を直進させないための知恵か)
 省吾は即座に悟る。
 さらに指紋でそれを開けると、今度は右に数メートルずれて扉があった。
 今度は眼紋認証だ。
 背中を小さく丸めて大悟が扉を解除する。
「そろそろ説明していただけますか、自分に……」
「しゃちこばるな。これから君は命を賭けて貰う。俺は君が思っている以上に酷い人間だ。おれ、手前ぇで十分だよ」
 大悟は眼紋認証のための視線追尾を行いながら答える。
 礼節を重んじる教育を徹底される自衛隊員にはかなりキツイ話だ。
 ぴ、と音がして扉のロックが解除され、重くて分厚い扉がゆっくりと開く。
「……?」
 中は格納庫だった。
 トラスも鉄骨も剥き出しで、キャットウォークが壁に沿って走っている。
 天井はかなり高い。
 薄暗いライトが一条、壁へと投射されている以外、よく分からない。
 ただ、闇の彼方にかなりの質量があることは、省吾には判った。
「それに乗れ、乗ったらヘルメットを被れ」
 省吾が見回す間に、壁際の棚に歩み寄った大悟が、奥を指差した。
「それ?」
 答えず、大悟は棚の隣のレバー型スイッチを上から下へと押し下げた。
 がちゃんと音がして天井に並んだライトが一斉につく。
 省吾は僅かな間その光に眼を細めたが、すぐに先ほどの自分の直感が間違っていなかったことを確認した。
 そこには巨大なトレーラーが数台並んでいる。
 うち、一台がこちらに荷台を向けて鎮座していた。
 荷台のハッチが開いていて、中に奇妙なものが見えた。
 黒い球体。
「Valkyrie」と白い、味も素っ気もない書体で文字が塗装されている。
「こりゃなんだ?」
 さすがに何の説明もないので、苛立った声を省吾があげると、黒い球体の表面にH型の分割線が走り、圧搾空気の抜ける音とともに、それがぱっかりと上下左右に開いた。
「いったいなんだよこのトレーラーは! そろそろ教えろ!」
 叫ぶ省吾に、
「総体としてはリモートコックピットだ」
 しれっと大悟は答えた。
「なんだそりゃ?」
 大悟は壁に設置されたロッカーを指紋認証で開けると、中から巨大なレーザーガンのようなものを取り出す。
 まるで弾倉のように、大型のバッテリーをその中に叩き込むようにしてはめ込むと、側面のパイロットランプが点灯した。
「お前と我々の切り札とを繋ぐ装置だ」
「意味が判らん、それよりもそいつ、まさかレーザーガンじゃないだろうな?」
 省吾の後半の質問には答えず、
「乗れば判る……中に入ったらこれを差し込め」
 そう言って大悟は白衣のポケットから黒い持ち手部分のある、厚めのアクリルで出来たような細長いものを放り投げた。
 これも省吾は難なく受け取る。
 見てみると幅は三センチ、長さ自体は十センチ弱ほどで、持ち手部分から一段薄い半透明のアクリルのような樹脂で出来た板が出ていて、角は丸められている。
 しかもアクリル自体には何か線と丸で出来た複雑な凹凸がびっしりと彫刻され、内部に回路らしい細い金色の線が走っている。
「っていうか、あんたが持ってるそいつは武器じゃないのか?」
「ああ、だが俺達の武器はお前だ。とにかくそいつに乗り込め、説明はそれからする
「……」
 子供だったらここでカンシャクの一つも起こす所だが、生憎と津島省吾は自衛官、それもかなり理不尽な命令や要請にも従うことを骨身に染みた男だった。
(これで何も起こらないならこのデカブツをぶん殴ってやる)
 そう思う事で割り切った。
 言われたとおり球体の中に入る。
「おい、これ……」
 中の灯りがついて、球体の中にアーマースーツのフレームのようなものが、天井部分からアームでつり下げられている。
 中には僅かな注意書きが英語と数字で描かれているほかは何もない、殺風景な中身だ。
「アーマースーツのフレーム」のようなもの、というのは腕の先はフリーではなく、ゲーム用マウスのようなものが装着されていたし、爪先はペダル状になっている。
「おい!」
 さすがにそろそろ堪忍袋の緒が切れそうだったが、非常時だ、と自分に言い聞ヘルメットを被った。
 被れ、と言われたヘルメット部分もまた天井から太いケーブルとアームでつり下げられていた。
 今は前の部分が開いているが、本来は完全に頭部を覆うタイプで、後頭部と前の部分が閉まると完全に閉鎖される。
 外を見るためのゴーグル部分はない。
 アーマースーツのものよりひとまわり大きな全方位型HUDが内蔵されているらしい。
 とりあえず被ると、うっすらとコックピット内が見えた……暗視装置でも内蔵されているようだ。
『お前の元の職場で使ってた道具と使い方は大体同じだ――――何してる、早くそのメットを被ってキーをしっかり握り締めたら、鍵穴に突っ込んで回転させろ……ああ、そうだ少しビリっと来るかもしれんが、気にするな』
 大悟の声がヘルメット内のスピーカー越しに聞こえ、
 納得は出来ないが「やれ」と言われれば今はやるしかない。
 省吾は鍵を握り締めた。
 一瞬ぴりっと掌に静電気が流れたような気がしたが、それだけだ。
 だが、何かが「変わった」気がした。
 射撃訓練の時、操縦訓練の時、突破できなかった「壁」を乗り越えた瞬間のような。
『よし、認証が済んだ。スパイナルインジェクターに鍵を差し込め。まだ回すな』
「スパイなるインジェクター?」
『このシステムのことだ……あー、いや、鍵穴だ、鍵穴に差し込め、差し込むだけだ、今はまだ回すな』
「そう言え! 技術屋ってのはすぐ説明無しに横文字並べやがって!」
 言われるままに鍵を省吾は鍵穴に差し込んだ。
<体温・ベクターα型電流感知・システム起動準備開始>
 と画面いっぱいに表示が出た。
『やはり、早速起動させたか!』
「どういう意味だよ、おい」
<VRID確認・あなたは津島省吾ですか?>
『はいと答えろ、音声入力だ』
「はい」
 すると画面に<パスワードを音声入力>と出た。
『仮パスワードを言え「ヴァルキリー・ウェイクアップ」だ』
「了解。『ヴァルキリー・ウェイクアップ』」
<パスワードを確認。キーを作動させて下さい>
「鍵をそのまま握り締めて、パスワードのビットパターン……いや、気合いを込めろ」
「気合い?」
「説明が面倒くさい、とにかく俺や敵への怒りを込めて握り締めろ」
「ぶっ壊れても知らねえぞ!」
 省吾は鍵穴に刺さったままの鍵を握り締めた。
 眼を閉じて、感情を高ぶらせる。
「こなくそ!」
 握り締めた瞬間、鍵に何かが「疾る」のが判った。
 自分の中から迸る輝き。
 そして、何かが省吾の中に「戻って」来た。
 その「戻って」来た何かに突き動かされ、省吾は鍵を回した。
 僅かな抵抗がある。古い、ガソリンエンジンがかかる時のような手応えに似ていた。
結合完了エンゲージド
 という渋い男の電子音声が響いた。
『一発でエンゲージしたか、大したもんだ』
 誉めているのであろう大悟の感慨深い声が聞こえてくる。
『キーをアクティブにしたか?』
<モード:アクティブ>
 VRスクリーンに表示が出た。
「たぶんな」
 そう答えるしか省吾にはない。
 静かなモーター音と、圧搾空気が充填される時の音が響いた。
 球状ハッチの出入り口が閉まったのだ。
「!」
 振り向こうとすると不意にコックピット内の風景が消えた。
 一瞬の後、別の、もっと出力の高い高感度センサーから送られてくると思しい暗い、倉庫の中の画像が全面にVR展開された。
 同時に手足がフレームに拘束され、ゆっくりと縮められる。
『メインハーネス正常。視覚、聴覚センサーのエンゲージ良好。マスターコンパス及びレーザージャイロに異常無し。』
 女の声が唐突に割り込んできた。
『スタビライザー正常、トラクションコントロール良好。電磁ブレーキ、及び電磁クラッチに異常無し。電磁アクチュエーターの圧力正常、全ソレノイドバルブに異常なし』
 さらに大悟とは違う、若い男の声も入ってくる。
「な、なんだ? なんだ? お前等は誰だ!」
『抵抗するな、スパイナルインジェクター……いやフレームが壊れる』
 大悟に言われてされるがままにしていると、床に片膝を突いてうずくまる姿勢にされた。
 そして
『全装備装備類チャージおよび再点検終了!』 
 先ほど割り込んできた男女が声を揃えて宣言する。
「ここは……どこだ?」
 今、省吾がいる格納庫とよく似ているが、ぐっと天井が低く、床も鋼板で覆われている。
 なによりも視点が少々高い。
『立ち上がってみろ。ここから先は基本、陸自のアーマースーツと操作は同じにしてある』
「お、おう」
 口調がざっくばらんになっていたが気にしているヒマはない。
 ゆっくりと立ち上がる。
 僅かな抵抗はあったが、動きは楽だ……同時に少し違和感がある。
 自分が考えて動くよりも少しだけ早く、フレームが反応している気がした。
 そして、気付く。
 立ち上がったとき、省吾の視界は天井ギリギリにあった。
 手を見てみる。
 真っ暗な中、補正された視界が自分の手の形を見せてくれる。
 機械の腕だった。
 機械の指だった。
 見下ろせば、機械の両脚と、下腹部が見えた。
 装甲に覆われている。
「これは……」
 省吾は理解した。
 自分が巨人の視点をもっていることに。
 それもただの巨人ではない。
 機械の巨人だ。
 あの夜、自分を救ってくれた白銀の巨人を思い出した。
 アーマースーツを改造したような入力装置を使って、自分は巨人を動かすことが出来る。
『三歩先にある台の上まで歩いてみろ』
 視線の先には確かに円錐の台が見えた。
 やってみる。
 ずしん、ずしんという音、微細な視界の揺れはない。
 どこかで補正されているのだろう。
『状況は理解したか?』
「俺は『バイザー』を操作してるのか?」
『ああ、だが、ただの「バイザー」じゃない。俺達の切り札「ヴァルキリー」だ』
 その瞬間に砲撃と爆発の轟きが足の裏とヘルメット内のスピーカーから近く、そして遠く聞こえて来た。
『お前の周囲の騒音や震動をカットする。これからはお前が「ヴァルキリー」になる』
 大悟の言葉のすぐ後に省吾の身体に感じていた「近い」震動や音は消え、「遠い」ものだけになった。
(ということはこの「ヴァルキリー」は俺のいる場所とは違う所にいるのか)
『では武装をつける。装甲を破壊出来るレーザー砲……レイドレイザーが使えれば良かったが、メンテが終わっているのが近距離武器のスパークドライバーしかない、切断は出来ない打撃武器だ、やれるか?』
「双棍術は餓鬼の頃から叩き込まれてる!」
 省吾は小学校?高校時まで、古武術系の道場に出入りしていた。
 実践的な流派で、両手、ないし片手に棒をもち、激しく打ち合うもので、生傷が絶えなかったが、その分、身体には有効な動きとして、そして戦闘時には果断を躊躇せず、無駄を排した思考回路となって血肉となっている。
『そうだったな……では装着するぞ、両腕だ』
 円錐形の台の左右から、金属のアームに支えられた武器がやってくる。
 小さなマニュピレーターが動いて、それを省吾……「ヴァルキリー」の両腕に装着した。
 微かな重量がかかる感覚が省吾にも伝わる……フィードバックだ。
「アーマースーツとほぼ操縦が一緒と言ったが、差異の部分はどうすればいい?」
『実地指導だ。、それとも陸上自衛隊の辞書には臨機応変という言葉はないか?』
「『適当にやる(※一種の軍隊用語・いいかげん、という意味ではなく的確にことに対処する、という意味)』という言葉が旧軍のころからあるさ――――で、この武器はどう使う?」
『そいつはスパークドライバーという打撃武装だ。対象を叩き壊すための武器だな』
「電撃棍棒、ってところか」
『いいな、電撃棍か』
「使用制限は?」
『今の所、無限だと思って構わん……装甲に叩きつけても無意味だ、関節を狙え。あとは保安隊別班が始末してくれる』
「ところで聞きたいが、この周辺に映ってるのはどこだ?」
『考えるな、飛んでみろ! 飛べばわかる!』
「アクチュエーター問題無し、起動効率九十九%、凄い! バイザーライダーとしての才能がありすぎます!」
「誉めてんのか、それ?」
『誉めてますよ、バイザーライダー!』
 大悟ではない若い声が割り込んできた。
 先ほど、どこからか聞こえて来た若い男女の声の片方だ。
「誰だ?」
『「ヴァルキリー」のサージカルエンジニアです。バイザーライダー』
 大悟が慌てないところを見ると、味方なのは間違いないのだろう。
「バイザーライダー?」
『お前のことだ、通信中名前は呼べないからな、俺や、彼等彼女らの名前も同様に教えられない』
「なるほど」
『現状は、保安隊と保安隊別班が敵「バイザー」の侵入を阻止するために戦闘中です。開始して今三十秒。三分以内にあなたと「ヴァルキリー」が出なければ全滅します』
 こちらはもう片方、女性の声だ。
「いやだ、と今さら言うと思うのか?」
 省吾はヘルメットの中、獰猛な笑みを浮かべた。
「だが、断っておくが俺は帯電体質だ、この精密機械がぶっ壊れても知らねえぞ」
『そこを見込んで君を選んだ』
 それで少し理解する、先ほど鍵を握りしめた時の「なにか」の意味を。
「壊しても弁償はしないぜ」
『壊すぐらいの出力があるなら大歓迎だ』
 大悟はあっけらかんと言った。
「言ったな、後悔するんじゃねえぞ!」
 気がつくと、省吾は自分がますます獰猛な笑みを浮かべていることに気がついた。
 だが引っ込める気はない。
 あの夜から半年以上、ずっと振り払えないでいた悪夢を、直接この手でたたき伏せる日が来たのだ。
(つづく)


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