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第一章・二週間後、さらに八ヶ月後の朝

 地下道にライトが設置され、その人型兵器を照らし出した。
 白銀の装甲はライトを照り返し、暗い、中止された地下鉄工事の現場を照らし出す。
 工事現場には、数十名の男女が蠢いていた。
 人の吐く息が白い。
 全員の顔に緊張があった。
 その殆どが「フジサキ重工(株)」の縫い取りのある上着を着用している。
 ヘルメットを着用しているのはともかく、中にあからさまに体型が違い、その上着がお仕着せだと判る男たちが、二十ミリ機関銃を構えている、というのが異様だった。
「まるで、白銀の巨人だな」
 その二足歩行兵器を見上げて、誰かが呟いた。
「「RAVEN」の叛乱」と呼ばれる夜から二週間が過ぎている。
 白銀の巨人と呼ばれたその二足歩行の兵器は、肘を直角に曲げた両手をあげ、ゆっくりと現場の中央に設置された鉄骨と様々なワイヤー、巻き揚げ用のモーターが組み合わさった「フレーム」へと近づいていき、その中に入る。
 わずか二時間の突貫工事で作られた「枠」の上にいる男たちが、ワイヤーをその巨人の各所に引っかけ、あるいは輪状に縛る。
「固定準備ヨロシ!」
 枠の上から大声が飛んできた。
「再確認!」
 地上にいる男が声を張り上げると、枠の上の男たちは慌ただしく、自分たちの作業の点検を行った。
「再確認ヨロシ!」
「総員待避!」
 枠の上の男たちは落ち着いた、しかしテキパキとした身のこなしで枠からおり、遠ざかった。
 白銀の巨人はそれを見届けたかのようなタイミングで、全身から一気に力を抜いた。
 ワイヤーがぴん、と張って、「枠」がしなる音を立てる。
 全員が息を呑んで、ライトに照らされた白銀の巨人を見つめる。
「動力反応無し!」
「システムハウリング、量子移動、感無し! 対象、完全停止しました!」
 全員が安堵の溜息をついた。
「……どうやら無事にメンテナンスフレーム、役割を果たしたようです」
 枠の上の男たちに指示を飛ばしていた職員が安堵の溜息をついて、側に立つ巨漢に報告した。
 身長は一九〇センチ近い。
 肩幅が広く、胸板が厚く、「フジサキ重工(株)」の最大サイズがはち切れそうな程に鍛えられた身体は、技術者と言うより軍人……あるいはなんらかの格闘技の選手である、と言われたほうが納得出来るだろう。
 顔立ちは二枚目風だが、精悍さが勝っている。
「ビクともしないし、サイズもピッタリだ。ありがとう、島津さん」
 そういって巨漢は頭を下げた。
「お役に立てて嬉しいですよ、私らみたいな溶接屋の腕を見込んで、なんて仕事もう来ないと思ってましたからね」
 そういって島津と呼ばれた男は笑った。
「支倉さん、でもこれからどうするんですか?」
 支倉、と呼ばれた男……支倉大悟はせくらだいごは薄い笑みを浮かべて天井を見上げた。
「そこは上層部うえの判断次第、ってとこですね」
 そう言いながら、大悟は白銀の巨人に目をやった。
「……」
 まるで久々に会う肉親を見るような眼で、大悟は巨人を見つめた。
 そのヘッドセットに、通信が入る。
『聞こえているかね、支倉君』
 かっちりしたアメリカ英語が聞こえて来た。
「はい、感度良好です」
 大悟は典型的なピジョンイングリッシュで答えた。言葉はちゃんと通じればよい、という考えだから、この辺彼は物怖じしない。
 別の声が入る。
『対象は無事に確保●●したか?』
 こちらはややオックスフォード訛りの入ったアラビアの響きが混じる英語。
「はい、無事に保護●●しました」
『どう思う?』
 最初の相手がカマをかけてきた。
「そちらはどうお考えですか?」
『操り人形を逃れた個体が、ひとりでいるのに不安になって、操り人形になりたいと戻ってきた……というには少し皮肉が過ぎる。君の素直な意見が聞きたい』
「現状ではなんとも」
『信用出来るのか?』
 それまで黙っていたひとりが、大悟と同じ日本人らしいピジョンイングリッシュで会話に入った。
『あなたの直感でいいわ』
 最後のひとり……女性だ……が見事なクィーンズ・イングリッシュで訊ねた。
 大悟は二秒考え、答えた。
「出来ます。あれは弟が残した、善の心の集大成です」
『なら始末は君がしたまえ』
 大悟の背後に、先ほどまで機銃を構えていた「出向社員」が大きなガンケースを開いて差し出した。
 中にはポンプアクション式の散弾銃が入っている。
『中にある電磁弾頭を中枢システムに撃ち込めば、「RAVEN」の欠片は完全に消滅する……その外殻は重要だが、中身は不要だ』
 ピジョンイングリッシュの男が命じた。
 他の三人が意外そうな反応を示す。
「わかりました」
 言って、大悟は銃を手に取った。
 手慣れた手つきで先台を操作し、最初の一発を装填する。
 そして、猿のようにするすると白銀の巨人を固定したフレームの上に登った。
『だが、こいつのAIを破壊したとして、どうやってこれに乗るパイロットを見つける?』
「パイロットは乗りません。報告書にもある通り、遠隔操作です」
 大悟に躊躇はなかった……「RAVEN」の叛乱に関して、まだ何も判っていないに等しい。
 この白銀の巨人は貴重な存在だが、これ自体が人類へのトラップではない、と断言出来る確証は何処にもなかった。
「AIの代わりを人間が務めるには限界がありますが、そこはシステムが補います……ただし、それには特殊な人間が必要です」
 いいながら大悟は、うなだれたように動かない白銀の巨人の首の付け根にあるメンテナンスハッチのハンドルを回し、さらにふたつの装甲板を放り棄てる。
 中には沈黙し続ける巨人の「脳」が納められている。
 小型の量子コンピューター……球状のシステム。
 大悟は、そこに銃口を突っ込んだ。
 破片が飛んでくることを考えて顔を背けるようにし、なるべく身体と銃を放すようにする。
 引き金に指をかけた。



 あの「レイブンの叛乱(※国内のマスコミは何故か意地になってRAVENの表記を使いたがらない)」から、八ヶ月が過ぎようとしていることを、津島省吾は、住んでいるアパートから出勤する途中の風景で知った。
 駐屯地が借り受けているアパートの周辺に、昨日まではなかった、ハロウィンイベントを報せるポスターが、町のあちこちにベタベタと貼られている。
(もう、半年以上になるのか)
 自転車のペダルを漕ぎながら、省吾は乾いた感慨をおぼえた。
 あの夜のことは未だに忘れられない。
 部隊は結局再編されたものの、省吾はあの夜のことがトラウマになったのか、やっかいな体質になった。
 異様な荷電体質である。
 以前は装備した電子機器の挙動がおかしくなる、という程度だったものが、今はちょっと感情が動いただけで必ず電子機器が壊れるようになった。
 今やスマホは三台目で、それも分厚いゴムのケースで覆われている。
 お陰で音声入力にも慣れた。
 仕事もアーマースーツのテストパイロットではなく、書類業務だ。
 それもゴム手袋をしてのパソコン操作でさえ感情が激高すると「何故か破損する」ため、書類倉庫の片付けの日々である。
 自衛隊といえども役所、昭和の頃から積み重なった数多の書類が、かつては64式戦車の整備場であったという、広大な倉庫に山と積まれている。
 その中身を点検し、一覧を作り、箱に貼り付け、年代順に並べていくという過酷な作業を、この半年あまり、省吾はやっていた。
 最初はその膨大さに気が遠くなりかけたものだが、毎日の作業のおかげで、倉庫の七割は整理が終わった。
(とはいえ、今年中にこれが終わっちまったら、次はなにをすりゃいいんだ?)
 普通科連隊に戻ることも考えているが、一度特戦群に入ったら、任務に外れても二年は復隊できず、どこかで個人の持っている情報が古くなるまで暇を潰さねばならない。
(この分だと厨房に回されるかもなあ)
 料理自体は嫌いではない。すくなくとも、電子機器に触れて壊す心配は今の仕事よりも低くて、かつ紙埃にまみれる辛さはないだろう。
 そんなことを考えながら、駐屯地の駐輪場に自転車を停め、ロッカーで着換える。
 廊下に出ると、同じ部隊の仲間で、先週退院したばかりの男が「辞令が出てるぞ、津島」と深刻な表情を浮かべて知らせてくれた。
「辞令?」
「お前、出向扱いになってる。とりあえず上條三佐のところへいけ」
 言われて部隊の指揮官である上條三佐の執務室へ向かいながら、廊下の掲示版を見ると、なるほど辞令が張ってある。
 今日の日付が最初にあって、
「津島省吾陸曹
 右の者、本部隊より出向を命ず」
 とあって、どこに行くかの表記はなく、明日から、という日付が素っ気なく記されているだけという妙なものだった。
(イタズラか?)
 一瞬そう思ったが、最後に押されたハンコは間違いなく駐屯地司令官のものと、上條三佐のものである。偽造したなら軍法会議どころの騒ぎではない。
 首を捻りながら執務室をノックし、秘書官に辞令の件を告げると、あっさりと中へ通された。
「津島省吾陸曹、辞令の件で参りました!」
 敬礼して言うと、
「来たか、津島」
 半年前の心労で三ヶ月入院し、げっそりと痩せた上條三佐は笑みを浮かべ、執務机の前に並べられた応接セットを省吾に勧めた。
「変な辞令だろう?」
「はい」
 素直に頷いた。
 秘書官がお茶を持って来る。
「出向先がない、というのは初めて見ました」
「どう思う?」
「クビでしょうか? それとも民間で言うところのタコ部屋送り、ということでしょうか?」
 素直にそう言ったが、同時にそれはない、とも思う。
 今の部署に移るときでさえ辞令にはちゃんと「倉庫整理係」という文字があった。
「実を言うとな、民間への出向なんだ」
「?」
 なら普通にその企業名を書けばいい、あるいは自衛隊との共同部署の名前を。
「実を言うと、お前の行き先はあまり公には出来ない。だがお前は絶対に断らない部署だと思う」
「失礼します三佐……自分には理解出来ません。どういうことでありますか」
「アンチバイザー同盟、って知ってるか?」
「はい、存じております」
 頷いた瞬間、軽い驚きが省吾の中に走った。
(まさか、こんな形で願いが叶うなんて……)
「あのAI野郎をぶっ壊すために設立された民間組織と聞いております」
 だが、わざと先週発表された新聞記事に載ってる以上の事は言わなかった。
 省吾の答えに上條は頷いた。
「ああ、民間組織だが、対抗する相手は物騒極まる、そこで自衛隊から人をやって、システムとかの扱いはお前がやると言うことだ」
「自分以外には何人が?」
「お前だけだ。少なくともウチの駐屯地からは」
「武器インストラクター、ということでしょうか?」
「わからん、とにかくお前をアンチバイザー同盟に出向させろ、としかいわれておらんのだ」
 むしろこちらが聞きたい、という視線で上條。
「お払い箱、ですか」
「どう思うかはそっちの勝手だ。だが任務は任務だ……現地で聞くしかあるまい。つまり、お前を呼んだのはそういう理由だ」
「つまり、わからないことしか、わからない、と?」
「そういうことだ」


(つづく)


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