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第二章・白銀の巨人(4)



 真っ昼間、障壁をぶち破り塀を乗り越え「バイザー」の集団が殺到してきた。
 防御壁も銃器による攻撃も、全く無駄のない動きで避け、蹂躙していく。
 セラミックの防御盾と、アーマースーツでなければ、一瞬で全滅していただろう。
「焦るな! 怖れるな! 狙い続けろ!」
 猟子も叫びながら武器を振るう。
(予想では、接触後、我々が壊滅するまで三分、だったな)
 まだ一分しか経過していないが、部下は全体の一割を失おうとしている。
 敵の射撃システムが驚く程早くこちらの動きに対応していた。
 同士討ちを避けるのが精一杯で、それもどれだけ持つかは判らない。
 一分半が過ぎた。
(だが、それでも我々は戦うしかない)
 猟子が覚悟を決めながら、蹴り飛ばそうと襲ってくる「バイザー」の脚を避けた。
 風圧と質量が横を過ぎるが、すぐ別の「バイザー」が脚を振り下ろす。
 爪先を避けたアスファルトの地面が凹み、亀裂が走る。
 悲鳴をあげる暇もなく、アーマースーツのひとりが宙を舞うのが視界の隅に見えた。
『くそ、全滅かよ!』
「弱音を吐くな馬鹿者!」
 猟子の叫びに呼応するかのように、不意に、空が曇った。
 違う。
 影が落ちたのだ。
 思わず見上げた猟子の目に、白銀に縁取られた影が、太陽を背にして落ちてくるのが見えた。
 丁度その影は、落下に巻きこまれるのを避けた「バイザー」たちが作った広場に、アスファルトの地面を粉砕しながら着地する。
 それは、白銀の巨人。
「バイザー」たちと似た、しかし明らかに違う装甲を纏い、頭部には二本の兜飾りのようなアンテナ状のパーツ。
 両手にはスパークドライバーを装備している。
『さあ。手前ぇらに、見合った罰をくれてやる』
 これまで通信に参加していなかった、若い男の声が、狼の咆哮のように戦場に響いた。
 白銀の影は、風のように動いた。
 スパークドライバーが各関節に連続して叩き込まれ、バランスを失った「バイザー」が倒れ込む。
 どうと上がる土煙の中、
「『ヴァルキリー』、起動成功、これより実戦投入されます! フォーメーションの変更を!』
 司令室の見永舞の声が誇らしく聞こえた。
「よし、我々の勝利だ! フォーメーションV1!」
 言いながら、猟子はグレネードマシンガンの引き金を引いた。
 頭部の付け根、装甲の途絶えた場所へ連続して二発叩き込むと、確かな命中の手応えと、爆発の衝撃波が来る。
 無線越しに部下たちの気勢が伝わってきた。
(これは、勝てる!)
 改めて、猟子は確信した。
 


「バイザー」たちは混乱した。
 突如として空中から降ってきた、自分たちの「仲間らしきもの」が次々と攻撃を仕掛けてくる。
「仲間らしきもの」と表現せざるを得ないのは、その白銀の装甲の表面がもたらすスペクトル反射が、彼等のセンサー類を攪乱し、その大きさと形状以外のデータを与えないからである。
 つまり人間で言えば「ぼんやりとした影しか見えない」のだ。
 兵器として、「バイザー」は無敵だが、それはあくまでも自分たちと違う形状の兵器と自分たちより遙かに小さい人間の歩兵相手の話である。
 自分たちと同じ大きさ、同じ武器、同じ反応速度を持った相手は想定されていない。
少なくとも、この日AVAS襲撃に参加した機体に、その情報は入力されていなかった。
 瞬く間に五体の味方の関節部分にスパークドライバーをたたき込み、各部のアクションシリンダーを無力化し、バランスを失って倒れたところを人間の歩兵たちがトドメを刺していく。
 人間と「バイザー」の連携もまた、彼等の中にない状況であった。
「バイザー」は人間のように混乱しないが、予期せぬ状況の場合、「指揮官」からの指示がない限りは消極的防御に陥らざるを得ない。
 その間にも彼等の被害は広がっていく。


 新興住宅地予定地には、それなりの上下水道が完備されることになっている。
 もちろん、その完成は途中で放棄されているが、AVAS日本支部の二キロ手前の林の中までは伸びていた。
 その暗闇の中に、青い角を持った「バイザー」が潜んでいた。
 彼の頭上にあるマンホールの蓋がズレていて、外界との連絡はそれで行っている。
 先行した「バイザー」たちの、人間で言えば悲鳴に当たる通信と情報が彼にもリンクされた。
 国連の仮称では「ヴェガ」と呼ばれている機体だ。
 そして、彼は動き出す。
 その前に、その背中から一つ、小さな部品が落ちた。
「バイザー」たちの掌のパーツに見える。
 だがそこからは移動用に作られた触手状の三本のパーツと、「バイザー」の外部センサー類が剥き出しで装着されている。
 背中には不釣り合いなほど大きな「電源」を背負っている。
 それは奇妙に愛嬌のある動きで工事途中で放棄された地下水道予定の巨大なコンクリートトンネルの上に起き上がると、青い角のバイザーにひょいと敬礼をするような仕草を見せた。
 青い角のバイザーは見向きもせず、そのまま悠然と踵を返す。
 しょぼくれたようにセンサーを下に向け、トボトボとその小さな「バイザーもどき」は地下を歩き始めた。


 見永舞と特先裕治は、AVASの指揮所で、その省吾の操る「ヴァルキリー」の戦いをモニターしながら唖然としていた。
 まるで数年かけて訓練したベテランのように、省吾はつい数分前に放り込まれた「ヴァルキリー」を見事にあやつり、次々と敵を行動不能に陥らせている。
「これが…バイザーライダーの能力っすか!」
「これなら……勝てるわ!」
「まだだ、油断は禁物」
 徳広は興奮する二人に釘を刺した。
「『RAVEN』は賢い。この状況にどんな手を仕掛けてくるか判らん、周囲を警戒しろ。よりにもよって初陣、しかもこの基地内で敗北など、みんなまっぴら御免だからな!」
「あらたに一機が北西の方角から接近!」
「望遠画像出ます!」
 裕治の操作でモニターに青い角を生やしたバイザーが、道路をまっしぐらに駆けてくるのが見えた。


 突然、バイザーたちの動きに統率が取れた。
 全員が一斉に林に向けて逃走を始めたのである。
「バイザー」らしく、上半身はこちらに向けたまま、攻撃を続け、下半身は全力疾走、という人間ではあり得ない動きである。
 彼らのレーザーは無色、無音で照射されるため肉眼では見えないが、ヴァルキリーのシステムが発射のタイミングと角度からレーザーの着弾点を予測し、その軌跡を赤い光線としてVRスクリーン上に表示してくれるため、省吾はこれを舞うような動きで避け続けながら追う。
「逃がすか!」
『待て、追うな!』
 大悟の制止を振り切って、省吾は走る。
 敵が逃げ始めたときこそ、最大の打撃を与えられる、というのは指揮官でなくても知っている軍事のイロハだ。
 だが、それがタダの撤退ではない、とすぐに判った。
 そして、「青い角のバイザー」は、戦場に現れた。
 一迅の風のように。
 自分と同じ……いや、同じスパークドライバーを片手に装備している。
「RAVENの叛乱」の時、省吾の部隊を壊滅に追いやったのと同じ奴だ。
「野郎!」
 省吾の血が燃えた。
 あの時、されるがままだったが、今度は負けない。
「お前だけは許さねえ!」
 省吾の操る白銀の「バイザー」は青い角のバイザーに襲いかかった。
 だが、この青い角のバイザーは、省吾の攻撃を身を躱して避けた。
「!」
 すくい上げるようなスパークドライバーの一撃を、辛うじて省吾は身体を開いてかわす。
 装甲のギリギリを、スパークドライバーが掠める。
 飛び退いたところへ、さらに装甲に三発を喰らった。
 微かな震動と紅いアラートが点滅する。
<注意><警告>
 の文字がよぎった……どう見ても「大丈夫」ではない攻撃なのは明白だ。
「こいつ……」
 間違いなく、強い、といいかけ、省吾は言葉を飲み込んだ。
 強敵との戦闘では、喋れば負ける。


 青い角のバイザーから降り立った小型の「バイザー」は、戦闘の繰り広げられている最中、自らの身体を折りたたみ、あるいは隙間を触手状のアームで無理矢理広げ、AVASの地下ケーブルが通る場所まで移動していった。
 どこか愛嬌のある姿からは想像もつかない速度なのは、やはり小さくても「バイザー」らしい。
 縦横無尽に地下のケーブルや配管を移動し、やがて、施設の光ケーブルの一部パネルが通る埋設トンネルまでくると、その保守点検用のパネルを乱暴にはぎ取り、点検口へその触手の先を突っ込んだ。


 その小さな「バイザー」の侵入は即座にAVASの司令部に察知された。
「予想通り、アクセス来ました!」
 見永舞の報告に、徳広が
「どこから来たか?」
 と問うと、
「西四十八番!」
 特先裕治が答える。
「物理遮断開始!」
徳広の指示に、見永舞は首から提げていた鍵を目の前のコンソールパネルの一つに突っ込み、捻る。
 その瞬間遠くから破裂音が連続して響いた。。
 AVAS施設内のケーブル網がこの瞬間に少量の火薬を使用して爆破遮断され、一つだけが残される。
「疑似量子コンピューターユニットは?」
「稼働中です」
「アクセス解析!」
「今の所我々の用意したルートを進んでます。予想通り【考えすぎ】を引き起こしたようです」
「やっぱり大悟君の提案通り、ダミーを物理遮断しておいて良かった」


 戦いはこれまでとは違い、神経を使うものになった。
 どちらかの一撃が、目的の場所に当たっても、その瞬間に終わる。
 殆どの「バイザー」はこの戦いの中撤収したが、残った三体の「バイザー」がレーザー砲を撃ってくる。
 敵味方とも、「バイザー」の装甲がレーザー砲――――おそらく出撃前に大悟がレイドレイザーと呼んだものだろう――――の照射を浴びれば五秒で融解し、中の機械を破壊出来るため、省吾は背後の保安隊別班を守りつつの戦闘となる。
 場合によっては五秒以内でレーザーを受け、スパークドライバーの一撃を関節からずらして装甲で受ける。
 どれも表示される強度数字を見ながらの戦いだ。
 擬似的に表現されたレーザーの狙点表示に火花と数字が交錯するなか、省吾はめまぐるしい戦いを強いられた。
 だが、気力は満ちている。
 今、ここにいる相手を殲滅するという決意だけが、ガンガンと燃え上がっている。
 殺したいほど人を憎んだことはなく、まして機械を憎むことなどなかった省吾だが、この青い角のバイザーだけは別だった。
 完膚なきまでに破壊し尽くさねば、気が済まない。
 あの日の悲鳴、恐怖、怒り。
 全てが省吾を突き動かす。
 そして果てしない躱しあいと攻撃の交錯の中、とある一点が省吾には「見え」た。
 この角度で今、踏み込んで打ち込めば、奴の関節を破壊出来る。
 血が沸き立った。
 視界が真っ白になる。
 その先に勝利がある。
 身体に電流が走った。
「くたばれ!」
 踏み込んだ瞬間、「ぶつっ」と音を立てて全てが真っ暗になった。
「なに?」
 フレームを通じて手足にかかっていた抵抗が全て失われ、省吾は前のめりになった。
「しまった!」


 同じ頃、掌で出来た「バイザー」は、与えられたものとは知らず、用意された量子コンピューターユニットからの情報を吸収し、それを青い角のバイザーへと送信した。
 数分間、まるで身じろぎもせず宙の一点を見つめるように固まっていた「バイザー」は、やがて頭を振るようにセンサーを左右に振ってプログラムを切り替え(この「バイザー」の仕組みには様々に簡素化されているため、そういう手段を執るしかない)、逃走に移った。
 ジャンクパーツの寄せ集めのような「バイザー」ではあるが、その背中に背負った「電源」は貴重なものなのである。


「くそ!」
ブラックアウトしたヘルメットを脱ぎ捨てると、圧搾空気の抜ける音がして、リモートコックピットのハッチが開いた。
「どうなった!」
 外へ飛び出すと、完全武装した大悟がいる。
「運が良かったな、奴は撤退した」
「なんだと……追う!」
「無理だ」
「だめだ、逃がすわけには!」
 言って駆け出そうとして、省吾は目眩を起こし倒れた。
 頭の中がグラグラする。脱力感と疲労感が一気に全身にのしかかってきた。
「ムチャをするからだ」
 大悟が駆け寄って肩を貸す。
「くそ……」
「だが、はっきりしたことがあるぞ」
「なんだよ、デカブツ」
「お前のお陰で俺達は反撃できる――――『RAVEN』に対してな」
 にやりと大悟は笑った。

『バイザーフォース・中編』につづく


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