【最終話】対戦車の星(その9)

「荒川瑠心 様」から始まる手紙が荒川の下駄箱に入っていた。

 達筆なペン字で書かれたその手紙には杉村の、ある馬鹿げた決意が書かれていた。
 杉村は今日は体調不良かなにかで午後から帰っている。
 その帰りぎわに下駄箱に入れていったに違いない。

 メモフォンにメールを送ればいいのに、杉村は頑固に手書きにこだわる。
 ああいうのが嫌いなのだ。
 親世代が使っているスマホで躓いた杉村はその後継であるメモフォンももちろん使わない。

 手紙の中身はこうだ。
 
 どうしても対戦車マンになりたい。だから、考え抜いた末に、本物の戦車と対峙することにした。
 そういう事がわかりやすくかつ美しい文章で書かれていた。

 理路整然としていて、荒川も一瞬なるほどと頷きかける。

 午後何時何分、何航空の便で紛争地への経由空港に向かう。
 いままでありがとう。

 実に馬鹿げた話だ。
 あんまり馬鹿げすぎていて思わず笑いがこみ上げてきた。

 止めなきゃ!
 あ、その前に。

 部室に寄った荒川は杉村の無反動砲がないことを確認した。
 荒川もまた自分の無反動砲を手に取る。
 そして顧問の机から鍵を取り、照明弾を1発取り出した。
 本来は顧問が厳重管理するものだが、案外いい加減な顧問は鍵を机の中に入れっぱなしにしている。
 
 防災、学校の催しや山岳部が使用するために照明弾は数発が無反動砲部に常備されていた。

 先輩が乗る飛行機は何時・・・場所は・・・
 自転車で30分で行ける!
 間に合うか間に合わないかわからない
 でも急がなければ

 背に無反動砲、籠に照明弾を入れた荒川は部の電動自転車にまたがり、モードを最速でこいで走り始めた。

 いつもの土手を反対方向に自転車を向ける。
 夕日を背に荒川は走る。
 過ぎゆく風景、すれ違う級友達。

 目には入るが意識には入らない

 空港まであと20分
 会ったところで先輩を止められるかどうかわからない。
 いや、物理的に止めればいい。
 照明弾を先輩に向ければ考え直してくれるかも知れない。

 などと物騒な考えが頭を往来する。
 
 日は落ち、街の灯りも乏しくなってきた。
 空港が近い。
 予想より時間がかかった。
 坂道が長かったのだ。息が切れる。だが我慢だ。
 部活での走り込みのおかげでまだまだ頑張れる。
 電動自転車の限界以上にペダルを漕ぐ。

 空港がついに見えてくる。
 しかし、無慈悲にも滑走路では先輩が乗っているとおぼしき飛行機が動き始めていた。

 間に合わなかった!
 何時何分出発だから、間違いない。あの飛行機だ。航空会社も先輩の手紙にあったとおり。

 ー止められなかった!-

 先輩は紛争地で本物の戦車と戦うのだろうか。
 妙に具体的なことを手紙に書いてはいたが、土手の帰り道もあやしい人にそんなことを実践できるはずがない。
 だからその点は安心していた。

 しかし間に合わなかった今、もう自分には何も出来ない。
 荒川は空港の外柵に飛びついた。

 先輩の飛行機は滑走路で速度を増している。

 背中の無反動砲をおろし、荒川は照明弾を装填した。

 風向、角度、照明弾の高度設定
 
 構える。

「間に合わなかったけど、先輩!
 手向けですよー!」

 バシュウ!

 離陸した飛行機からよく見える角度に照明弾がうちあがった。

「秒速5kmで届けー!」



 窓の外に輝く照明弾に杉村が気付いた。
「照明弾、もしかして。」
 明明と空を照らす照明弾を杉村は見上げた。

「あらーあれ照明弾じゃないのか。」
「誰だ、なんであげたんだ。事故か。」
「いや、あれは空港設備のものじゃないな。」
「といってテロでもなさそうだ。」
「ま、あとで警備から説明が入るだろ。
 で、君、杉村君だっけ?」
「はい。」

 空港の取調室に杉村はいた。

 苦笑混じりに空港警備部の係官が部屋の隅にたてかけた無反動砲を指さして言った。
「あんな物騒なモン持って飛行機乗れるわけないだろう。」
「はい。で、ですよね。」
「だよねー
 馬鹿たれ!」
「すみませんでした。」
「まあ、理由は聞いた。危険思想といえば危険思想だが、私の判断ではただの若気の至りだ。ただ、看過はできん。」

 部下が部屋のそとから手招きをする。
「主任、学校へ連絡は。」
「親だけにしとけ。俺ぁこういうのが嫌いじゃない。
 繰り返されても困るからキッチリしぼるがな。」
 警備主任は部屋の外からチラと杉村をみやり、笑った。

 そこに警備係が走ってやってくる。
「空港保安条例違反容疑で女子高生をつかまえました。」
「ひょっとしてさっきの照明弾か。」
「はい。柵外で照明弾を放ちました。
 ただ、簡易ながら事情聴取した限り、理由は下らないです。」
「ひょっとして、ひょっとしてだがー」
 警備主任は思いつきを口にした。

 警備主任の思いつきはピタリと当たっていた。
「さて、そうなると照明弾まで上げられたってことで、学校に内緒ってわけにもいかなくなったな。」
「警備局長は事情聴取して問題なければ学校と親に任せろと言っておられます。」
「じゃあ、そうするか。穏便にいくかどうかは学校と連中次第だ。
 俺が見たところ、だが、もう戦争しにはいかないだろ。」
 警備主任はフフンと笑った。

 杉村と荒川は別室でコッテリとシボられ、迎えに来た両親にもシボられた。連絡を受けた学校も空港の近くに住んでいる教頭を派遣し、教頭も二人を厳しく叱った。

 叱られ通しではあったが、厳密にはテロ関連の法律に引っかかる暴挙だったのが結局口頭注意ですんだのだから二人にとって幸いだった。


 ほとぼりが冷めるまで1ヶ月はかかっただろうか。
 いつもの土手の帰り道、もうゴールデンウィークが近い。
 太陽はかつてのように容易に多摩川に沈まなかった。
 暖かさが暑さに変わりつつある、そんな西日を浴びながら二人は歩いていた。

「なあ、荒川」
「なんですか先輩。」
「お前、俺を追いかけてきたのか。」
「空港の話ですか。」
「空港の」
「私、先輩絶対追いかけるマンですから。」
「ウーマンだろ。」
 荒川は歩度を上げて杉村の前に出る。
「先輩は対戦車マンじゃないけど、わたしは追いかけるウーマンですよ。」
 杉村はしばし考えて言った。
「荒川は立派だよ。
 俺はハンパものだ。空港でメンタマ飛び出るほど怒られて、全部しおれちまった。
 とうてい対戦車マンじゃない。なれそうもない。
 そもそも対戦車マンってのがなんだかいまだにわからない。」
「わかんなくたっていいじゃないですか。
 私もなんで先輩絶対追いかけるウーマンやってるんだか。」
 荒川はウフフと笑う。

「とりあえず俺は普通に生きる事にしたよ。
 大学に行って、普通に就職して・・・無反動砲は趣味にしておくよ。」
「私は多摩川崎信金に行きますよ。
 お父さんが、コネは無理だけど、まあ、勉強して真面目に学校卒業すれば入れるだろって。」
「じゃ、俺もそこに就職するかな。」
「そうしましょう!そうしましょう先輩!」
「そうだな、そっちのATMの星でも目指すかな。」

 杉村はまた星村のことを考えた。
 ま、おいおいだ。おいおい対戦車マンに近づいていくよ。
 僕もアンタを絶対追いかけるマン続けますよ。

 多摩川についに陽が沈みだす。
 どことなく満足げな二人のシルエットが土手にかかっていた。

 終

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