対戦車の星(その7)
日本中が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
今回日本は160名の隊員を派遣したのだが、そのうち警護任務に就いていた20名中、9名が死亡してしまった。
重軽傷者は11名、つまり全員なんらかの怪我を負っている。
有志連合軍の補給部隊の車列に突っ込んできたゲリラの戦車部隊との戦闘での損害だった。
日本隊以外の有志連合軍の死者は25名、重軽傷者は60名、多数の車両、補給物資が破壊されたが、潰滅は逃れ、ゲリラ部隊に反撃に転じ、最終的にはかけつけた有志連合軍の航空部隊が全滅させた。
9名の死亡は過去最悪で、やはり派遣は失敗だったという論調が日本中を席巻する。野党は、彼ら自身が、自衛隊があらかじめ持っていくと言えば強硬に反対していただろう、対戦車重火器を携行していなかった点で与党を責め立てた。
ゲリラが突っ込ませた戦車はエイブラムズ改二両で、これは米国が現地政府に払い下げたものをゲリラが現地政府軍との戦闘で鹵獲したものだ。
彼らは忍耐強いことに、6昼夜砂岩の中に完全に隠れて車列の通過を待ち、襲ったという。
この奇襲には現地政府高官が関与していることがわかり、現地政府の人的汚染が問題視されるとともに、米国の現地情報収集能力に疑問が持たれた。
また、戦車がもともと米国製ということも世間にインパクトを与えた。
この戦闘で日本隊は警護部隊の一隊としてゲリラに対する反撃に参加した。中でも、とある小隊長は犠牲を出しながらも、ほぼ徒手空拳で戦車を二両とも破壊し、補給部隊の反撃の端緒を開いた。
この戦闘の詳細はあることないことも含めて新聞や雑誌に掲載されることになる。もちろん杉村はその全てに目を通した。
かいつまむと日本隊のとある小隊長というのは星村のことで、星村は66mm無反動砲の対人榴弾などを駆使してゲリラ戦車からゲリラ歩兵を分離し、補給物資の中にあった鉄鋼材を肉薄して転輪にぶちこみ、戦車の機動を封じてハッチから(開けっ放しだったそうだ)乗員を射殺、戦車を乗っ取るが、装弾等の操作ができないため、戦車を放棄した。
なお、その場には対戦車榴弾は携行していなかったとのことである。
その後、星村は部下とハマーを駆り、自らをおとりにして戦車を砂岩の狭間に誘導し、2mの落差がある岩の隙間に落とすことに成功するが、その最中に戦車の機銃で胸を撃ち抜かれて死んだ。
同乗していた部下も重傷を負うが、彼は生還した。
新聞や雑誌によっては、この「小隊長」というのが適切な避難を判断していれば9名も死ななかったのではないかと、その指揮に疑問を投げかけるものもあった。
対戦車兵器はなかったのだから、敵に戦車がいた時点で逃げればよかったのだと。
その辺はいろいろな議論があるだろうが、杉村には興味がなかった。
「星村さん、アンタ、核兵器も無い、対戦車榴弾も無かった。
だから鉄鋼材ぶちこんだのかよ。」
杉村は屋上で遠く工業地帯をながめながらひとりごちた。
「ハマーで落とし穴に誘導して擱座させたのか。」
杉村は惜しかった。
対戦車榴弾さえあれば9名だの25名だのの死者は出なかったに違いない。10分だ、10分あれば星村が撃破は無理でも戦車を擱座させたに違いない。6発、6発ほどの対戦車榴弾があれば、だ。
たった6発だ。星村ならそれでやれたはずだ、二両とも。
戦闘の実相の細かいところは杉村も想像するしかないが、星村ならそれができると確信していた。
「とにかくなんでもいいから戦車を撃破すればそれでいいのかよ。」
ーそれはどうかな、どう思う?ー
工業地帯に星村がいるような気がした。
ニッカと笑ってたばこの煙を吐く。今度は横を向かず、おかまいなしに吹きかけてくる。
「人が死んでも戦車を撃破すればいいのかって言ったら違うって言ったじゃないか、アンタ。」
ーそうかな、言ったっけ?言ったかもな、ハハハー
腕組みして斜に構えた星村が苦笑いする。
「先進国の軍隊はゲリラと違うから、あんなに死なないって、確かに言ったぜ、アンタ!」
ーおいおい、仕方ないだろ。悲しいけどこれ、戦争なのよねー
どこかで聞いたことのあるフレーズだ。ネットで見た記憶がある。
星村は人を食った表情で煙りを上空に吐く。
工業地帯からあがる水蒸気とその煙が重なった。
それきり星村は口を閉ざして笑うのをやめた。
杉村も屋上の柵にもたれかかって口を閉ざした。
対戦車マンとはいったいなんなのか。
どうすればなれるのか。また、自分がなれるものなのか。そしてなるべきなのか。
いやそもそも、星村だって本当に対戦車マンなのか。
太陽はいつものように多摩川上流に落ちていく。
屋上に杉村を探しに荒川がやってきた。
「先輩!帰りますよ!」
後日、特に功績を認められた星村は有志連合軍参加国から漏れなく称号が贈られた。国によっては戦車撃破章といった賞を新設するところさえあった。彼が戦車を撃破していなければ補給隊は間違いなく全滅していただろう、ということである。
星村は世界の対戦車の星となった。
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