対戦車の星(その4)

 アフガンで米戦車が原理主義ゲリラによって数両破壊されたというニュースが流れた。
 アフガンに展開する有志連合軍の主力である米軍は5万の大軍を派兵していたが、それは先日のゲリラ掃討戦のさなかでの出来事だった。
 戦闘自体は有志連合軍の圧勝で、ゲリラ勢力はさらに追い詰められた格好となったのだが、米軍のシュワルツコフ改戦車に被害が出たことが世間の耳目を引いた。
 
「自爆覚悟のゲリラ兵士と訓練された対戦車兵がコンビネーションで強襲をすると、さしもの米軍戦車隊も防ぎきれなかったようだ。」
 部室で顧問が説明する。
「シュワルツコフ戦車には対人兵器と特殊センサが装備されていたが、砂塵を利用したゲリラによる波状攻撃は完全には防ぎきれない。
 ゲリラ側はほぼ全滅したらしいが、米軍の払った代償はかなり高くついた。携帯対戦車兵器の有用性は皮肉といえば皮肉か、兵士の命の値段が安い地域で最も発揮されるようだ。」
 
 顧問は軍事オタクで、この種の話をミーティングで話すのだが、部員の大半は聞いていない。
 聞いている部員の筆頭は杉村である。
 顧問は部員の反応をよそにゲリラの戦術を事細かに説明する。

 熱を帯びる顧問とは対照的に外はちらほらと粉雪が舞っていた。
 聞いていない筆頭であるところの荒川は窓側に座り、遠くに見える工業地帯の煙突を眺めていた。
 雪が幾重のレイヤーになり、煙突や工場が白く霞む。
 グラフィックソフトでこうこういじれば工場の霞み具合をもう少し鮮やかに描き出せるな、などと考えを巡らせていた。
 
 冬の陽が完全に傾き、顧問の長話が終わる頃、荒川は頭の中に叙情的な雪景色を完成させていた。
 薄灰色にほのかな朱がかかった遠くの空のグラデーションと工業地帯は見事なコントラストをもって荒川の想像の中にあった。

「同地域にいたイスラエル軍のバーヒル戦車はこの襲撃にもかかわらず、損害軽微だった。これはイスラエル軍の戦車隊が実戦経験豊富だったかららしいんだ。」
 荒川は杉村とグラデーションとのコントラストの中を歩いていた。
 いつもの多摩川河川敷を望む土手は舞い散る粉雪でうっすらと白化粧がほどこされている。
「先輩、今日は粉雪がきれいですね。」
 荒川は無駄と知りつつ情景を口に出した。
「ああ、粉雪はいいね。
 案外この程度の雪の方が迷彩効果があがって、必然的に歩兵が有利になるという研究をこの間読んだんだ。」
 ーああ、そう返ってくるよねー
 荒川は天を仰いでクルクルとゆっくりまわり、杉村と2メートルほどの距離をとった。
 両手を広げ

「先輩どうですか、私の姿は。
 粉雪で隠れて見えますか?」

 杉村は指で輪を作り、無反動砲の照準具に見立て、荒川を見据えた。
「そうだな。距離約2メートル、肉眼、明度暗し、こんなものだな。
 ハッキリ見える。」
ーそうよね、そう返すよねー
 だが荒川は杉村のこの無慈悲な感想を愛していた。
 
 杉村は孤独なのだ。特に星村に対戦車マンでないと断じられたあの日以来その孤独をよりいっそう強めていた。
 杉村は否定するが、荒川は確信している。
 
「バーヒルをやれば名実ともに世界一の対戦車野郎だな。
 そう思わないか、荒川」
「バーヒル?」
 荒川はそういえばさっき先輩の話の中に出てきたな、と思いつつもとぼけて聞いた。
「イスラエル国防軍の戦車だよ。」
「どんな戦車なんですか。」
「メルカヴァの後継戦車で、中東の地勢で最も活躍する戦車と言われている。」
「無反動砲でやっつけられるんですか。」
 足下の小石を蹴ってから杉村を見上げて聞く。

「難しい。顧問が言っていたシュワルツコフだって撃破は難しい。
 撃破には命を捨てる覚悟の兵隊が一両あたり最低5人は必要になる。」
「・・・怖いですね。」
「怖い。だけど、こいつらをやっつければ・・・」
 杉村は遠く工業地帯に視線をやる。
 荒川にはその視線の先に星村の影があるように感じられた。
 陽気な対戦者マン。だが、辛辣で率直な言葉を投げかけてくる。
 工業地帯の赤い光の中に杉村は自身も知らず星村を見ているのではないか。

 歩みをとめ、荒川も工業地帯を見た。
 陽は沈み、とっぷりと暮れている。
 工業地帯は赤々と照らし出され、灯りの中にかすかに粉雪が映える。
 息の白さが色の濃さを増す。

「先輩、雪って時速どのくらいか知ってますか?」
「雪?」
「はい、今日みたいな、こんな雪」
「形状や気温で違うんじゃないのかな。」
「そうですね。でもこないだ本で読んだら、今日みたいなのは時速5kmくらいだって書いてました。」
「へえ、考えたこともなかった。人間の徒歩くらいなんだ。」
「おもしろいですよね。」
「面白い!荒川、速度と言えば66mm無反動砲の対戦車榴弾の熱噴流の速度を知っているか?」
「んー先輩、待っててください。いつも私こういうの当てられないから、今日は頑張ってみます。」
 どうだってよかった。
 その熱噴流が時速何キロだろうと。
「時速700kmくらい?リニアよりも速い?」
「秒速5kmさ。」
 桁違いだった。
 だが、荒川はかすかな喜びを感じる。
 自分が桁の違う誤答をしたため、杉村は意気揚々話し出すだろう。
 跳ねるような、踊るような、陰気さを吹き飛ばす杉村の解説を聞きたかった。そうすれば杉村はひとときであれ、星村の影から解放される。

「装甲を破った時速5kmの熱噴流が車内に流れ込むと乗員は熱で焼き殺される。そうだろう、荒川」
「熱そうですね。」
「だが、焼け死ぬ以外にも、秒速5kmの勢いで入り込む熱流が車内の気圧を一瞬で大きく上げて、その圧力で死ぬこともあるそうだ。」
「圧力」
「潰れて焼かれて死ぬ。」
「潰れて焼かれて」

ーちょっと無慈悲すぎかなー
 それでも
 それでも荒川はそんな先輩の回答が心地よかった。

 多摩川の土手は闇が降り、街灯がまばゆくなっていく。

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