目はクリクリと大きく頬は朱で(その26)
野間中佐と二人の米軍人が部屋にいる。
一人は大佐で、一人は通訳の中尉
フィリピンの暑い陽が窓から射す一室に扇風機が回る。
野間中佐と大佐は英語で会話をしていた。
通訳の中尉は話が込み入ったときのみ手助けをしている。
「ノマ君、日本俘虜は最近増加の一途をたどっている。ミンドロ島やレイテ本島の収容所のみならず、ここダンガンロンパにも陸続と俘虜がやってくるのだ。
そろそろ我が方の準備も整ったので俘虜達の管理を軍隊の編成で実施しようと思う。」
「潮時ですな、大佐。8個ほどの中隊に編成できましょう。
ところで酒保の方もお願いできますか。」
「そちらも来月には目途がつく。
しかし最近は俘虜達の体力も向上してきた。騒動は困るよノマ君。」
「そこは大丈夫です大佐。まあ、単なる喧嘩等は防止が難しいですが、米軍への組織的な反抗、脱走などはそうそうおこらないと踏んでおりますよ。」
「もっともそのへんは君に責任があるわけでなく、収容棟担任官の少佐の所掌なのだが。」
「いえ、確かにそうですが、日本俘虜に私は顔が利きますゆえ、微力ながら平和な収容所運営に尽力を。」
ここで野間中佐は二カッと笑った。
「中尉、「ホウジョウ」を出してくれ。」
通訳の中尉は棚からホウジョウを取り出して机に置いた。
「ノマ君、これは君が俘虜達に作らせている文芸誌だそうだな。」
「はい、娯楽を与えて骨抜きにしているところですよ、大佐。」
「それは良い案だ。他の収容所でも一般俘虜が手慰みに書いた書き物が回し読みされて好評を博している例があると聞く。
俘虜達が娯楽に目を向けて終戦までおとなしくしてくれていればよい。
しかし。」
「しかし。」
野間中佐は復唱した。
大佐が次になんと言葉を足してくるかはわかっていた。
「軍国主義を称揚したり、米軍を敵視する、米国に罵詈を加える内容であったりしては困る。」
「は、それはもう。金子という気の利く男に編集させておりますので、大丈夫であります。私も検閲を行っており万全です。」
「どうかな、君は腹にいろいろ詰め込んでいるからな。」
「ははっ、赤心ですよ、赤心しか詰まっておりません。」
「レッドハート?」
「チャイナの言葉で、真心、みたいな意味であります大佐。」
中尉が補足した。
「では聞くが。」
「はい、大佐。」
野間中佐はどうせアレとアレだろうとあたりをつけた。
「この戦車の絵付き小説は何だ。
日本軍の戦車が出て活躍しているようだが。挿絵の端には我が軍の戦車も描かれているようだ。敵として出ているのか。」
大佐は野間を見据えた。
「中身はご存じでしょうか。」
「通訳に概略は説明を受けたが、理解を超えている。
70年後のSFなのに何故現代戦車が出てくるのか。
なぜ少女のみ乗り込んでいるのか。
学生同士がスポーツで戦車戦をやっているようだが死者は出ないのか。
これはSFに仮託した日米戦の物語で、暗に軍国趣味を満たそうとしている疑いがある。」
「中尉が概略を説明されているので大筋は省きますが、ご指摘のこの米軍戦車は支那人が操縦しております。」
「蒋介石の軍隊か。」
「いえ、70年後の上海女学院の学生です。
この作品では、日本人だから日本軍の戦車を使っているとは限りません。
70年後の学生達がアンティーク戦車を乗り回す物語ですので、日本のチームが使っている戦車も列強色とりどりです。
挿絵に89式戦車を使ったのはわかりやすいようにという俘虜への配慮に過ぎません。
挿絵のシーンは日華合同チームが他国の合同チームと対戦しているところを描いたもので、アメリカ人はでておりません。」
「死傷者は?」
「70年後のテクノロジーで豆腐のような砲弾を飛ばしております。」
「トーフ?」
「大豆で作ったプディング様の食べ物であります大佐。」
中尉が補足した。
そこから野間中佐は大佐に「少女機甲倶楽部」の魅力的な説明に腐心した。
10分後、大佐は身を乗り出して野間中佐の話を聞いていた。
「よろしい、この作品については後日私自身で精査する。いいかな、野間中佐。」
「是非是非」
「次に」
「こちらですね。」
野間中佐は先手を打ち「艦型~艦艇型録~」のページを開いた。
「それだ。ノマ中佐、わかっているようだな。」
「先手ついでにご説明を。よろしいですか。」
「中尉には概略を聞いている。その前提で頼むぞ。」
「これは日本海軍の軍艦を女性に見立てた物語で、俘虜のうち柿揚という男が僚友の芝生とあだ名される海軍の水兵から聞いた話を具現化したものです。」
「日本海軍が活躍するのか。」
「日本海軍ではなく、別の組織です。」
「仮託しているのだろう。」
「そうともとれます。」
「敵は米軍か。」
「いえ、化け物です。」
「米軍を化け物と見立てているのだろう。」
「中尉はそういう説明をされましたか。」
「いえ、私はこの作品を何度も読み直しましたが、意味がわからず、満足な説明を大佐にできたとは思っておりません。」
中尉は申し訳なさそうに野間中佐に回答した。
「それが正鵠を得ております、大佐。」
「わからないのが当たっている?」
「柿揚も芝生も今更米軍に敵意は抱いておりません。これは私が自信を持って回答いたします。
考えても見てください。空母が大飯くらいで富士山のように盛り上げたご飯を食べ家計を圧迫し、駆逐艦が従卒として小働きをする。
こういう話がなぜ軍国主義的でしょうか。」
「まあ、確かに。しかし化け物は米軍の暗喩ではないか。」
「仮に暗喩だとして。」
野間中佐は編集部から持ち出してきた設定画集を鞄から取り出した。
「これらが敵視されている米軍でしょうか。」
それは艦艇型録における敵役の化け物のイラストだったが、化け物じみたデザインながら、敬意を込めたような美女が混じる。
むう、と大佐はうなった。
説明する野間の眼力に魔力が宿っているのか、だんだん大佐にはそれが米軍と関係ないものに見えてきた。
もっともみえたとしてもその意味が不明すぎるストーリーから、反米の意思は読み取れなかった。
「どうでも良いが中佐、さきほどの戦車ものもそうなのだが、日本人はこういう絵柄を好むのか。」
「これらの絵柄は日本でも一般的ではありません。」
「一般的なのは私もよく知っている。アジアンカートゥーンは私の趣味の一つだからね。
日本のなんといったか、犬の軍曹が活躍する漫画があったが、あれは私も自宅にある。あれはなかなか面白い。
それはさておき
ホウジョウにもその一般的な絵柄の漫画はあるが、いくつかの作品は異質すぎる。俘虜達はそれで楽しめているのか。」
「最初は慣れず、拒否反応を示していたようですが、根気よく連載しているうちに、逆にこの絵柄でないと駄目になる俘虜も多数出てきております。
下品な話ですが大佐、便所にこの挿絵をもちこみ自慰をする俘虜もいるそうですよ、クックック。」
「それは俘虜が若いから仕方はない。しかしその絵で・・・にわかには信じられないが・・・」
「こういうものは慣れなのでしょう。
私も当初は、なんだこの絵は!と叱りとばしたのですが、いまではすっかりファンの一人です、大佐。」
「私には異文化をむやみに排除する意図はない。
君の説明でとにもかくにも、これらの作品にアメリカへの敵意がないことは理解した。
しかし、梨畑で兜の紐を締め直さない、だったか。」
「「李下に冠を正さず」ですな、大佐」
「あまりきわどいものは困るぞ。」
「そういわれると実に恐縮です、大佐。」
その後も会談はしばらく続いたが、スコールが降り出した夕方、大佐は話を切り上げた。
「ノマ中佐。」
「はい、大佐。」
「その、毎号完訳版がほしいのだが。」
野間中佐はにやりとした。
一匹大物が釣れた。
「時間差ができますが、それでよろしければ金子に申しつけましょう。
さいわい英語が出来る者が俘虜の中にはおります。」
「こちらも日本語がわかるもので点検させる。」
「それが万全でしょう。我らは米軍の給与で生かされている身です。
敵意など。」
「まあ、それはわかった。
頼むぞ、完訳版だ。あと、その、あれだ、設定画集ももしあれば。」
大佐は支配者であるにもかかわらず少々照れくさそうに頼んだ。
「絵の担当者に用意させましょう。」
野間中佐の顔は満面笑みに満ちあふれた。
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