あなたの老後お任せ下さい(その5)

「タキ、お前これからどうするんだ。」
「どうする、と、言われますと?」
「だってお前、福祉が趣味だったんだろ。俺で最後じゃないのか。」
「そうですねえ。何も考えていません。ビルさんが亡くなったらもう私の福祉趣味もおしまいですね。」
「豪遊も飽きたんじゃ仕方ねえしな。」
「あれはですね・・・飽きますよ。しまいには辟易してきます。根が庶民なんですね、私は。」

「しかし・・・タキ、お前が来てつくづく思ったんだが、本当にみんな死んだんだなあ。全滅だ。死んだ人を記憶している人も死んで、また死んで、ついには誰もそいつが生きていたことを知らなくなる。
 人間の生きた証なんてえのはどんなにあがいてもいつかは摩耗してなくなるんだな。」
「ビルさん、そんなもんですよ。そんなもんです。」
「流行の歌を一緒に聴いた記憶だの、酒を飲んだ記憶だの、全部すっかりきれいになくなってしまうんだ、これが無常ってやつか。そうだな、無常だ、世は無常だ。」

「さて、ビルさん、そろそろおいとまします。」
「タキ、俺はやっぱり富士見には移らねぇ。」
「そうですか、この部屋に愛着がありますか。」
「愛着っていうかな、なんていうか、意地だ。いや、お前の手を借りたくないとかそんなんじゃねえんだ。うまく言えねえんだが・・・俺の生きた証はこのアパートにあるような気がしてな。でも愛着、じゃないような気がするんだ。」
「そういう方は今までにも何人かおられましたよ。」
「そうか、みんな同じ事を考えるんだな。」
「ではせめて、日常生活のお世話をもうちょっと高級にさせてもらいますが、それはいいですか。」
「んだな、それは頼むか。タバコ頼めるか?」
「毎日何箱でもお届けしますよ。酒もご入り用なら。」
「早死にさせてえのか、タキ」
「一概に言えないところですが、ビルさんくらいのお年なら、好きなことをして死ぬのが一番ですよ。そうでしょう?」
「んだ、んだ。せっかくだからそのへんはタキ、お前に甘えるぜ。」

玄関に立つ滝原、見送る阿比留氏
「それでは、また今度お会いしましょう。」
「世話になるな、タキ。」
「最後の私の悪趣味につきあってください、ビルさん。」
「タキ、お前、どうするんだ。どこに行くんだ。お前、俺が死んだらこの世にひとりぼっちになるんじゃないのか。」
「死ぬときは誰でもひとりぼっちですよ。」
「お前死なないじゃないか。」
「ある意味すでに死んでるんでしょうね。」
「なるほど、深いな。」


「そうだ、今決めました。私はこれからみなさんの事をずっと覚えておりますよ。次の趣味は「記憶し続けること」にします。あなたの老後お任せ下さい。死後もお任せ下さい。これですよ、これ。生きていくのが楽しくなってきました。」




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