対戦車の星(その6)
杉村は煩悶していた。
自分はどこから来て、どこへ行くのか。
今年は大学受験に備えて人並みに対策をしなければならない。
もとより学業成績は上位で、国立上位の大学は狙える位置にある。
大学に入った、卒業した、さあ、それから俺はどうするんだ。
無反動砲を扱いたければ自衛隊に入るのが一番に思われるが、無反動砲を四六時中撃てる環境というわけでもないらしいことは調べて知っている。
対戦車部隊に配置されるかどうかさえわからない。
では無反動砲はあくまで趣味にとどめて世間並みの大企業に就職するか。
大企業なら課外サークルで無反動砲を扱うところもあるだろう。
大手企業から毎年出場する選手で手練れの者も、知っているだけで10人ほどいる。自分もそのうちの一人に名を連ねるか。
しかしどうにもしっくりこないのだ。
俺の未来はどこにある。
いつものように多摩川河川敷の土手を荒川と歩いて帰るあいだ、ずっと杉村は考え込んでいた。
星村はどういう人生を歩んできたのだろう。
ふと星村に考えが及んだ。
星村は栃木のサラリーマンの家庭で育ち、地元の荒れた高校を不良として卒業した。卒業後は日雇いの土建業でしばらく生計を立てていたが、ある日、駅頭で自衛隊の募集員に肩を叩かれてそのまま(その日の昼過ぎだという)近くの募集事務所で簡易的な試験を受けて後日(二日後だったらしい)合格通知をもらったとのことだ。
入隊して上司の勧めるままに進路を任せていたら普通科部隊に配置された。そこで撃ってみてわかったことだが、星村にはどうも無反動砲射撃の才があったようだ。
そして、もともと頭も悪くなく、体力もあったため、昇進していった。
そして紆余曲折を経て、栃木の不良高校生は対戦車マンとして今におさまっている。
というのは星村から以前聞いた略歴である。
「先輩、星村さん今頃なにをしてるんでしょうね。」
荒川は杉村がぼおっとなにやら考え事をしているようなので、どうせ星村2尉のことでも考えているんだろうと、話を振ってみる。
杉村は見透かされたか、と一瞬どきりとした。
「小アジアは暑いだろうなあ。今日はここもちょっと暑いけど。」
昨日の予報では今夕が冷え込むとあったため、杉村は用心して着込んできたのだ。
予報で5度ほどの誤差が出るのは非常に珍しい。
「あっちだと気温は桁違いじゃないですか。」
「今日は13度っていうから桁は違わないだろ。」
「華氏かも知れませんよ。」
「自衛隊は摂氏だろ。米軍は知らないけど。」
真冬はとおに過ぎ、春が近づいてきている。
2週間ほど前、口を開く度に白い息がめだったのが今はうそのようだ。
「荒川、お前は将来なんになりたいんだ。」
杉村はここで唐突にさっきまでの自分の悩みを荒川に振った。
「そうですね~
私のオツムじゃ大学はいけそうにもないから、多摩川崎信用金庫でも受けてみますか~」
「おまえの親父のところかよ。」
「コネで入れるかなあ。」
「コネとか50年前の企業慣習だろ。無理だと思うな。」
「先輩はどうするんです?」
杉村はさっきまでそのことで悩んでいたのだ。
荒川に話を振って、なぜか自分はその悩みの安全圏に逃れおおせたつもりだったが、ここでまた当事者に引き戻される。
「大学に行って、どっかの企業に就職して、趣味で無反動やって・・・
そのくらいしか浮かばない。つまんない人生だ。」
「若いのに大変ですねえ。先輩は。」
「なにがしたいんだろうな、俺は。」
「自衛隊には入らないんですか。」
「案外、無反動砲を撃てないみたいだ。それに俺はあの職業は向かない気がする。」
「海外派遣で死んだら元も子もないから、先輩やっぱり行かない方が良いですよ。」
ー海外派遣で死んだらー
「そうだなあ。」
ここでふと頭をもたげる。俺は死ぬのが怖いのか、という疑問。
怖くないことはない。いや、怖い。
というか想像が及ばない。
俺はそれゆえに「無反動砲が撃てるとは限らない」「向かない気がする」などと表の理由を並べ立てたのだろうか。
「死んだら、元も子もないな。」
しかし、死なずに生きながらえたとして俺は、じゃあ何をするんだ。
ルーチンワークの繰り返しだ。
いや、自衛隊に入ったとしてもルーチンワークはあるだろう。
しかし死ぬとルーチンワークは終了する。
人生はルーチンワークか。
陽の沈みはだいぶ遅くなった。
ちょっと前までなら、この時間は真っ暗だった。
「先輩は大学に行って、企業に就職して、趣味で無反動したらいいとおもいますよ。4年後にはアジア大会もありますし、企業チームも出てます。」
星村は言っていた。
対戦車マンとはなんだと思う?と。
アジア大会で名を馳せるのが対戦車マンなのか。
戦車絶対殺すマンとして考え抜くことが対戦車マンなのか。
そして俺は一体なにを目指しているのか。
星村は謙遜抜きで俺の無反動砲の技量を褒めてくれた。
うぬぼれ無しに俺の技量はおそらく日本随一、あるいは世界でも通用するものだろう。
だが、星村に言わせれば対戦車マンではないのだ。
「先輩、考えすぎは身体に毒ですよ。」
到着した駅のロータリーで荒川が声をかけてくれた。
「そうだな。まあとりあえず勉強するか。」
その時、荒川の視線が杉村の頭の上を捉えた。
不自然な時間が流れる。
杉村も振り返る。
駅前ビルに設置されたビジョンにニュースが流れている。
ー自衛隊派遣部隊に大損害
有志連合軍後方支援隊にも被害ー
ー政府は対策委員会を設置
情報収集の強化を外務大臣、防衛大臣に指示ー
「大損害」
「星村さんとこじゃないですか。」
「大損害」
「先輩?」
「大損害ってなんだ。」
「先輩?」
行き交う人々は特に興味を示さず歩いていた。
時折立ち止まって見る者もいたが、すぐに歩き出す。
彼らにとっては地球の裏側で起きたことは人ごとなのだ。
そしてその無関心は健全な反応でもある。
それが健全であるように、近しい人のネガティブニュースに動揺を隠せなくなることもまた健全な反応だ。
二人はしばしニュースを呆然と見ていた。
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