対戦車の星(その8)
「いいかげんにしろ!できるわけないだろうが!」
「顧問は甘いんですよ!」
「出て行け!」
バン!
顧問が机を叩く音と、杉村がドアを激しく開ける音がかぶさる。
杉村が部室から歩きも荒く出て行く。
「先輩どうしたんですか!」
荒川は部室の外でそばみみをたてていた。
こういうときも空気を読まずに荒川は杉村にくっついていく。
杉村は無言だった。
荒川も無言でついていく。一緒に怒った顔をして。
階段の手前で杉村が止まる。
「的はこっちを攻撃してこない。」
杉村が絞り出すように言葉を口から出す。
「お遊戯なんだ、今のままでは。」
杉村が震える握り拳で壁をドンと叩く。
荒川は杉村が顧問に何を主張したのか、だいたい察した。
荒川も思う。
まあそれは無理だろう。荒唐無稽も良いところだ。
聡明な杉村だって本当はそう思っているだろう。
つまり杉村は今はどうかしているのだ。
「先輩、たまには無反動砲以外のことしませんか。」
「何を。」
「横浜に行きませんか?」
「横浜?」
杉村が興味を示した。いける!
「中華街とか、港とか。」
「海上保安資料館に行こう!」
「ええ、そこに行きましょう!何があるんですか。」
「北朝鮮の工作船があるはずだ。
かつて日本の巡視船に向かって携帯対戦車弾を放った船だよ!」
「だめです!」
「だめか。」
杉村がシュンとうなだれる。
この反応、いつもの杉村ではない。
「極めたいんだ。対戦車の道を。
どうすればいいんだろう。」
「一回忘れてください、先輩。星村さんのことも!」
しばらく無言の空間が流れた。
「今日は一人で帰るよ。」
「・・・先輩いつも土手の下り口間違えるから気をつけて下さいね。」
「シュウマイ屋のところだろ。」
「違います!パチンコ屋です!
シュウマイ屋の近くの駅だと横須賀に行っちゃいますよ!」
「パチンコ屋のところで階段を下りるんだろ、知ってるよ。」
荒川は先輩が人生と帰り道を誤らないか、心配でしかたない。
「迷ったら電話してくださいね。すぐ後を追ってますから。」
「どのくらい後ろ?」
「500m離れます。」
「やっぱり100mにしてくれ。」
「だったら50cmにしますよ。」
「シュウマイ屋じゃなかったよな。」
「パチンコ屋です。」
「2軒目のだっけ?」
「1軒目です。」
無反動砲の事を一歩離れると杉村は徹底的にアホだった。
荒川からすれば十分な対戦車マンというか対戦車バカなのだが、本人はどうにも納得していない。
一生納得はしないんだろうな、と荒川は予想している。
一生か。一生それにつきあえたら疲れるかも知れないけど、面白い人生になるかもしれない。
二人のシルエットを長く伸ばし、今日も多摩川上流に太陽は沈む。
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