アサイラム

 みんなまたひとりぼっちだ。それに気がついてから、俺は毎日のように机に向かい始めた。

 二日前に、脳を揺さぶるようなエアメールが届いた。以前同じシェアハウスに住んでいたチバからだった。気取った筆記体の下に日本語で文が認めてあり、それによると、ニューヨークでイギリス人の夫と結婚式をあげるらしかった。俺は頭を掻きむしった。腹立たしい。学生の頃は毎週のように男を鞍替えしていたようなやつなのに、今になって「とても幸せです」と今までの男を足蹴にして言うのか。それとも俺をからかっているつもりなのか。手紙は一度読んだきり、散らかった床に放り出したままになっている。部屋の外へ行くときなど、ちょうど足の踏み場になる場所に落ちているので、よく踏みつける。

 何の気無しに、大学へ向かう。もう卒業して四年になるというのに、未練がましく通学路の坂を登っていく。長い間住んでいたシェアハウスも、三ヶ月前に引き払った。アトリエ変更というわけである。今は実家で小説を書きながら暮らしている。

 大学本館の正面に立つと、なぜか建物は湖に浮いているように見える。本館に入るための橋は、網走刑務所に続く橋と同じ名前だ。いい皮肉だと思う。橋の名前同様、建物の中でも網走と同じようなことが行われているのだ。

 橋を渡っていると、何人かの学生とすれちがった。絵を抱えた女子学生を見ると、シェアハウスに住んでいたときのことを昨日の出来事であったように思い出す。大学入学と同時に部屋を借りたが、結局留年してもいないのに七年借りていた。チバは留年せずに四年で卒業したが、その間はひとつ屋根の下に暮らしていたことになる。チバが部屋にいないことがわかると、俺と同じ頃にシェアハウスに入ってきた映像科のドウモトや家主の津田と一緒になって、今日の相手は誰だろうとか、どんなマニアックなプレイをしているだろうといった下らない話を、コンビニで買った酒を飲みつつ延々としたりしていた。

 入居当時からドウモトと俺は気があった。歳が同じという以上に、物の考え方が似通っていた。現場主義で、考えるよりもまず先に行動をすべきだという意見も共通していた。ただ、単なる映画好きだったドウモトに対して、俺には下積み経験があった。高校の文芸部では二ヶ月に一作のペースで作品を書いていたし、賞を取った同級生から意見をもらい続けていた。だからこそ、ドウモトが一年生の後期に短編映画の賞をもらった時は衝撃をうけた。信じられなかったが、記念の盾を見せつけられて現実を受け入れたのを覚えている。

「何しろ俺が作った映画だからな」

 冗談混じりにドウモトが発した言葉が、未だに頭の中を回っている。ドウモトにできて、俺にできないはずがない。そう思って、俺は小説家の道を進む決心をした。

 そのまま三年が過ぎた。ドウモトは映画の見過ぎで一年留年した。俺は酒と小説に詳しくなっていた。高校時代に書いた作品も講義で講評してもらった。賛否両論だったが、否定的な意見もしっかり聞いて、次に生かしてやろうとメモしておいた。今になって、そのメモをどこへやったのか分からない。サークルはドウモトと同じ所に入ったが、ほとんど飲み会に参加するだけだった。

 昨年までいた工芸の院生の先輩がシェアハウスからいなくなって、入れ替わりにチバという女の子が入ってきた。少し小柄で、胸元まである真っすぐな髪の毛を根元から明るい茶色に染めて、他の部屋へわざわざ小さな菓子折りを手に挨拶をしてまわる姿はいかにも温室育ちといったふうに見えたが、新たな住人を歓迎する恒例の飲み会をやった際に、酔ったチバから過去に付き合ってきた男たちについてさんざん聞かされ、こいつとは絶対に一定の距離を置こうと決めたのだ。大学でも時折顔を合わせたが、その度に隣にいる男が違った。

 チバがシェアハウスにいる時は、掃除や洗濯は彼女が率先してやっていた。まさかこの女は家主の津田にまで媚を売っているのかと訝しんだものだった。後々になって話を聞くと、チバの育った家庭は複雑らしく、それで家事が身に付いたということであった。しかしチバが家事を手伝ってくれるというので家賃を安くしてもらっていると聞くと、やはり抜け目ない奴なのだと思った。ちょうど俺の隣を、長い茶髪にごちゃごちゃと華やかな服を纏った女が歩いていった。

 変わっていく歴史があれば続いていく歴史もある。大学は未だ入学当時から変わりない。コンクリート打ちっぱなしの外装はますます薄汚れている。エントランスを能天気な顔をした学生たちが歩いているのも俺の世代と同じだ。学食のメニューも変わっていない。卒業して四年目になるが、厨房にいるのも見知った顔ばかりだ。ハヤシライスの大盛りを買って、席に着いた。周りは在学生ばかりだ。だが別に制服があるわけでもないので、一般人や卒業生が混ざっていても分からない。家主の津田はよくこの学食で昼食を食べていたので、昼時に会うことがあった。津田はそもそもこの大学の卒業生で、日本画コースを修了している。彼は今でも日本画家として活動を続けている数少ない「成功者」であり、学食の喧噪の中、制作に関する色々な話を聞かせてもらった。しかし今、こうして窓際の席に座ってスプーンを黙々と動かしてみても、あの時話したことを具体的には何も覚えていない。漠然と、「制作は大変」「それに耐えられないと無理」といったような意味の言葉が記憶の片隅に浮かぶくらいである。

 津田に会わなくとも、ドウモトやチバと会うこともあった。留年したドウモトは映像制作に関わることのできる就職先を懸命に探していた。俺は小説家になれるまでアルバイトで生活すると決めていたので、何も就職活動をしていなかった。そう言うとドウモトは豪快に笑い、「文学者みたいじゃないか」と言ってくれた。ドウモトがどれほど就職活動に専念していたのかは分からないが、少なくとも週に二つか三つの授業を欠席して部屋で寝ていたのは確かである。

 チバは大抵一緒の男と学食に来たが、時々一人で来ることもあって、ちょうど俺やドウモトが学食で話していると、その輪の中に入ってきたりもした。化粧っぽい顔は綺麗だったが、俺はその艶やかな皮膚に何人もの男の唾液を空目した。ドウモトが突然「旅に出る」と言って三ヶ月ほど部屋に帰ってこなかったこともあって、その時期はよく学食でドウモトの安否を相談した。俺はドウモトとある程度連絡を取り合っていたが、それを報告してやるとチバが心底安心したような表情を浮かべるのが気になって仕方がなかった。

 結局ドウモトは、二本の映画を作って帰ってきた。フランスにいる友人をあてにして、ヨーロッパを巡っていたらしい。また彼は留年した。

 ドウモトが三回目の三年生を始めたのと入れ違いで、俺は特に問題もなく卒業した。酒と文学史の知識と、白紙の原稿をたっぷりと抱え込んだ自分がそこにいた。アルバイトもまだ初めていなかった。処女作の予定で書き進めた原稿も書き終わらないまま、俺は社会に放り出された。ドウモトが羨ましくなった。

 チバにはさんざん笑われた。「だから就活するか留年するか選んでおけばよかったのに先輩。自分は小説家とか言いながら、変なところで真面目なんだから」

 本気で襲ってやろうかとも思ったが、やりかたが分からなかったので諦めた。変わりに「お前もいずれこういうふうになるから気をつけろよ」と小さくプレッシャーをかけるくらいしかできなかったが、それもチバには「私は就職するって決めていますから。才能無いのもとっくに自覚してるし」と一蹴され、逆にこっちの方が色々と考え込まされる結果に終わった。どうにか鼻を明かしてやりたくなり、津田に相談して、家賃を安くして欲しいという建前で、家事全般をチバでなく俺にやらせて欲しいと交渉した。さんざんごねると津田も折れ、それから料理以外は俺が担当することになった。親からも就職先についてちくちく言われたが、あと少しだけ待って欲しいと言いくるめ、俺はシェアハウスに留まった。ドウモトもまだそこにいたし、なんだかんだ言っても話を聞いてくれるチバもいた。そして卒業とともに部屋を出ていった総合美術コースの院生の先輩と入れ替わりで、アラキという女の子が入ってきた。引っ込み思案でおとなしい子だった。新しい住人を歓迎する飲み会も、彼女は未成年だからと頑なに酒を拒んだ。チバが用意した料理も、彼女は「ダイエット中なので」とあまり手を付けなかった。そのモッツァレラチーズのようなほっぺたをぼんやりと見ていると、いつのまにか幸せな気持ちになっていた。酔った勢いを借りて、アラキにたくさん話しかけた。時折見せる、はにかんだような笑顔が綺麗だった。

 ふと、今アラキはどうしているだろうと考えた。ハヤシライスがあと四分の一ほど残っていたが、既に腹はふくれていた。スプーンを止め、思いを馳せる。

 俺があのシェアハウスを出て行った時点で、チバもドウモトは既にいなくなって、アラキだけがあのシェアハウスに残っていた。もう他に住人はいなかった。今、あのシェアハウスでは、四年生になったアラキと津田と、俺の知らない住人が暮らしているはずだった。

 アラキのことは今でもはっきり覚えている。

 残ったハヤシライスをかき込むと、胃袋の圧迫感で腹が痛くなった。食器を返却口に返して、あのシェアハウス「アサイラム」に行ってみることにした。

 アラキが四年生になる時に俺がシェアハウスを出て行ったので、ちょうど三年間はアラキと一緒に暮らしていたことになる。ドウモトが四年生に進級できたときはアラキもドウモトの手を取って、春の桜のように喜んでいた。チバがドウモトのためにたくさんの料理を作り、その日は津田も混ざって全員で朝まで騒いだ。

 ドウモトは卒業してから、東京へ移り住んだ。聞く所によると、学生時代から仲間達とともに小さな映像制作グループを立ち上げ、活動を積み重ねていたらしい。最近、自分が監督した映画が一部地域で上映されるのだと聞かされた。俺は太陽と嵐の境目をヘリコプターで飛んでいるような気持ちになった。

 チバもなんてことないように卒業したが、彼女はいつの間にか海外のコンペに入選していた。俺は唖然として、あれほど就職すると言っていたじゃないかと聞いてみると、「入選はただの偶然ですよ。でもニューヨークのデザイン事務所に入れそうなので、就職するっていうのは嘘ではないですよ」とあっけらかんとした表情で言われて、足元にさえなにも言い返すことができなかった。

 アラキはどうしているだろう。思うと、時間が経つにつれて強く気にかかってくる。当時のシェアハウスの中で、彼女は一番思い入れのある同居人だったかもしれない。チバから聞いた話によれば、彼女は元々肥満児で、いじめの対象にされていたという。ダイエットをしたもののいじめは止まず、だから今でも肥満を極度に恐れてダイエットを続けている、ということだった。

 チバが帰ってこない日は、俺が食事を作った。だがどうやってもチバが作るようなうまい料理を作ることはできず、カレーや野菜炒めなどの簡単に作れるものに落ち着くことが多かった。そんな料理でも、津田がアトリエに籠ってしまって食卓に現れなかった時、アラキと二人で食べていると幸福の味を感じた。

「私、自分が何をしたいのか全然わからないです」

 一年生のころ、ドウモトもチバもまだ一緒だった食卓で、アラキがこぼした言葉だ。「講義を聞いているうちに、自然とわかるよ」と言ったのがチバ、「はやく見つけたほうがいいな。何かチュートリアルとかワークショップとかにでも参加してみたら」と言ったのがドウモト。津田は軽く頷いたきり黙ったままで、俺は「それじゃ駄目だ、何を目指すために大学へ来たのかよく考えておくんだね」と言った。アラキはドウモトの言に感銘を受けたのか、様々なワークショップに参加するようになった。またドウモトか、と俺は歯噛みした。それからしばらくは、執筆もそこそこにドウモトとアラキの関係を探ろうと躍起になった。

 来たときとは別の坂道を下っていく。この大学へと続く坂道はたくさんある。しかし多くの道は大学で止まっており、そこから上に続く道は極端に少ない。一年生の頃、試しに何度か登ってみたことはあったが、それっきり、もう七年も大学の先へ行っていない。今日だって登る予定はない。登ったところで、あるのはどうせ寺と農家と野原だけなのだ。

 思考がちぎれる。

 坂を下っていったところに、見慣れたシェアハウス「アサイラム」が視界に入った。道路わきに止まる引っ越し屋のトラックと一緒に。

 おかしい、アラキはまだ四年生で、シェアハウスで暮らしているはずだ。なのに、家具がどんどんと運び出されているのが見える。自然と歩みが早くなるが、トラックの近くにアラキの姿を見つけて、心臓がひっくり返ったような感覚が走り、「アサイラム」まであと十数歩というところで足がぴたりと止まる。アラキの隣には、津田と思しき人影が立っていた。梱包材に包まれた、津田の作品と思しきキャンパスが運び出されてくる。

 アラキがこちらに気がついて、驚いたような顔をする。そしてどことなく気まずそうな笑顔をこちらに向け、手を小さく振る。その手の指にはめられた指輪がきらりと光って、俺の網膜の奥にぶらさがる。

 すんでのところで、俺は膝から崩れ落ちるところだった。津田もこちらに気がつき、「おお、ウエダじゃないか」と俺の名字を呼んでくる。俺は口を開いたが、しばらく何を言えばいいのか分からなかった。ようやく声帯が震え、言葉を紡ぎ出す。

「どうしたことですか、これは」

「引っ越しです、横浜へ」

 津田に聞いたつもりが、答えたのはアラキだった。津田はまだ荷物があるのか、俺たちのシェアハウスへいそいそと入っていく。

「どうして、急に」

「津田さん、最近になって新しく現代水墨画のプロジェクトに参加することになったんです。作品も買ってくれる人が増えてきているし、これを機会にアトリエを移すことにしたんです」

 津田がそれほどまでに活躍の場を広げていることに驚いた。

「じゃあアサイラムはどうなるんだ?」

「アサイラムは無くなることになりました。もともと、津田さんが生活費稼ぎのために部屋を貸し出していただけらしいですし」

「アラキはどうするんだ、まだ四年生だろう」

「えっと」

 口ごもるアラキは、三ヶ月前とは別人のようだった。ずっと将来を不安がっていたはずの彼女はなりを潜め、どこか余裕さえ感じさせる話し方だった。服装も質素になり、大人びた印象をうけた。俺は話しながら、アラキの全身を何度も眺め回してしまっていた。

「私、大学やめたんです」

 冷水を浴びせられたように思った。顔から血の気が引いていく音が聞こえる。「……なんで、どうして」

「やること、見つけたんです。やっと」

「なおさら大学にいた方がいいに決まっているじゃないか、何を考えて……」

「結婚、するんです」

 今度は溶岩だった。頭の先から一瞬にして蒸発していくような感覚。彼女の指輪を見てから薄々そうかもしれないとは思っていたが。

「……津田さんと。私も一緒に横浜へ行くんです」

 今度こそ、俺は崩れ落ちてアスファルトに膝をついた。顔の筋肉が動かない。相当な間抜け面を晒しているに違いなかったが、だらりとたれた手は顔を覆う動作を行うことができなかった。

 津田がちょうど、建物の中から出てきた。手ぶらでいるところを見るに、もう積み込みは終わったらしい。アラキが愕然とする俺を見てくすくす笑っている。いつも俺が話しかけた時に見せる、静かな、星の光のような笑いではない。小さな花が勢い良く開いたような、生き生きとした笑いだった。

 アラキが津田に何か話した。すると津田も笑った。この状況を説明したのだろう。二人の笑い声が俺の脳髄をかきまわした。俺もだんだん、何が何だかわからなくなってきて、引きつったような笑い声を漏らしていた。

「なんでまた、津田さんなんかと」

 声だけは余裕を装うようにしたが、かなり無理があったかもしれない。しばらくアラキは何かを言おうとしたが、結局何も言わなかった。代わりに津田が口を開く。

「ようやくまともな収入が入りそうだからさ」

「そんなじゃないですよ!」

 間髪入れずにアラキが口を挟む。もうこの光景を見たくなかった。だが俺はまだ立ち上がれなかった。

「そう言えば、ウエダさんは今どうやって生活しているんですか?」

 アラキが話題をふってくれる。それだけで目の奥がぱちぱちと弾けたときもあった。今は眼球が乾いていく感覚しかない。

「……実家で暮らしてる」

 それが返事の限界だった。この言葉で全てを察したのか、津田が口を開く。

「就活くらいしといたらよかっただろうに。だが、まぁ今からでも遅くないさ」

 就活か、創作か。何が今からでも遅くないのか、津田が財布から取り出した紙を差し出しているのに気がつかないほど、一瞬のうちに深く考え込んでしまった。「ウエダさん」とアラキに呼ばれ、あわててその紙を受け取る。

 渡されたのは名刺だった。

「引っ越し先の住所が書いてある。インターンの期間くらいは泊めてやるさ」

 しばらくその名刺を見つめる。無言でポケットにしまうと、引っ越し業者がトラックの荷台の戸を閉めた。

「そういえば、チバさんって今どうしてるんですか? ドウモトさんに聞いてもよく分からないらしくて。どこで働いてるのかでもいいから知りたいんですが……」

 そう聞いたのはアラキだった。俺は顔を上げる。津田も口を開く。

「それは俺も気になっていたな。あいつアメリカに行ったきり、何の連絡もよこさない。ウエダはチバと仲よかっただろう? 彼女、今何やっているのか知らないか? まさか死んだんじゃないだろうな」

 俺は二人を見た。冗談は言っていないようだった。チバの顔が思い浮かぶ。一見、温室育ちのお嬢様といった風貌だが、中身は至って俗物な女だ。いたずらっぽい笑みを浮かべて俺に罵詈雑言を浴びせる。あの笑顔はいつも花が弾けるように生き生きとしていた。

 足に力を込める。ようやく立ち上がることができた。

「チバは元気です。今はニューヨークにいます。デザイン事務所で働いていて、今度イギリス人と結婚するらしいです」

 そう教えてやると、二人とも驚きと安堵が混じった顔をした。

「良かった、元気なんですね」

「イギリス人か、あいつも流石だな」

 二人がこぼす。俺もまた、チバのことを思い出していた。

 引っ越し業者が津田のもとにやってきて、何やら話しかけた。アラキもその話を聞き始めたので、俺は軽く別れの挨拶をしてその場から離れた。二人の声が後からしたので、軽く手を振ってやった。

 俺たちの「アサイラム」は無くなってしまった。みんなまたひとりぼっちだ。帰り道、大学よりも標高の高い場所へ続く道に差し掛かったとき、俺は津田にもらった名刺の住所の部分を破って、足元の茂みに放り込んだ。もう一時的な避難所に頼るわけにはいかないのだ。実家へ続く坂道を下っていくと、雲の隙間から手を差し伸べるように夕日が覗いていた。それに目もくれず、俺は自分の部屋を目指した。

 自分の部屋に入ると、ぐしゃぐしゃになったエアメールが足元に落ちていた。それをつまみ上げると、中身を取り出しながら椅子に座る。改めて内容を読みながら、机の上で漫画に埋もれていたレポート用紙を引っ張り出し、漫画は本棚に戻した。鉛筆を持つと、作文の宿題をする小学生のころの自分が思い浮かんで苦笑いが漏れた。そしてどこにでもあるレポート用紙にチバへの返事をただ思いつくまま素直に書いていくうちに、俺の頭の中では数えきれないほどの存在しない宇宙が次々に生まれ始めていた。

 

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