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目的意識をもたせる。

教育側にまわると、モチベーションの有無がそのまま結果につながるというある意味当たり前の現実に直面します。
(モチベーションが高ければ言わなくても自分で学んでいき、発展していきます)

私も昔は”なぜ、数学や物理を学ぶ必要があるのか” 、”実社会では学ばなくても生活していくことに不便と思ったことはないし。。。” と思っていました。

今回はその問いに対して、本を引用して述べたいと思います。

これは有名なゲーマー 梅原さんとブログで有名なちきりんさんの対談集から一部を抜粋します。

うめはら
たとえば僕が数学を教える側にいたなら、「あのな。数字に弱くても人間としての価値が低いわけじゃない。でも先生がゲームやマージャンをやってきた経験上、数字に弱いと勝負の世界では勝てないぞ」って言いますね。数学って、ものすごく複雑な事象を単純化する学問だと思うんです。だから数学的な考え方のできる人は、「今は攻めたら損。守ったほうが得」と、頭の中で損得計算ができる。だから勝負事に強いんですよ。

ちきりん
将来なりたい職業がある子には、その職業に必要な科目は何かって、考えさせるのもいいかも。「将来宇宙船を造りたい」と思っている子には、「そうなるためには、どの科目が必要だと思うか」と自分で調べさせたり。

学問自体が抽象的であり、生活の一部で必要な学問であることを具体化、イメージ化させることが必要だと思います。

小学生なら、
「レストランがあるけど、レストラン経営するためには国語、数学が必要なのはわかる?まず、レストランを開くためには事業計画書を書いて、それを銀行に提出してお金を融資してもらう必要があるよね。このときに事業計画書を書くためには自分の考えを他の人にわかるように文章化しなければならない。つまり、国語力が必要なのはわかるよね。次に、事業の計画をたてるためには、場所代(賃料)、食材費、アルバイトの人を雇う給料、広告料などを計算して。。。と数字が必要で、そこに数式も必要となるから数学も必要だよね。」

と具体的に必要なことを逆算すると、義務教育で学ぶことは本質的なものばかりだとわかります。

教育側からすると、学生に教える内容よりも学生のモチベーションをあげる取り組みをしたほうがよい効果を期待できることが多く、最近はその取り組みを試行錯誤しており、その取り組みを追加で書きたいと思います。

「なんで学習しなければならないのか?」

働いていると、会社や病院(臨床研修病院)がお金をもらっているのに、教育も社会保障もくれることに疑問をもたない人が多いことが気になります。
私も臨床研修医のときはそうでしたが、現在はこれは非常にありがたいことであり、恵まれていると思うようになりました。
そして、最も基本となるのは、この問いになります。

昔は、「いい大学にいけば、いい将来が...」という返答でしたが、今はそのような将来はなく、返答自体が間違っている時代になりました。

結局、
”学習することが苦行”であり、”それを我慢すればいい将来が”
は通用しなくなっています。

その模範解答は難しく、答える相手によって解答を変える必要はありますが、


学ぶことで知らなかった世界を知り、自分が成長できることは非常に有意義だよ

と答えます。
そこに、その人の感情に響く具体的な提示をしていくと思います。

学ぶことの楽しさをみいだしてもらうことが、最も重要であり、
「学習することの楽しさ」をみにつけてもらえれば、勝手に自分で学んでいき、そこに価値をみいだしてくれるからです。
学習していることが将来、役に立つかどうかはその時点ではわかりません。
ただ、そのことがConnecting the dotsとなる可能性を秘めているのです。


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