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実家でのあれこれ

写真は実家のベランダからの風景。
今でこそこんなに開けてるけど、僕が子供の頃には一面の森でした。

朝にはウグイスの鳴き声で目が覚めて。
鈴虫やヒグラシの鳴き声がリビングに響き、でも蚊、カメムシには苦労させられる。そんな原風景が太陽光パネルの設置によって良いか悪いか見晴らしは良くなったけど、少し静かになったなぁ。
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テレワークにそこまでワクワクもドキドキもしなくなって来ましたが、週末の法事に合わせて実家でテレワークした時の気持ちがなんとも言えない、貴重な体験だったのでここに残しておこうと思います。

①「地元=休息、安息」(?)
②止まっている時間
③家族との繋がり
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帰省というのは家を出た人にとっては多分、年数回の「休暇」としての位置付けだと思いますが、
場所が地元になろうが仕事量はなんら変わらずシャカリキに家でカチカチ仕事をした。

休暇としての場所で働く。

それは普段のオフィスワークよりも随分と居心地がよく、新しいアイデアとかコンセプトとか考えるのに良さそうな感じがした。
あぁニューノーマルゥって感じ。(小並感)

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休憩時間に家の周辺を散歩してみると、12年以上前とあんまり何も変わってなくって、たかだか30分でグルッと町内を一週。
たまたま母校の生徒も下校する時間で思わず視線で追ってしまった。これが所謂「不審者」って奴です。

徒歩30分圏内の世界からチャリ通、電車通学になり、新幹線で上京になり、今では当時からちょうど倍の年になりましたが自分も大きいなったんやなぁと。

"でも時間が止まってるなぁ"という感覚があった。
その点やっぱり東京は刺激的で楽しくて素敵な場所なんやけど、
自分を育ててくれた大人達、育ててくれた三田という街はどうなって行くんだろうと感じてしまう。

一時人口増加率全国1位だったけど、それもピークアウト。なんとか関学三田キャンパスのおかげで学生さんが居て活気があるくらいか。知らんけど。

多分父親達は僕らの爺ちゃん婆ちゃん達とは違うセカンドライフの送り方をするんやろうがみんなどうやって過ごすんやろうか。〇〇んちのおっちゃん、おばちゃんらは元気にしてはるやろうか。

そんなん気にせず若モンは人生楽しめ!!って小突かれそうだけどもそう簡単に故郷は切っても切れないんよなぁ。
むしろこのコロナでより近い存在になったんよ、多分。

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リビングでポチポチしてると父親が仕事を終えて帰ってきました。
「おう、帰ってるんか」と父。
「おん、おかえり。」と僕。

いつぶりだろうか、こんな会話を交わしたのって。
いつものプラスワントーン高い営業電話の声を父親に聞かれるのが恥ずかしく、でもちょっぴり嬉しかったりもする。

一軒家立てて、子供2人大学行かして両親もちゃんと見送って一家を30年支え続けた父の背中の大きさを改めて思い知りました。(身長183cm⇆僕170cm)

仕事を終えて、初めてイチ大人として「父さん」と話をした。
仕事で上手く行ってなくてモヤモヤしていることだって正直言いたく無かったけど言ってみた。
そしたらなんて言われたか覚えてへんけど、人生の先輩としての父の言葉には誰よりも温かみがあって少し泣きそうになった。

そんな父も長年勤めた会社を早期退職し、地元で働き始めていよいよ社会的な孤独に直面したそうな。
息子が家を出て、両親・妻を見送った先にある生きがい。

「まだこの非日常が中々受け入れられへんねん。」
大きい背中が少し小刻みに揺れてました。

自分の父親に限らずこれって同じ世代の人たち皆抱えているんだろうなぁ。

どうにかこうにか、自分ら息子世代を媒介にして
両親達に何か恩返し出来ないかなぁって思ったので

12歳の時に学年全体で両親に感謝を伝える「茶話会」なるものが小学校であったのだが、
そういうのって、親元離れた今だからこそ改めて出来たらエエやろなぁって思って企ててる最中。

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そんなこんなで60分ほど駄文を連ねてしまった。
実家でリモートワーク。是非に。


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