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【年の重ね方〜誕生日前夜の物想い〜】

10月23日を持って24歳になる。

パートナーがいる訳では無いので
誕生日だからと言って特段やることはない。
明日は仕事だ。

いつもと少し違うことでいくと、フェイスブックやLINEで「誕生日おめでとーー!また呑みいこなー!」「おん!ありがとうな!いこいこっ!」みたいなやり取りが増える。

ただ、それだけ。
でもそれこそが自分が「誰に生かされているのか」を再確認出来るものでもある。

24年前の明日には自分が生まれる。
兄貴とは違ってスルッと産道をウォータースライダーのように駆け抜け、無事に産まれたそうで。

名前は「椋馬」と言うらしい。

坂本「龍馬」だと名前負けしちゃうし、「涼馬」だとなんか「涼しい」が冷たい子に育つんじゃないか、という想いから画数の風水的に良かったこの字を授けたそうな。
(実際検索するとあまり風水が良くなかった。どないやねん。)

「誕生日」とはそのままだが、自分がこの世に産み落とされた、生を授かった、親の愛を授かった日。

それは1995年(平成7年)10月23日であって1996年以降に関してはそれほど意味合いも深く考えることもなかったなぁと振り返って思う。

強いて言うなら親戚からお小遣い貰えたり、学生の頃なんかは誕生日サプライズをしてくれたり、何かと「周りから祝われる」意味合いで自分としても「祝ってくれたらなぁ」なんて邪な想いで過ごしていた。

3年日記(一年前の同日の日記が見れるもの)をカンニングして2018年10月23日の自分の日記を見てみると

「初めて誕生日が祝われるものではなく、自分が感謝する日なんだと思った」

「誕生日おめでとうっ!」と言われるんじゃなくて
「自分を支えてくれてありがとう!あなたの存在が今の自分を作ってます!無事に年を重ねられました!またこの一年宜しくです!!」と言いたい。

だって自分のおかげでこの世にいる訳じゃないから。

母と死別して1年と数ヶ月が経つ。
自分の誕生日を作った1番の恩人はもういない。

昨日、一人で温泉に入ってサウナでボーッとしてた時に葬式の想い出が急にフラッシュバックして涙が止まらなかった。

普段あまり話すことは無いが、どこかで言葉にしないと、どうやら自分を保てなくなるようだ。

かの事から去年あの一節を感じたのである。
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今日は夜に六本木ヒルズに繰り出し、塩田千春の「魂が震える展」を見に行き、「生と死」をアートで味わってこの1年間に想いを馳せていた。

彼女の一節を紹介する。
「人間の命は寿命を終えると、この宇宙に溶け込んでいくのかもしれない。もしかしたら死は無に帰すことではなく、何かに溶け込んでいく現象に過ぎないのかもしれない。
生から死へ、より広大なものへと溶け込んでいく。そう考えれば、私はこれ以上死に対して恐れを持つ必要はない。
死ぬことも生きることも同じ次元なのだ。」

「死ぬ気でやる」という言葉があるが、
言い換えると「めちゃくちゃ何かに溶け込むように頑張る」と解釈できそうだ。

そこから、「自分は何に対して死ぬ気になれるだろうか?」「この1年、それを見つけることに少しでも近づけただろうか」と考える。

部署異動で人間関係がわらわらと変わり、キャリア(人生)について本気で考える人たちのコミュニティに飛び込み「死ぬ気」が見つかる手立てになった一年だった。

そこからジワジワと自分の世界を広げていくようなそんな24歳になりそうで。

それもこれも自分と関わってくださる方々の愛のおかげであって。

でもその愛を享受するためには自らの愛の技術をもって関わる事が必要で。(ピンと来る人は今度あの本でも一緒に読みましょう)
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回りくどくてすみません、
でもこういう言葉遊びというか、物書きでも表現したくって。

それでは。

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