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「#2000字のドラマ」応募作品〜タイトル『日常の備忘録』〜

「よう、少年!元気にしてっか!」

そいつは突然おれの前に現れた。
上下黒服で、今の時期には少しだけ肌寒いんじゃないかと確か一番最初に思った気がする。


「・・・」

「・・・」


自分に対して言ったのかどうかを確かめるために、そしてどう見ても怪しいとしか思えない奇行に警戒をしていたおれをよそに、そいつは薄く微笑みながら対岸の景色を眺めていやがった。


「良い風だな。やっぱりここに来ると落ち着くわ。」

「・・・」


こいつの意見には奇しくも同意だ。
何かに悩んだ時にはいつもここに来る。
おれはここからの眺めが好きだ。


「”やっぱり”悩んでんのか?」

「・・・あなたは誰ですか?」

「ん?おれか?おれは、そうだな・・・通りすがりの救世主ってところかな。」

「すいません。おれちょっとそういう気分じゃないんで。」

「いやいやいや、ごめんごめんごめんって。あれだよ、その、なんだ・・・そう、お前の兄貴の友達だよ。」

「兄貴の?」


おれには少し歳の離れた兄がいる。
あんまし仲は良くないけど。


「おれに何か用ですか?」

「いや、なんか悩んでんじゃねえかなって思ってさ。」

「はあ。」


悩みなんて言ってしまえばキリがない。


「いいねえ。悩める若者って感じで。」

「・・・そうすかね。悩みなんて無いなら無い方が幸せだと思いますけど。」

「確かにな。ただ、悩むってのは若者の特権の一つだよ。今の君らにとって、宿題や勉強よりも大事なことさ。若者は悩んで当然。むしろ普通、健全な証拠さ。」


今のこの状態が普通だとは到底思えない。
だとしたら学校でヘラヘラしてるあいつらはどうなるんだ?


「誰だって悩みの一つや二つ抱えているさ。君からしたらそうとは見えていない人たちだって、君と同じように悩んでる。将来のこと。自分のこと。恋愛のこと。あと家庭のこととかな。」

「・・・」

「兄貴は元気にしてるか?」

「はっ?」

「いつも自信満々で周りが放っとかない君の兄貴だよ。」

「そんなん、おれよりあなたの方が知ってるんじゃないんですか。元気ですよ、相変わらず。鬱陶しいくらいに。」

「やっぱり嫌いか?」


そいつは笑いながらそう尋ねてくる。


「別に。ただ、人間的に合わないだけっすよ。まあ、あいつも比べられる側に回れば、少しはおれの気持ちもわかるんじゃないんすかね。」

「うーん、いいねえ。青春だねえ。」

「これが青春だとしたら、こんな青春なんてクソ食らえだ。」

「はっはっはっ!」

「笑わないでくださいよ!」


それからおれはその怪しげな男としばらく会話を続けた。
そいつは口を開けば悩むことは今しかできない、その悩みこそが青春だと最後の最後まで言ってたっけ。


「君と同じ状況でも何かやりたいことを見つけて精を出している人だっている。ただそれはほとんど親が見せてくれた将来を追っているに過ぎないんだよ。それに嫉妬したところで何も変わらないし、そういう人たちだって悩みを先延ばしにしているだけなんだよ結局は。ほら、小さい頃から何かで結果出している人たちってさ、大人になって失敗している人が多いと思わないか?」

「どうだかな。」

「下手にお金や権力を持った状態で君たちと同じ悩みにぶち当たると、それを手っ取り早くどうにかできちゃうからそうなるんだ。そうじゃなく悩めている今の方が、そう考えるとラッキーだと思わね?」


それこそ贅沢な悩みだとしか思えねえわ。


「んじゃおれはそろそろ行くわ。ありがとな。話ができて楽しかったよ。」

「はい・・・あっ、ちょ。」

「どうした?」

「名前なんて言うんすか?」

「名前?」

「まあ、少しは良い話だったんで、名前くらいはと思って。」

「”さとし”だ。」

「えっ!?」

「じゃあな。」


そう言ってさとしと名乗った男は去っていった。
”おれと同じ名前の”怪しい男だった。


「よう、やっぱりここにいたのか。」


今日はよく人に話し掛けられるな。


「なんだよ。」

「母さんがそろそろ夜ご飯だから早く帰って来いってさ。」

「そんなことわざわざ言うために来たのかよ。LINEすればいいのに。」

「バーカ。おれは今から打ち合わせがあるんだよ。暇なお前と一緒にすんじゃねえ。」


そう言って兄貴はエンジンを吹かす。


「そうだ。」

「ん?どうした?」

「さっき兄貴の友達の”さとし”って人と話してたわ。あの人って何者なの?」

「さとし?何さとし?」

「いや、苗字は聞いてない。ただ名前を聞いたらさとしって。」

「お前と同じ名前のやつだったら忘れないと思うけどな。さとしなんて友達も知り合いもいねえけど。」

「えっ!?」


「妄想し過ぎて夢と現実がごっちゃになったんじゃねえの。んじゃ母さん困らせないうちにとっとと帰れよ。」
エンジンの音が徐々に小さく遠ざかっていく。


「じゃあ、一体さっきの人は誰だったんだよ・・・」


大きな風が頬を撫でる。
この土手に来る道は一つしかない。
だとしたら、兄貴は来る途中であいつとすれ違わなかったのだろうか。


(今日は変な日だな。)



おしまい



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