M&Aから8ヶ月。カミナシとの合併は吉か凶か?心境を振り返る
初めまして!株式会社カミナシ、StatHackカンパニーCEOの松葉です。
2021年に創業した株式会社StatHackは、2024年6月に株式会社カミナシに吸収合併し、カミナシ内のカンパニーとして事業を進めていくこととなりました。
1つの区切りとして、現在のStatHackの状況や、私の心境を残しておこうと思います。
完全子会社化の際に「なぜM&Aすることにしたか」のnoteを書きました。今回はそこから8ヶ月経過して、変化もあったので以下の内容などを書こうと思っています
M&Aと吸収合併の決断の背景としてどのような感情を持っていたか
合併後から半年強での組織面・メンバーの心境面でどのような変化があったか
起業家として自由を手放す選択をどう捉えているか
M&Aと吸収合併の決断の背景
前回のnoteでも触れましたが、私がM&Aを決断する際に、次の2つの選択肢がありました。
StatHack単独でプロダクトを開発・提供する: 独力で進めるため、リソース不足による価値提供のスピードが遅れるリスクがあるものの、成功した際のリターンは大きい。
ビジョンを共有し、業界親和性のある企業と共にプロダクトを提供する: 株式を手放すため、成功時のリターンは限定的になるが、顧客基盤やビジネスサイドのリソースを活用することで、早くより良いプロダクトを届けることができる。
この2つの選択肢を天秤にかけた結果、より早く大きな価値を世界に提供することができる後者の選択肢が、長期的に見て自分やStatHackのメンバーにとっても、最良であると判断しました。
これは私の信念ですが、世の中に最も多くの価値を提供した者が最終的には大きく報われると信じています。人生の初期段階で過度に自己中心的になるよりも、まずは世界に対して「GIVE FIRST」の精神で動いていこうという思いがありました。
もちろん、こういった理想だけでなく、以下のような現実的で苦しい問題も背景にあり、カミナシにグループジョインする決断に至りました。
会社経営のプレッシャー: 振り返ると、多くのことを一人で抱え込みすぎていました。当時は最終的には何もかも自分でやらなければならないと思ってしまっていました。
メンバーの入れ替わりによる孤独感: 自分もメンバーも全員が学生だったので、メンバーの入れ替わりが激しいのは当然のことなのですが、結局最後に残るのは自分だけなのではと感じることもありました。
受託開発事業とSaaS事業を並行して続ける難しさ: 並行して異なる事業を進めることの難しさを感じ、SaaS事業にフルベットしたいと感じていました。
改めて考えると、自分が全てできると考えて抱え込むのは傲慢でもありましたし、一番近くにいたメンバーは私のことを信じてくれていたので、孤独感を感じる必要はなかったなとも思います。しかし、それも今だから言えることであり、当時の感情としては正しかったなと思っています。
半年前の完全子会社化の決断を振り返って
M&Aの交渉の際、メンターであったVCに頻繁に相談していました。彼が経営において繰り返し強調していたのは「引けない交渉は必ず失敗する」「他の代替案はあるのか」ということでした。1つの選択肢のみで良し悪しを判断するのは不可能で、常に複数の選択肢との相対的な良し悪しでしか決まらない。選択肢が1つしかない場合、良い選択はできないというアドバイスでした。戦略の相談でも、テクニカルなアドバイスを交えながら常にこの真理を教えてもらいました。
当時、私が持っていた選択肢は以下の3つでした。
カミナシとのM&A
カミナシ以外の企業とのM&A
自社で自力で伸ばしていく
どの選択肢も取れるよう、全てに最大限のリソースを注いでいました。実際、StatHackの主力サービスとなるCountAIもこの時に開発を始めており、すでに成功の兆しが見えていました。
どの選択肢も一定有望だったため、社内ではM&Aに反対の意見もありました。
最終的には、どの項目を重視するかの重み付けの問題だったので、皆で判断基準を整理して決断しました。
後悔はないのか?
過去の選択に後悔するときは、以下のいずれかの場合だと思っています。
選択肢を広げきれていない(後からもっと良い選択肢もあったことが判明する)
判断基準の重み付けが間違っている(重要視する項目が変わる)
今回の場合、他の選択肢を作ることにできるかぎりの時間を費やしましたし、私自身が人生において重要視するポイントは今も変わっていないので、選択に後悔はないです。(もちろん、「もっと選択肢を広げられなかったのか」と思うことはあります。ただ、有限の時間の中でさらに広げるのは現実的ではありませんでした。後悔しない選択を常にするために、選択の必要性が生じる前から選択肢を広げる行動をとっておくことの重要性を感じました。)
反対意見があることは、良い選択肢を作れていることの裏返しでもあるので、反対がある中での決断は逆説的にとても良い決断だと考えています。
もちろん、「今はいいが、いつかこの選択をしたこと後悔してしまうのではないか」と、不安になる事は何度もありました。その時は「ずっとこの先変わらないと思えるような価値観と信念を持とう」と思ったものでした。変わらない価値観に基づいた判断であれば、振り返って後悔することはないからです。
私は過去を振り返らず未来だけを見ていたいので、これからも大小の悩ましい選択を重ねながら、信念と価値観をアップデートしていきたいなと思っています。(このnoteについても反論大歓迎です)。
また、売却や合併に関して「もったいないんじゃないか」と言われることがありますが、それは我々がより多くの価値を提供していくことへの期待でもあるので、非常に嬉しい褒め言葉です。今後、StatHackの事業が大きく成長し、「あそこで売るのはもったいなかったね」と惜しまれることがあれば、それは我々の本望です。
逆に「良い売りどきだったね」と言われることがないよう、ここから全力で成長していきたいと思います。
世界の効率化に対するこだわり
私はあらゆることに効率を求めてしまうタイプで、常に最小限のコストで目標の効果が出せていないと苛立ってしまう性格です。(身近な例だと、日常の面倒な紙の手続きとかがある度に、なんでこんな非効率のやり方しなきゃいけないんだろうと憤ってます)。
非効率な物事がそのままになっていると、世界の何かが損なわれているような気がして、 なんとかしたいと思ってしまうのです。
自分が事業を起こす場合においても、 社会全体で見たときに価値提供の仕方が効率的であることを重視していました。
ソフトウェア産業で考えた時も、一つ一つの企業がシステムを逐一カスタムで開発するのは、局所的に最適な場合があっても、全体で見ると非効率だと考えています。特に構築コストが高くデータ量も必要なAIシステムは、共通化して提供した方が、全体のデータを継続的に学習ができ提供価値も上がると考えています。
なので、我々は創業当初からスケールしてより多くの人に大きな価値を届けられるSaaSを作ることを目標にしていましたし、今も変わらずそう思っています。
変化をどう思っているか
自分たちで全て意思決定できる独立企業から事業部になり、これから説明責任や数字のプレッシャーが増します。
例えば、以下のような説明責任が生じます
事業計画やマイルストーンを立て、実績を報告する
事業仮説を整理し、検証結果の報告・相談をする
すべてを自分の好きなようにはできなくなります。これに対してネガティブに感じる見方もあるかもしれませんが、私はこの変化をポジティブに捉えています。
私はより多くの人に大きな価値を届けられるSaaSを作ろうという信念を持ってましたし、ソフトウェアを作るのが非常に好きです。自らの信念(エゴ)を持って何かを作っていき、周りを巻き込んでいくことで楽しみを感じ、生きている実感を得ています。
しかし、どんなに好きでやりたいことでも、自由な時間やリソースがあっても実行に移せないことがあります。人間は弱いもので、好きなことや一度やると決めたことでも、必要な行動量を前に躊躇したり、自分に言い訳して妥協してしまいます。「大変だから」「リスクが高いから」と甘えが生じ、やらない理由を見つけてしまうこともあります。しかし、やりたいことなら、自分を律してやり切る方が幸せになれると信じています。
だからこそ、目標が定まったなら、判断の前提が変わらない限り、敢えて自らに外圧を課し、将来の自分にコミットさせるべきだと思っています。強い思いを持てたのに、些細な要因で行動に移せず諦めるのはとても悲しいことだからです。
私は心震えることがしたいし、どの年を振り返っても強力な思い出が一つあるような人生にしたいと思っています。人生は短いので。
今回の変化も、自分がやりたいことを早く確実に実現するために必要な変化だと感じています。
チームの変化
正直なことを書くと、残念ながら合併後にフェードアウトしていったメンバーもいます。しかし、合併後も残り続けてカミナシにコミットし続けているメンバーは、この決断を乗り越えたことで、より信頼し合い、プロダクトの成長に一丸となって取り組めていると感じます。
以下は私が周りを信頼し、周りから信頼されているなと実感する過程で気づいたことですが、信頼には3つの種類があると考えています。
能力や遂行力に対する信頼: 任せた仕事を責任を持ってやり遂げられると信じられること。
行動原理に対する信頼: 自分の利己的な事情ではなく、全体のため、ビジョン達成のために行動していると信じられること。
信頼に対する信頼: 「1,2の意味で相手も自分を信じてくれている」ということを信じられること。
1の遂行力に対する信頼は、業務の中で培っていくことができますが、2の行動原理に関する信頼は容易に得られるものではありません(口先ではこう言ってるが本音ではどう思ってるんだろうと考えてしまいます)。
直近で得られる自らの利益の大きさよりも、世界への提供価値の大きさを優先する意思決定を共にできたことで、より強固に行動原理に対する信頼が芽生えたと感じています。
そして、M&A・合併を通して、3の「自分が信じられている」という思いも痛いほど感じることができました。「自分が信じられていると信じる」ことで、厳しく耳の痛いフィードバックをお互いにし合いながら改善していけるようにもなりました。
StatHackが掲げたビジョン、「労働集約的な業務がAI・ソフトウェアによって置き換わり、人が独自の価値の創出により多くの時間を割くことができる社会」、要するに「楽しい労働体験が当たり前になる世界」の実現に向けて一直線に走れていると、確信しています。
役割の変化や組織機能的な面の連携
より具体的な変化として、私はプロダクトを(マイクロ)マネジメントする立場から、プロダクト全体の方向性を決定し、そのために必要なリソースを獲得するという業務に集中するようになりました。
これは、チームから「ここは口を出さず任せてくれ」と、(2と3の信頼をもとに)耳の痛いフィードバックを受けたことも一因です。また、私がより周りを信頼できるようになり、任せることができるようになったからでもあります(もちろん今までも任せている部分は大きかったですが、その範囲がより大きくなりました)。
もう一つ具体的な変化は、領域の近いカミナシと一緒にやることで得られる多くのメリットです。
適切な人に相談してすぐにベストプラクティスを取り入れる
仮説段階で見込みの低い施策を早期に棄却して軌道修正
カミナシからの適切なフィードバックを受けることで、無駄な方向に進まずに効率的に成長できていることを実感しています。
もちろん、自分たちで考え、解決しなければならない課題は山ほどありますが、サポートを受けながら、やるべきことに集中して成長し続けることができるのは大きな強みです。
その他にも、以下のような組織機能の面でも連携が進んでおり、プロダクト開発に集中できる環境が整いつつあります。
バックオフィスの共通化(無限にあった事務作業が楽になって非常にありがたい…)
マーケティングの連携
カスタマーサポートの共通化
葛藤やネガティブな感情はなかったのか
ここまでざっと書いてきて、良い記述が多めだったので、ネガティブな側面はなかったのか?ということも書いておきます。
もちろん辛い気持ちやネガティブな感情もありました。判断に苦しんで泣きながら河川敷を走った夜もあります。
私も利己的な人間なので、欲はいくらでもあります。誰にも何も言われず完全自由にやりたい、より高い金額で売却したい、もっと大きな企業を自分で作りたい、ああしたい、こうしたいと、言い出せばキリがありません。
しかし、それが成し遂げられなかったからといって、周りを恨んだり環境を嘆いたり、不満を抱いたりすることはありません。
これまでの全ての選択において、最善の選択をしてきたと思っています。
嘆くことがあるとすれば、「自らが1つの企業として独立性高く運営するより合併した方が合理的」と自分でも判断してしまうという事実そのものが、自分たちの未熟さを突きつけているようで悲しかったということです。絶対に自力で会社をやってやるんだという気持ちと、自分ではまだできないことがあるという事実(人を集めたり、お金を集めたりすること含めて)の乖離が悲しかったです。
まずはあらゆるものを吸収して、「自分が舵を取って経営した方が合理的」「松葉にリソースを集めた方が世界として合理的」になる状態を絶対に作るんだと決意しています。カミナシの中で絶対に強くなると固く誓っています。
今後のカミナシ AI SaaSの展望
M&A後の8ヶ月でStatHackのメインプロダクト「カミナシCountAI」の利用は20倍に成長しています。
単に「画像を受け取って結果を返す」機能としてのAIではなく、作業のワークフロー全体をソフトウェア・AIでアシストするプロダクトを開発をしています。
具体的には、「スマホカメラで手軽に検査し記録を残す」をコアな価値として以下の機能を提供しています。
データが蓄積されるほど精度が高まる継続的精度向上の仕組み
出荷IDや種類情報など、検査画像に紐付けたい情報をQRコードなどで手軽に入力できる機能
クレームが発生した際に、検査員や撮影画像を元に原因究明ができる機能
特に「自社のデータが継続的に学習され、精度が上がっていく仕組み」は唯一無二の部分で、お客様からも非常に好評をいただいています。(使っていくうちに「精度が良くなってきたね」と言われることが多いです。)
https://count-ai.lp.stathack.jp/
カミナシの既存プロダクト「カミナシレポート」では、日常点検の中で自然に異常検査ができる機能の組み込みも進めています。(もう少し形になったらリリースすると思います)
StatHackでは主に以下の領域で活動しています。
AIの不確実性を加味したソフトウェアの体験設計(プロダクトマネジメント)
継続的に収集されるデータの精度を上げていくMLOps基盤の整備(エンジニアリング)
サービスの利用用途を拡張し、提供範囲を広げていく事業開発(BizDev)
現在、これらの分野で非常に面白いフェーズにありますが、どの領域も人手が足りていません。
この内容に興味を持ってくれた方は、ぜひ気軽にお話ししましょう!
参考
どのように現場で使われるAIを継続的に改善しているかについて、StatHackカンパニーCTOの井上がnoteに詳しく書いているのでぜひ読んでみてください。
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