掌編「慧ちゃんがいなくったって」
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星語《ホシガタ》掌編集*14葉目
(731字/読み切り)
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「ドーナツとか、食べてないよ?」
電話口で、口をもごもごやりながら。
「今日は空がピーコックグリーンだったよ!」
曇り空の下、遠くの町から変顔の自撮りが送られてくる。
俺の彼女はすぐにバレる嘘をつく。バレる。というより、隠す気がないのだ。
そして彼女に視える今日の空はたしかにピーコックグリーンなんだろう。
視え方なんて価値観の話だ。
「ねっ、今度いつこっち来れる?」
寝入りばなの電話。俺たちは遠距離ってやつだった。
「ん〜まとまった休みが来るまでは、無理かな」
しばらくの沈黙の後
「…まぁ、別に慧介がいなくったって、…やっていけるし……」ばりばりと開封する音。「…キャベツ太郎とか、……食べてないし」
思いきりしょげたような声。
──本当にすぐにバレる嘘ばかりつく。しょうがない、週末、電車を乗り継いで、急に訪ねて──。
遠くにビル街臨む、雑雑とした駅前を抜け、室外機の風にあおられ、彼女のぼろアパート目指す道すがら、バイトの帰り道、人目もはばからず、もごもごとパンを食べながらぴょこぴょこと歩くちいさな後ろ姿、発見。
「そこのお嬢さん」
振り向く彼女。
「俺にも一口下さいな」
しばらくぽかんとした後、
「あれ…?慧ちゃん……?え…?」みるみる頬はピンクに。
「……うぐいすパンとか…食べてないし」
とか言いながら、極限まで小さくちぎって渡してくれた。コントか。頬袋にひまわりの種を貯めたような面のまま、ぽろぽろと雫がこぼれた。
「いや」
───俺が欲しい一口はこっち。
もう我慢出来ず、道端で抱きしめ、チューをした。少し遠く咳払いの音。
しばらく腕の中もがいた後、大人しくなって俺の匂いを嗅ぎ始める。
「バーカ……」
彼女はちょっと嘘つきで、この世で一番正直者で、
───この世で一番愛おしい。
─了─
ツイッターお題ss/書きおろし。
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こちらのアンケをもとにした短編です。みんなわたしのテイストでこのタイトルのが読みたいのか…。なるほどなるほど、つまりこういうことか…?と思って、一切ひねらず書きました。いかがでしたでしょうか?
あ、作者は勿論こういうのド直球ですよ。
御参加ありがとうございました!